《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

いつ先を越されるか、いつ禁止されるか、未来は誰にも分からないので 告白は お早めに。

虹色デイズ 10 (マーガレットコミックスDIGITAL)
水野 美波(みずの みなみ)
虹色デイズ(にじいろデイズ)
第10巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

バスケ部・モッチーがついに杏奈に告白! 夏樹はどうすることもできないまま、杏奈とぎくしゃくした雰囲気に…。一方、まりの気持ちにも少しずつ変化が。智也はそんなまりのことが気になって、ふたりきりで話を聞こうとするけれど…? ぜったい見逃せない修学旅行編、後半です!

簡潔完結感想文

  • 望月の告白を断った杏奈が大ダメージ。何も出来ないのにウロチョロする夏樹がウザい。
  • 人の好さに付け込まれ不平等な取引で夏樹の告白が制限。交通整理が長すぎて渋滞発生中。
  • まり は親の愛情不足で俺様になったヒーローの親戚か。聖女化してもツバ女の事実は残る。

りたいことは分かるけど、それが正しいかは首を傾げる 10巻。

『9巻』でも書いたが、作者が創りたいのは、全員の気持ちを出し切った未練のない未来だろう。それは分かるのだが、そのために夏樹(なつき)が割を食っているような気がしてならない。

今回、杏奈(あんな)が望月(もちづき)に告白されたことによって、杏奈の親友であり 友達以上の感情を持つ まり が動き出す。彼女もまた望月と同じように、杏奈が誰を好きなのかを知っており、告白が自分に どういう影響を与えるか知っている。そして望月の告白に対し、必要以上に傷つく杏奈を目の当たりにして、まり は自分の告白が再度 杏奈を傷つけ悲しませることを予感してしまう。それでも杏奈に告白するのは、自分の恋心を無駄にしないためであり、前に進むためなのだろう。

それは分かるのだが まり は自分の告白のために、夏樹に対して告白の延期を要求する。まり からすれば、夏樹の告白が多少 遅くなろうが結果は変わらないのは明白だし、寧ろ自分が杏奈を苦しめた後で夏樹が控えていることで杏奈の気持ちが軽くなると考えているのかもしれない。
だが、それは夏樹・杏奈 双方の気持ちを知っている まり の考えである。それなのに まり は夏樹を呼び出して、自分の知られたくない情報(杏奈への好意)を隠して、夏樹を脅迫するようにして彼の告白を延期させている。筧(かけい)が、望月の告白を知った夏樹の行動を良心に訴えて制限したのと同様に、夏樹の人の好さに付け込んだ計画を疑問に思う。そして上述の通り、まり の持ちかけた取引は公平ではない。元々 告白をいつしても良かった夏樹は なぜか ずっと告白をしなかったが、こうして告白を第三者からコントロールされる謂(いわ)れもない。

作者も夏樹の人の好さ、頭の回転の鈍さを、恋愛成就の延期に利用しているように思えてならない。

杏奈が自分がフッたことに対して過剰なダメージを受けているのも ちょっと分からない。恋を知らなかった杏奈が恋を知ったからこそ分かる痛みだということは理解できるが、相手の心に ここまで共振するような人には見えなかったので、反応が大袈裟に見えた。誰の心も傷つかないような物語を構築しようとしているのだろうが、それ自体が謎の方針に思える。急にキャラたちが繊細になりすぎたような気がした。
当の夏樹に関しても、望月の告白の影響を知りたいからなのか、しばらく距離を置くべき杏奈に対して何度も連絡をしたり、語るべき言葉を持たないのに接触したりと、杏奈の周囲をウロチョロする様子が目障りに思えた。こういうデリケートな問題に首を突っ込めるほど器用ではない自分を自覚して欲しいとさえ思った。誰のことも好きになり切れないのが私と本書の関係である。


月の告白前の回想と同じように、まり も今回、彼女の10年ほどの人生が回想される。急に持ち出される回想で その想いに厚みを出そうという魂胆が見え隠れするのが辟易とする。

この回想によって まり という人間が完成されていく過程、杏奈との交流は分かるのだが、だからといって私は彼女のことを好きになれない。なぜなら彼女は結局「ツバ女」だからである。

過剰にキャラ付けされた俺様ヒーローは第1話で意味不明にヒロインにキスをするが、その内に彼の愚行は水に流され、顧みられない。結局、作品はインパクトのためだけにキスをして、その後 ヒロインが彼から愛されるための落差として俺様キャラやキスという性的暴行を利用する。
それと同じように まり の「ツバ」もキャラとして利用され、それが納まると まるで まり が良い人に見えてくるのも落差があるからだろう。だが騙されてはいけない。人にツバを吐くなんて行為、しないことが普通なのである。俺様ヒーローが人の気持ちを知る、不良が毎日学校に登校するようになる、それだけで褒められるなんて不条理なのだ。

