中原 アヤ(なかはら あや)
おとななじみ
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
加賀屋楓(24)の長い片想いに嵐が!? 伊織にアプローチされて、春への気持ちは要検討と思ってたところに春がキュンキュンさせる動きをしてきて…。気持ちと言葉がうらはらな、うまくできない大人たちのときめき&爆笑満載ラブコメディ!
簡潔完結感想文
- もう1度キスすれば簡単に分かったかもしれない恋心だが、2度目は遠い未来へ…。
- 楓が誰かのものになる、どこかに行ってしまう危機到来で騎士の呪いが解ける。
- 往来の中心で、愛をさけぶ。オオカミの遠吠えのような男らしい告白である☆
やっぱり三角関係が本格的に成立する 3巻。
『3巻』は冒頭でヒーロー・ハルの後ろに、本書において恋に落ちたことを表す「きゅん…」の文字が出現し、それを彼が認めていく お話である。『1巻』・『2巻』は2人の男からのキスという衝撃のラストだったが、この『3巻』は衝撃の告白場面で終わる。
少女漫画世界においては、世界の崩壊にも等しい遠距離の危機が早くも到来し、追い込まれたヒーローは行動に出るしかない。ホント、次巻が最終巻かな、という内容なのだが、ここからが本書は長い。当て馬・伊織(いおり)が ちゃんと機能してくれる間は良いが、それ以降は本当に蛇足に見える。なぜ こんなにも前半の展開が早くて、後半が牛歩なのだろうか。ベテラン作家の構成の歪さは編集部の意向なのだろうか…。
さて『3巻』の回想によって、ヒロイン・楓(かえで)とハルは似た者同士であることが分かる。『1巻』では楓は職場の上司と交際していて、結果的にそれが不倫であったことが分かるという修羅場になる。そして今回、楓がかつて大ショックを受けたハルの高校時代の先輩女性との交際が、24歳の楓の結果的不倫と同じ過程だったことが推測される。
楓が不倫男と交際したのは、いつまでもハルを想うことへの不毛さが原因だったと思われる。自信を喪失している際に告白され、更にハルにも背中を押されたことで楓はハルを見返させるためにも幸せになる道を歩もうとした。そして結果的に よく知りもしない男性と交際したことで、不倫の加害者になって散々な目に遭うことになる。
それは高校時代のハルも同じらしい。毎日お弁当を作ってくれるような楓だが、周囲は楓と伊織との交際を噂し、その面白くない気分の上に楓が友人に対しハルへの恋を否定しているのを聞いてしまった。そうして自信喪失・呆然自失の中で告白してきた先輩女性にフラフラと誘われるままに交際する。だが よく知らない女性と交際したことで、ハルは迷子になり、そして自分がただの自慢の種であることを知る。
ある意味で本書のテーマは「ちょうちょファウンテン」ならぬ情緒不安定には注意して、ということなのかもしれない。そんな時に言葉巧みに誘われると、変な人に食べられちゃうかもしれないし、水晶玉を150万円で買わされるかもしれない。そんな情緒不安定を もたらすのは、彼らが自分の心に向き合わず、行動もせず、こじらせ続けているからに他ならない。
隣同士で育った2人の男女は約8年の時を経て同じ過失を繰り返している、と言える。住む場所や食べる物が同じだと、同じような人間に育ってしまうのだろうか。
似た者同士が この恋の進展を阻むのなら、もしかしたら一度ぐらい別の場所で自立するのもアリかもしれない。そんな別離の可能性を『3巻』は描く。
そして『3巻』は これまで以上に お仕事漫画としての側面も色濃く出ている。楓は、ハルから離れて自分の仕事の楽しさを再発見するし、ハルも新しい職場で自分の特性を活かした仕事に励む。伊織は組織の中で出世する生き方に努力を惜しまず、そして最後の幼なじみ・美桜(みお)は独立のために技術と資金を蓄えている。
作中の時間経過がそれほどないので仕事面は最終的に分かりやすい結果が出る訳ではない(特に楓は後半、向上心が消失しているような…)。恋愛経験値や その描写は高校生並の彼らだが、お仕事漫画としての側面も ちゃんと描くことで掲載誌に合わせた公私の問題を描いている。
