《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

突然 自分の前に拓かれた 予想外の未来に対し、作者もヒロインも最後まで成長を続ける。

ニブンノワン!王子 7 (花とゆめコミックス)
中村 世子(なかむら せいこ)
ニブンノワン!王子(ニブンノワン!おうじ)
第07巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

ジンの異母兄弟・シビに誘拐された月子! 王宮の一室で王、ジンの母、シビの母をめぐる悲しい過去を知り…。騒動が収まった矢先、王に呼び出された月子は「王妃になる器があるか3日で証明しろ」と告げられる。出来なければ満天国から追放!? 悩んだ月子が出した答えは…。

簡潔完結感想文

  • 父と子、兄と弟、男だらけの家族問題解決を最小限のページで終わらせる。
  • 長らく人間が統治した国で半種が王になる意味、異世界人が王妃になる意味。
  • 腕輪を1話で はめなかったから連載が始まって、最後に はめて連載が終わる。

婚式まで辿り着いたヒロインと作者の奇跡が描かれる 最終7巻。

いよいよ完結を迎えた本書。作者にも、この作品を愛してくれたリアルタイム読者にも よくぞヒロイン・月子(つきこ)を ここまで連れて来てくれたと感謝したい気持ちでいっぱいである。物語は結婚という最初から決まっていた結末を迎えるのだが、そこへの紆余曲折が描けたからこそ、一点の曇りもない完璧な場面を読むことが出来た。前半に比べて後半は月子と王子・ジンが一緒にいる場面や彼らのイチャラブの場面は少なくなったが、会えない時間の中で互いの存在を心の支えにして、彼らはずっと前進し続けたことが最後まで作品に爽快感を与えていた。

この最終巻で、月子は王子の妃になるために、満天国(まんてんこく)の国民の前に立つ場面があるのだが、その演説は決してカリスマ性のあるものではなかった。しかし それでも月子の言葉は多くの国民の胸に届いた。それは彼女の言葉に嘘や偽善がなかったからである。そして月子は飽くまでも等身大の自分であり続けた。

相手と仲良くなりたいのなら、まず相手に自分のことを知ってもらう。そのために月子は声を上げる。

こうなったのは、おそらく作者の中で月子がカリスマ性や知性を滲ませるのは今ではないという判断があったからだと思う。なぜなら月子は物語が終わっても成長し続けるからである。だから本書の中での月子は万能である必要はなく、彼女の実直な言葉と行動が国民を動かすことが出来ればいい。
彼女は自分の判断で通い始めた高校を きちんと卒業するために勉学を続け、同時に妃から王妃になるための教養と所作を学び続ける。月子の この向上心はジンと一緒に この国を変えるまで続く。それは生涯を通しての課題であって、彼女は よりよい世界の実現のために前に進み続けるだろう。

だから今はこれでいいのだ。本を閉じた先に、月子の本当の成長が待っている。そして彼女は自分のなりたい自分に きっとなれるだろう。そう思える温かな読後感が得られたのはやはり、連載の中で月子の成長が描かれているからなのである。


ても良かったのは、少女漫画での最後の問題であるヒーロー側の家族問題を非常にコンパクトにまとめた点。隔月(季刊)連載という形態だから一つの問題を扱い続けることが難しく、その お陰で月刊誌の連載であれば長々と続いていたであろう家族の描写は最小限に収まっている。最初はコメディだったのに演出を間違えて家族問題やトラウマを重くし過ぎる白泉社作品も多い中で、飽くまでも家族の問題は それを抱える当人の心の問題としたのが良かった。月子もジンも欠落した心を抱えるシビや国王の心に ズカズカと入り込まない。それでも月子が きちんと彼らの心の闇を払っているのが良かった。

特にジンとシビの異母兄弟の母親たちの愛憎劇は過去編として何話か使って描いても おかしくない部分である。しかし そこをコンパクトにまとめたことで作品が間延びせずにいられた。そして この母親たちの愛憎劇が、月子とユラの関係や、月子と姉の関係そのもので、父王も含めて一つ上の世代の失敗が、月子やジンの世代では 持ち越されないという その後の展開とも関連した構図になっている。