以前も書いたが まり に関しては、智也(ともや)というプレイボーイが一途になっていくという よくあるヒーロー像を男性側から描いている点が面白い。そして まり自身も、10巻になっても落ちない鉄壁のヒロインという、普通の少女漫画では描けない女性像を描いている点が稀有なのである。

それは面白いと思うが、どんな過去を後付けで披露しても、ツバ女になることは眉を顰める事実として残る。そして何より まり がツバ女であることを黙認する杏奈という存在も全く理解できない。まり や望月に対し、人に平等に接するのが杏奈の良いところだと思うが、自分の横でツバを吐くような同性の友達に対して咎めもしないことが不自然に思える。自分に対して一切 文句を言わない、注文をしないことが まり にとって杏奈に愛情を傾ける要因なのではないかと思ってしまう。


作者が描きたい全体的な流れは分かるのだが、少しずつ色んな人に違和感を持ってしまい作品に入り込めない。少しでも相手の顔を知ってしまうと、その人に遠慮して何も出来ない夏樹は、少し生き辛い人に見える。ここにきて夏樹を無垢なヒロイン化しようとする試みも疑問である。優しさの究極の形は誰も選ばないことなのでは、と恋愛自体の否定にも繋がる考え方のように思えてしまう。


月からの告白は、杏奈にとって意外で、そして人生初の告白となった。混乱のあまりフリーズする杏奈に対して、望月は優しく言葉をかける。ただ杏奈は自分の答えが望月の気持ちを左右することの意味の大きさに戸惑う。

しかし今の杏奈には明確に好きな人がいて、その気持ちに従えば 答えは簡単に出た。望月は そんな杏奈の答えを予測していた。だから務めて明るく答えを聞いて、これからも友達でいて欲しいと願い出る。
そうして望月が負担を軽減しても杏奈は涙する。その姿を見て、望月は一緒に歩くことなく、杏奈をその場に置いて気持ちの整理をさせる。やがて杏奈には まり が合流し、杏奈は まり に恋愛の辛い部分を知ったことを伝える。

望月は本書の中で最初に しっかり告白し、そして しっかりフラれた人間となる。彼は少し遠回りをして筧たちのいる場所に戻って来る。夏樹は彼に駆け寄り、告白の顛末を聞く。望月がフラれたことを夏樹は喜んだりしないが、彼から杏奈には好きな人がいると聞いて不安になる。半年以上前に聞いた話から情報を更新していない夏樹には初耳の情報で、不安になる。
この望月の発言は夏樹を動揺させるための意地悪であった。これは作品的に望月の過失、もしくは性格的欠点を見せるためなのだろうか。夏樹=無垢な善人、望月=自尊心が高く、時に意地悪もしてしまう、という分かりやすい構図にしたいのか。でも夏樹の行動力・決断力の無さも明らかで、フラれると分かっていながら最初に告白した望月を偉いと思ってしまう。


月から話を聞いた夏樹は杏奈に電話をするが、杏奈は電話に出たくない気分。これは夏樹にデリカシーがないというか、電話に出たら彼女に何て言うつもりなのか問い質したい。自分の気持ちを落ち着かせたいという欲求が杏奈を気遣う気持ちに勝ってはいないか。
だが杏奈は最初は まり が出た夏樹からの電話を途中で代わってもらい彼の声を聞く。好きな人の声に気持ちが落ち着く杏奈だったが、それでも今日 知った恋愛の辛さや怖さを克服できないので少しだけ話して通話を切る。

こうして杏奈を心配すれど、打つ手の無い夏樹を訪問してきたのは まり だった。まり が呼び出したのは夏樹の真意と覚悟を見極めるためだった。多少 情けなくとも彼なりに杏奈を大事にする姿勢が夏樹に見え、そして杏奈の気持ちも望月同様に分かっている まり は、夏樹が告白する前に、自分も気持ちに けり をつけるために夏樹に告白を待ってくれと願い出る。

それは自分勝手な願いで、自分の気持ちを秘したまま、夏樹に行動の制限だけを頼む不公平な取引である。だが夏樹は人が良いため、何となくの雰囲気を察して自分の行動を自制する。夏樹にとっては必要な足踏みで、これは回り道だとは思えないらしい。ここまで1年以上、何もしてこなかった夏樹には待つことは苦にならないだろう。今の彼は望月が動いたから ただ焦っている小心者に過ぎない。


奈は考えすぎたせいか熱を出し、修学旅行3日目は部屋で休むことになる。初めての経験とはいえ、フッた方が体調を悪くするなんて、悪い意味で少女漫画ヒロインっぽい。そして こういうことが望月に罪悪感を植えつけるような気がする。まり の言うように周囲が見渡せるぐらいには強くならなくてはならないだろう。