ハルからキスされた楓。
一方、当の本人ハルも自分の行動に戸惑っていた。更にライバルであるはずの伊織に自分の心の動きを説明されることに納得がいかない。だが これまで通り優しい楓の姿を見て、ハルの胸は「きゅん……」とする。
本書の1つのルールとして この「きゅん…」には人は絶対服従する。『2巻』の小学生時代の伊織も、この頃の「きゅん…」に15年以上支配されることになる。なので ここがハルの恋心の芽生えと言っていいだろう。
だが楓は そんなハルの心理が分からないから鯨飲し泥酔する。ハルは そんな楓を迎えに行き、危なっかしい楓の手を取り歩く帰り道に、楓はハルにキスの真相を聞く。言葉を濁すハルに対して、もう1回したら なんか わかるかもしれない、と2回目のキスを要求する。
ハルも心を決めたように見えるが、楓は寝入ってしまう。泥酔しなければハルに問うことも出来ないが、泥酔したから恋の進展もなくなってしまった。ここからは、そんな事の繰り返しである。
唯一、後半戦と違うのは、まだ三角関係であること。伊織が動き続けている間は 作品としての鮮度を失わない。
伊織が、ライバル・ハルのキスをした心理を分析するのは、それが彼の望む未来でもあるからだろう。楓のことが好きだが、楓の幸福を一番に考えるのならハルと結ばれた方が良い。長年の片想いをこじらせた当て馬らしい考え方である。
だが伊織は同時にストレスも溜めていた。ハルが今更しゃしゃり出て、一人前になって楓を幸せにする長期計画が狂い始めたから。それは几帳面な伊織にとって非常なストレスだろう。
更には仕事面でもリーダーとなって進めるホテルのオープンも近く、部下を信頼できないという欠点を持つ伊織は何もかもを自分だけで やろうとする。
楓の仕事面では、勤務する お弁当屋さんの雲行きが怪しい。母体となる会社の事業拡大が失敗した余波で、総菜弁当部門が縮小の噂があり、閉店する店舗も出てくるという。
その調査なのか、不倫男の後任のエリアマネージャーが視察に来て、売り上げに関する質問をしてくる。この店での仕事は好きだが、これまでは向上心が特になかった楓だが社員として店舗の現状と問題の把握が責務となる。
その把握をさせるためにマネージャーは楓にデータ処理を任せる。期限は明後日まで。楓は こういう事務仕事が苦手だから現場に出て販売をしているのだが、楓は社員でもあり、会社全体で店舗管理の必要性が急務のため慣れないレポートを書かされる。
そうして数年ぶりにパソコンを起動させるとエラー警告が出る。そこで助けを求めるのは伊織。ハルではないのは、問題解決に役に立たないからだろう。男性たちの特性を見極め、その時々で使い分けるのが魔性の女というものだ。
伊織は自分の仕事も忙しいのに、楓のために彼女を助ける。更に楓が苦手な仕事をすると知り、データ入力、そしてデータ分析も伊織が助言し、楓は伊織の力を大いに借りてレポートを完成する。
完成したのは翌朝。楓は休日だが、伊織はそのまま徹夜で仕事になってしまう。
そんな伊織が朝方、楓の部屋から出てくるのをハルは目撃する。
なにをしていた、と問われた伊織が「おまえが絶対 出来ないようなこと」と答え、それにハルが「ありすぎて わかんねえよ」と答えているのが笑える。伊織の意地悪な答え方も、ハルが下世話な想像をせず、素直に自分の非力を認めているところも どちらも好きだ。
この日、ハルが朝から外に出たのは出勤のため。彼は この頃から、ハルは新しい職場・ホームセンターで働き出す。仕事をすることで少しは伊織と対等になれるだろうか。
ハルは仕事場での印象が良い。初日に知り合うのが1人の高齢女性・トメ子さん。この人との会話が また面白い。
ちなみに再読すると、この高齢女性との出会いの場面は、少々 疑問が湧いてくる。この現場の近くに、ハルに好意を持ち、自分と同じ職場に彼を融通した立花(たちばな)と その おじさん がいるのだが、後の設定からすると、ここで あの人との会話が無いのが ちょっと変に思える。直接、その場を見たという描写は無いので、場所が離れているのかもしれないが、ちょっと矛盾を感じる。設定が後付けなのだろうか。
