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少女漫画と小説の感想ブログです

ユーリの帰属が日本人・鈴木夕梨のままならば『そこは三途の川のほとり』だったのか…

天は赤い河のほとり(19) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第19巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

ナキアの謀略により、ユーリを乗せた船は沈没してしまう。ユーリはルサファと共に敵国の船に引き上げられる。ルサファはユーリを救うため、ラムセスに助けを求めるのだが…!?

簡潔完結感想文

  • 同じ高さで同じ方向を視ていた無敵のカップルの足場が崩壊して奈落に転落する。
  • 神出鬼没なウルヒと同様に自由奔放なラムセスはユーリの行く先々で再会し続ける。
  • 頼まれたことを何一つ完遂できなかったマリ皇子が最後の最後で一つの約束を守る。

ルヒよりも足を引っ張り続ける皇子、の 19巻。

『19巻』のユーリは ほとんど海の上にいる。ヒッタイト帝国は直接 海に面しておらず、登場するのも河だけ。作中で もっとも水を感じられる巻と言えるだろう。そしてヒッタイトに召喚されたユーリが その国土を一度も踏むことのない流浪の旅の始まりである。流浪の他にも『19巻』は漂流や潮流など「さんずい」の漢字で表す内容が多かったように思える。もちろん その一つにユーリの身に起きたことも「さんずい」が使われていて、日本では そういう会うことの出来なかった存在を水という字を使って表す。
そういえば今回のタイトルにもしたけれどユーリが「あの世」を見た時の心象風景はヒッタイト風(?)の お花畑だった。もしユーリが日本人の死生観を持ったままならば そこには三途の川が登場しただろうか。『2巻』の仮死状態の時の描写はないけれど、あの時なら三途の川をイメージした可能性が高い。

有能なラムセスは効率良く仕事をして休む時は休む(そしてユーリに遭遇する)

回の痛切な事件の裏にいるのは いつも通りウルヒなのだけど、考えてみればウルヒよりも事態を悪化させているのはマリ皇子なのではないか(カイルが皇帝になったから皇子という称号ではないのか?)。

可愛らしい顔で描かれているけれどマリ皇子の無能さは酷い。マリ皇子の罪その1。そもそもユーリが藩属国・ウガリットに行くことになったのはマリ皇子がウガリットの異変を上手く平定できなかったからだろう。罪その2。カイルがウルヒの裏をかいて海路によるユーリの移動をしたのに その途中でユーリを見失う。罪その3。戦場で冷静さを失ったカイルを補佐する立場にありながら自分が冷静さを欠き返り討ちに遭う。罪その4。最期に兄のカイルに一つ約束するが、自分が守る対象にユーリしか入れなかったこと。ここで ちゃんと1人ではなく2人を守ると言っていればユーリを悲しませることはなかったかもしれない。

務めや頼まれたことを何一つ出来ないマリだけど、死後の世界では約束を守る。けれど上述の通り 配慮の足りない約束のためユーリを悲しませる。マリはユーリに横恋慕したり性暴力を働いたりしないけれど、ユーリを不幸にする存在だから作品に命を奪われたのかもしれない と考えてしまう。

カイルの兄弟皇子たちの間で有能なのはザナンザぐらいなのか。マリに比べればジュダは自分の分をわきまえて学問という自分の道を学んでいるだけ優秀なのかもしれない。ザナンザがエジプトに行けていたら今回のような戦争はなく それぞれが侵略することなく発展する国が作れていたと つくづく残念に思う。


回は これまで18巻分積み上げてきた愛情があるから、それが足場から崩れることで最大の落差を生んでいる。そしてユーリ・カイル共に かけがえのない存在を失うことで心身のバランスを崩していく

ユーリは妊娠中に これまでになく穏やかな日々を過ごしていただけに その落差は余りにも痛々しい。自分が この世界に生きる意味を見い出し、カイルにも祝福され 早々に愛情を注がれていたから合わせる顔がないと目標も将来も失った自分を自暴自棄に扱う。今は泣くことも起こるのに必要なエネルギーも出てこないほど心身共に憔悴している。ラムセスに強い言葉で反発する快活なユーリは見られないかもしれない。

カイルもまたユーリを喪失する恐れから心身のバランスを崩す。違う世界の人だからと諦めようとしても諦められず手放すことが出来なかったユーリ。そんな彼女が自分と歩む人生を選んでくれて、そして将来的に同じ高さにいられるように厳しい道を歩き始めてくれた。カイルがたった一人 正妃に望み、たった一人 自分の寝顔を見せられる相手となったユーリ。ユーリの喪失はカイルがヒッタイトを失うことと同義かもしれない。そんなカイルの強すぎる愛情の負の側面が描かれている。

これまで順調だった2人の人生は思わぬところで崩壊し始める。特にカイルの転落が こういう形で描かれるとは思わなかった。ヒロインに注がれる愛情は国の在り方に関わるというのが少女漫画的な表現か。通常とは違う意味で女性に溺れることで国家的・政治的な危機を迎えている。