まり は杏奈と一緒にホテルに待機したかったが、そうもいかず、京都の街を単独行動する。そこで夏樹たちの班に会い、夏樹に杏奈の体調の件を伝える。お見舞いに行きたいという夏樹の願いを聞き入れ、夏樹はホテルに駆ける。

そこで唯一、自分の気持ちを知っている智也に話を聞いてもらう。これは望月が告白する前に、急に存在感を現した筧と話し込んでいたのと同じような状況かもしれない。まり の素直になれない部分を知っている智也は、半ば強引に まり と一緒に京都を回ることにする。


後になり体調が回復してきた杏奈は班に合流しようとホテルを出る準備を整えると、夏樹が見舞いに来た。この時の夏樹は、本当に何しに来たんだって感じがする。杏奈がまだ体調不良で寝ていれば、少し言葉を交わして、お暇(いとま)すればよかったのだろうが、杏奈が班行動をする意思を見せて、一緒に行動しようとするが、落ち込み気味の杏奈に かける言葉を持っていない。全て自己満足のための行動でしかないだろう。

ただし、作者は この時の夏樹の行動に意味を持たせる。観光客にカップルに間違われた際、杏奈が私なんかとカップルに間違われて ごめんなさいと自虐的な発言をした時、まり との契約があるため、むしろ嬉しいとか積極的な好意を滲ませられなくなったことを実感する。こうして制約があることで、好きと言えない人の気持ちを痛感したようだ。まぁ その契約自体が不必要なもの、とも言えるんだけど…。

本書は告白前に自分語りをするのがルールなのか? 希美も自分の本性を知る前に自分語りしていたような…。

也と2人で行動する まり は、自分の男性に対する苦手意識が生成された この10年ほどの人生を回想する。
小学校の頃、おしゃれした杏奈に男子たちは意地悪をするばかりだし、それに爪を立てて反抗したら その男子を擁護する女子グループに目をつけられてしまった。生き辛い環境の中で年の離れた兄だけが まり の心の支えだったが、その兄は自分とは別の世界を持っていた。
だが まり が中学に上がると兄は突然 結婚と引っ越しを宣言し、まり は今度こそ世界で独りきりになってしまった。兄への恨みと悲しみが男性への徹底的な嫌悪と反抗に繋がり、高校生になっても友達もいなかった。

そんな日々で出会ったのが杏奈だった。望月にとって何気ない会話が杏奈への好意に繋がったように、まり にとっても偏見を持たず真面目に自分の役割を果たす杏奈が いつの間にか心に存在を許すようになっていった。特別なことはないが、杏奈の人を嫌な気持ちにさせない性質がまり に杏奈への好意を引き出していく。


そらく まり の杏奈への好意は、恋愛的・性的なものではなく一種の依存といって いいだろう。兄に代わる絶対的に信頼できるモノが杏奈であり、まり にとって彼女は世界と同義になった。男性への嫌悪もあって、一種、女子校における疑似的な同性愛のような、依存と愛情の全てを傾ける対象が杏奈なのだろう。

だが、その杏奈は自分の世界を広げ、夏樹に気持ちを惹かれている。だから まり は兄に続いて2回目の喪失を予感していて、自分にとってどれだけ杏奈が大事か、今度こそ伝えなければ前に進めないと考えているのではないか。
だれかの一番になりたいだけ、それが まり の切実な願いなのだろう。自分を裏切らない、言い方は悪いが依存できる相手を まり は捜している。

そんな まり に智也は自分は離れていかないと訴える。そして まり が杏奈への気持ちに けり をつけたら、自分が待っているから「俺のとこに来てよ」と伝える。対まり に関することになると智也は急に精神年齢が高くなる。何をもって10代の彼が気持ちが変わらないと自信満々に言えるのか、という根拠の薄弱な部分が青臭いが、精一杯の誠意を見せているのだろう。でも実際、彼は肉体や精神を充足させるような浮気をする機会を前にしても、ちゃんと流されずにいたし、おそらく遊びつくしたからこそ見える境地なのかもしれない。
智也も いきなり まり に同意なくキスするような男で、ツバ女と同じメンタルの持ち主で、悪い意味でお似合いである。だから決して好きとは思わないが、本当に お子ちゃまの夏樹に比べると、ちゃんと まり との距離感が分かっていて、必要な時に寄り添う覚悟と言葉を持っていることが彼の長所である。智也が本当にメインヒーローとなるような物語を読みたいとは思わないが、4人の内の1人であるならば すんなりと受け入れられる。本書の主役4人制は こういう部分で便利である。

こうして まり が自分が傷つく、そして杏奈を傷つける勇気を持って(更には次の依存先(というと智也に対して とても失礼だが)を見つけて)修学旅行は終わる。