特に この母親たちの関係と その末路は、ジンと出会わなかった場合の月子の将来像として考えるべきだろう。姉に悪気が無くても、月子は姉と付き合う人間、結婚相手に対して偏見を持ち続け、そして自分を選んでくれる男性が現れても、その人を姉の恋人と比べて卑下し続けただろう。そうやって姉の幻想を振り払えない月子には真の幸せは到来しない。そのことをジンたち兄弟の親世代は教えてくれている。

『1巻』で月子は その柔軟性で半種であるジンに偏見を持たず、それが彼にコンプレックスを克服させた。そして反対にジンは姉ではなく月子だけを見て、彼女に愛を注ぐことで月子の姉へのコンプレックスを解消させた。その真の自分を回復・発見してくれたことが彼らの愛の源泉で、それは いつまでも尽きることがない。

結婚相手の証である宝玉輪(ほうぎょくりん)もそうだが、ラストで1話で やり残したことや、そこで出てきたコンプレックスを もう一度 物語の中に浮かび上がらせる手法が とても良かった。内容以上に作者の冷静さと知性を感じた作品だった。めでたし めでたし。


母兄弟のジンとシビの母親たちは姉妹の関係にあった。だが天真爛漫なジンの母と、その姉が王の寵愛を一心で受けていると思い込んでいる神経質なシビの母、2人の性格や生き様は正反対であった。それはジンの母親がジンを半種で産んでも変わらなかった。自分の子は完全に人間であって、我が子・シビと その子を産んだ自分こそが優遇されるべきなのに、王は姉ばかりを好む。

そして姉の死後、ジンが正式に王子と選定されたことを知ったシビの母親は恨みの中で死んでいく。だがシビはジンは生まれながらにして差別を受け、望まれない王子の地位を手にしていることで罰せられているように見えた。だがシビから見れば、月子との出会いの後、ジンは変わってしまった。その瞳には希望は映らなかったはずなのに、今の彼は月子との将来を夢見ている。自分と同じ呪縛の中に生きていることが兄弟の証のように思えていたシビだが、それが裏切られたと思うようになる。

歪んだ きょうだい関係は次の世代にも悪影響を及ぼす。1話でジンは月子の将来も救っていた。

そんなシビの心境を知って、月子は兄弟は全てが同じであるわけではないことを語る。自分と姉は容姿も周囲の反応も違った。だけど その違いがあるから自分はジンと出会えた。そしてジンは生まれながらに不幸かもしれないが、月子は自分が彼を幸せにすると誓う。呪縛の中に生きる人が幸せになれないなんてことはないのだ。

だがシビはそれを認めない。母の呪縛に引っ張られる形で、父が大切にしていたジンの母親への贈り物を燃やし、自分を含めた全てを灰燼に帰そうとしている。だが その終幕を月子は許さず、ジンもまた異母弟の安全を確保して、過去や母に引っ張られるシビを明るい方に導く。

騒動の後、ジンは自分もまた闇に囚われていたためにシビに対する配慮や興味、そして自分が彼に与える影響への考えが不足していたことを反省する。そしてシビも母の手を振りほどき、自分の人生を始めようとする。暗い部分で共鳴していた異母兄弟の関係性は これから変わっていくと思われる。


一方後宮内では月子の行動に尾ひれがつき噂となり、それでも後宮に戻ってくる厚顔無恥を周囲の女性たちは批判する。そして月子はジンたち兄弟の母親たちの後宮での愛憎を知って新たな気持ちで後宮での生活を始める。ユラをはじめ欲した愛を受けられない人々がいることを自覚した上で、月子はジンとの関係性を構築していくだろう。

その後、月子は王の御前に連れていかれる。それは騒動への叱責ではなく、王からの、3日以内に自分が王を支える妃としての器を証明して見せよ、という最後の試練だった。そして それは王の愛する妃との間に生まれた自分の子が半種である意味を問う行動でもあった。
月子は それに失敗したことを想像し、ジンとの決定的な別れが到来する不安に押しつぶされそうになるが、ジンは それなら国を捨てる覚悟だと彼女の気持ちを軽くする。だが そんな言葉はジンに言って欲しくない。それを言わせた自分の弱さに気づき、ジンと一緒の国づくりを擦る未来のために月子は奮闘する。