父王や弟の死に際しカイルの心の拠り所だったユーリを喪失するカイルの精神崩壊

女どちらでもカイルの皇統を継ぐ子供が出来たことは首都・ハットゥサにも伝わる。それはナキア皇太后にとって自分の子供の即位の可能性が潰されることを意味していた。焦燥と絶望に襲われるナキアだったがウルヒのから書簡で希望を抱く。
ウルヒはユーリがヒッタイト帝国領内に戻るために利用した船の船員の中で金に困っている人を選び出し、船を沈めるように唆(そそのか)していた。魔力が無くても人は操れる。

夜の海で船の沈没が始まり、船が傾いた拍子にユーリは海に落ちてしまう。泳げるはずのユーリだが お腹に痛みを感じ身体が思うように動かない。すぐに他の船による救助活動と捜索活動が始まるが強風で波立つ海面と潮の流れ、そして闇夜で無理な捜索は危険と判断される。しかしユーリに忠誠を誓うルサファは危険を顧みず海に飛び込み、運よく積み荷の木箱を浮き輪がわりにしているユーリを発見する。しかしルサファたちを回収する船は既に遠く離されておりユーリは長時間 海水に浸かり続けてしまう。マリ皇子無能説を補強するようなエピソードだ。


イルはユーリが目的地に到着した情報を得られないまま衝突が始まったエジプト軍との戦地に向かう。
ラムセスとの対決はエジプト軍に渡河を許すかが勝敗を鍵となる。冷静に指揮していたカイルだが途中でユーリたちの行方不明情報がもたらされ その絶望でカイルは足元が崩れる思いをする。これまでの人生で正妃に望んだたった一人の かけがえのない人を失うことはカイル個人を自滅させてしまう。カイルに幸運をもたらしていたユーリの喪失はカイルの絶望になる最大の弱点をウルヒは突く。

カイルが茫然自失としたことでヒッタイト軍は統制を欠く。一瞬でも気を抜けば形勢が傾くラムセスとの戦場でカイルはミスを犯し撤退を余儀なくさせられる。

カイルは新たな防衛線を築くことを決断。そのための時間稼ぎにマリ皇子が立候補。ただマリ皇子はユーリを守れなかった自責の念から冷静さを欠いており、無理にラムセスを狙ったことで返り討ちにあってしまう。マリ皇子はカイルの元に送り届けられた後、冥界の番人となってユーリを死者にしないと約束して果てる。長所が描かれないままの退場である。

マリ皇子を失い将軍が足りず、その上 カイル自身の体調不良が起こり、臣下がカイルに代わって全軍撤退を選択する。カイルの初めての敗北は様々な要因が重なったとはいえラムセスによって もたらされた。カイルはストレス性の胃弱だと推測され、その原因はユーリの不在だと臣下は考える。つまり このままユーリが戻らないことはカイル皇帝が政治的に倒れることを意味していた。
その後もカイルは食事を受け付けず心身のバランスを崩し続けていた。


の海に投げ出されたユーリが海から出たのは日が高く昇ってからだった。通りかかった船に助けられたものの、その船はエジプトのチャーター船だということが判明。ユーリの身分を知られたら命の危機や政治的取引に使われるリスクがあるためルサファは身元を偽り、せめて藩属国のウガリットに戻る道を模索する。しかし船の行先はエジプト領の港で変更が利かないと知るとユーリの命を最優先にするため それに従う。ようやく医師のいる陸地が見えた頃、ユーリに出血が認められる。

勝ち戦に乗じて王(ファラオ)が戦場に到着し、役目を終えたラムセスは後方に下がる。ラムセスが下がった街こそがユーリが運び込まれた街だった。

医師の見立てでは母子ともに危険な状態。敵軍の駐屯している土地では身動きが取れず より良い治療を受ける手立てがない。ルサファは この地にラムセスがいると聞き、彼に取り次いでもらうためプライドを捨て、屈辱に耐えながら懇願する。

ルサファはラムセスに、ユーリの代名詞となったチョーカーを渡すことで存在を報せようとした。紆余曲折あったものの運よくラムセスに品が渡り、ラムセスは即座に動く。


うやくユーリは医療先進国であるエジプトの高度な治療を受けられる。ラムセスは患者の子供を自分の子とすることでユーリへの誰何を封じる。しかし高度な医療も手遅れで流産が確定してしまう。

ユーリ自身の命も危険で臨死体験を経験する。冥界の入口に立ったユーリはザナンザ皇子に再会する。続いてウルスラ、そして亡くなったことを知らないマリ皇子に生者の世界に戻ることを勧められる。これによってユーリは生存するが同時に子供の死亡が確定してしまう。
一時 目を覚ましたユーリは流産を自覚していて、そしてカイルの失望を想像する。

ラムセスはユーリをエジプトに連れて行くと宣言。そもそもラムセスはユーリの妊娠中でも結婚を考えており、カイルのもとに戻す義務もない。