伊織に手伝ってもらった楓の提出したレポートはマネージャーの満足のいく出来に仕上がった。さらに楓は独自の提案で店舗の売上改善案を提案し、それが認められる。
このことを楓は伊織に感謝し、彼にお礼をしようとする。このレポートの作成は楓に仕事のやりがいと充実感を久々にもたらしたようだ。
でも、もしかしたら伊織の目的は慈善活動ではなく、このような見返りを期待してのことなのかもしれない。徹夜を覚悟して無理することが自分の利益になる、そんな合理的な考えを持っていても おかしくない。
伊織との食事の席に美桜も登場し、独立して自分の店を持つ目標が明確にある彼女や、組織の中で上を目指す伊織と仕事に関しての態度を もう一度 改める楓。
なぜなら就職先も動機も全てはハルのため、だったから。自分の店を持つことも含め、楓は「自分」の確立を考え始める。
そんな楓にマネージャーから本社への異動の打診がくる。キャリアや次のステップを考えると またとないチャンスなのだが、問題は本社が九州にあることだった。
その相談をするのは伊織。周囲の中で一番 冷静な判断が出来るから選ばれるのだろう。間違っても2人の男に交互に寄り掛かっている訳ではない…。
ずっと隣にいたハルと離れ離れになる可能性が人生で初めて生まれるが…。
楓と伊織の関係に頭を抱えるハルの相談相手になるのは高齢女性・トメちゃん。ハルに足りない肉食系のアドバイスをトメちゃんは繰り返す。割と平和なハルの脳内に性欲が登場し、悪夢を見るのはトメちゃんの囁き戦術が原因なのではないか…⁉
そんなハルに伊織は楓の転勤の可能性を伝える。楓から聞かされていない話を初めて聞き、ハルはショックを受ける。そういえば本書では間接的な伝聞が多い。直接 聞いたら心の整理がつくことでも、間接的に話が伝わると混乱に拍車がかかるだけになる。そして彼らの情緒が安定しない。
伊織は続いて楓に中途半端なことを言うな、と伝える。情に引きずられて楓がキャリアを台無しにするようなことが あってはならない、というのが伊織の考えなんだろう。伊織だって せっかくアプローチしている楓が遠くに行くことは嫌に決まっている。でも そこに私情を挿まないのが伊織という人の強さだろう。そして楓の幸福を第一に考えるから、ハルの中途半端さを禁止する。それが伊織の紳士協定なのだろう。
だが、ハルが本気の本気で楓を止めたら、伊織はどう反応するだろうか。その場合は、2人の幸福を優先するような気がする。
楓との距離や疎外感を覚えるハルは高校時代を回想していた。
それはハルが高校で先輩女性と交際するまでの経緯。毎日(手の込んだ)お弁当を作ってくれる楓だったが、学校内では伊織との交際が囁かれており、バレンタインデーも伊織と同じ品。
そこを おもしろくない感情を感じていたハルだったが、ある日 同級生から楓がハルを好きかと聞かれて、全力で否定しているのを聞いたことで更にショックを受ける。
泣きっ面の蜂のハルに先輩女性が声を掛けたため、思考停止状態で彼女との交際が始まった。かわいい彼女がいても満たされない迷子のハルはトラックに轢かれる。
先輩女性は周囲に自慢するためにサッカー部エースのハルに声を掛けたので、ハルが怪我をして試合に出れないのは大誤算。だが楓はハルの命が助かったことに対して泣いて安心してくれた。
この2つの対応の違いが、ハルが先輩女性との交際を止める契機となった。
楓は、幼なじみの自分がヒロインだと思っていたら先輩女性と交際して大ショックだったが、ハル視点からすると、楓がハルへの気持ちがないようにみえたからフラフラと先輩女性に迷い込んでしまったようだ。しかも この頃は一層 楓の母と交わした騎士の約束が強かっただろうし。
そうしてハルは楓が離れゆく可能性で、彼女に対する自分の恋を認める。早くも楓母からの言いつけ・呪いは解けたと言っていいのだろうか。大事な人を失う土壇場でハルは自分の心に長年 くすぶっていた想いに名前を付けたのだろう。
だが それを最初に伝えるのは、伊織。楓に伝えるのは、当分 先の事となる…。