王から王城内での行動の自由を与えられた月子は、ひとまず王城を見て回り、働く人への挨拶をしてみる。だが それが終わると やることが思いつかない。そこに現れるのは久々の登場のテテン。彼は月子の事情を知りプロポーズをする。だが月子は それに応えず、彼やシャオとの道中で自分が見聞きしたことを思い出し、自分のやるべきことを思いつき、テテンにも協力を仰ぐ。


して3日後。この間に月子は王宮の内外に お触れを出して、国民を出来るだけ集めていた。そして月子は王城の壁面に立ち、彼らに挨拶を始める。聴衆を前にして足がすくむ彼女を奮い立たせるのは いつも隣に居るジンの存在である。

月子は自己紹介の後、自分が目指す この国の姿を述べる。そして その端緒として自分と友達になって欲しいと国民に願う。最初は唖然とする国民たちだったが、ジンのアシストもあり、聴衆の中に友達になりたいと声を上げ、挙手する人が出始める。それは やがて大きなうねりとなり、月子の前は手を挙げた者たちで埋め尽くされる。この時、最初に手を挙げるのが、本書でジンの次に会った満天国の犬の役人というのも良い。月子を一番 昔から知っているのは彼らなのだ。古株に愛を注いでくれて ありがとう。

そうして総意を得たと見たジンは月子を褒め称えるが、恥ずかしさに負けた月子との一足早い夫婦漫談が始まる。月子が暴力をふるったためジンは犬の姿になるが、そんな彼に月子がキスをすることで、聴衆の前で月子が半種に対しての偏見や差別がないことを証明する流れになっている。


れでも将来的な半種の王の誕生を快く思わない者たちは月子の追放を試みるが、その一派はテテンをはじめ これまで月子が関わってきた多くの犬によって囲まれる。ここで後宮内の侍女たちまでも登場するのは、ユラが おババの動きを封じているから。こういう間接的な働きをするのがユラっぽい。

その騒動の中、王が登場する。それは月子の行動への審判を意味していた。国王が半種であるジンを跡継ぎに指名したのは、それによって亡き妃との繋がりが失われないと考えたからだった。そして その妃は自分の子供が半種で生まれても自分の子であることに変わらず、そのままのジンを愛した。
そんな彼女が愛したジンが、過去の王と同じように異世界から人間の妃を迎えることが この国の発展に、そして妃が この子を産んだ意味だと思い、国王はジンと月子に新しい時代の到来を予感する。だから国王はジンに妃選定の道具である宝玉輪を返却し、それをもって月子を正式な妃にすることを認める。


して月子は吉日に婚礼の儀式を行うことになった。
その準備の間に月子はシビから一つ物を渡される。それは この世界と月子の世界を結ぶ鍵。これはシビの母親が国王に多くの物をねだり、譲り受けたもの。シビの母親は この道具を使っていた訳ではなく、姉より多くの物を欲しただけ。それをシビが自由に使っていたから彼は異世界間を行き来できたようだ。

その後、ユラが大学を目指すために猛勉強をしているのを見た月子は、自分の日本で やり残したことに思い当たる。それが高校生活。そこから昼間は日本の学校に通い、放課後から異世界で妃になる修行をして教養を身につけるダブルスクール生活が始まった。
だが最後まで月子は空回る。頑張りすぎて壊れそうになる前に姉がジンを召喚して、日本の夜道を歩きながら月子の背負う荷物を軽くする。そして2人の出会いの場所となった公園に着き、ジンは もう一度、ありのままの月子にプロポーズする。

ここで王子に見初められたから現実的な苦労はしなくていい、という話にならないのが良かった。一度 始めた高校生活を しっかり全うすることは自分のためであり、親への感謝の気持ちであると思われる。異世界 行って無双状態ではあったものの、月子には現実がある。家族との関わりが切れないようにするためにもシビから「鍵」を送られているのだ。どちらの世界でも中途半端なことは出来ない。

そうして迎えた婚姻の儀式。満天国の人たちだけじゃなく月子の家族、そして友人までも招待される。これまで登場した人々が一堂に会する お祭り騒ぎの一日である。この日、月子は初めて宝玉輪を腕に はめる。その重さは妃としての立場の重みであった。月子が この国を変える王妃になるのは もう少し先の話である…。