《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

この愚かさで君を傷つけてしまった俺だから、この愚直な想いはピアノに乗せて伝えよう。

坂道のアポロン(2) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
坂道のアポロン(さかみちのあぽろん)
第02巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

66年、九州。転入した高校で不良の千太郎(せんたろう)と出会った薫(かおる)。千太郎に振り回されながらジャズを知り、律子(りつこ)に恋をし、すべてが初体験の日々の中、3人の関係を変える出来事が次々と…!眩(まぶ)しくてほろ苦い、直球青春物語。
●収録作品/坂道のアポロン(2)/インターチェンジ

簡潔完結感想文

  • 家族。優しい母と兄弟に囲まれる大家族の千太郎と、父親とすら話せない薫。
  • ブルデート。人の恋路を応援する振りをして、一番大事な人を傷つける。
  • クリスマス発表回。アドリブこそ技量の高さが顕著になる。歌える人って素敵。

夜の主役は誕生日の千太郎ではなく 淳兄さん、の 2巻。

音楽は楽しい時と、その逆の悲しい時にも他人に寄り添う。

主人公の薫(かおる)にとって新しい世界が開き続けた『1巻』とは違い、
『2巻』は彼と彼の周囲の上手くいかないことばかりが続く。

「何事も自分の思いどおりには ならないのが恋ってやつなんだよ」。

そう薫が言う通り、今回は恋成分が多めです。

良い時も悪い時も寄り添うのは音楽だけでなく友情も同じ。

悩みを共有することで相手への信頼は増し、
険悪な雰囲気も乗り越える術を知ることで関係は継続する。

物語に光だけでなく影も差して、一層、物語に立体感が生まれた。
人間関係も複雑になり始め、ますます物語は面白さを増す。


校1年生にして初めて恋煩いを経験する千太郎(せんたろう)。
その お相手は夏休みに男たちのナンパから助けた深堀 百合香(ふかほり ゆりか)。

食事も喉に通らなくなるほど胸を焦がす千太郎を薫(かおる)はイジるとともに、
自分が恋を寄せる律子(りつこ)との間に千太郎が入らないよう、彼の恋を応援する。

だが、恋の協力者である薫を全面的に信頼する千太郎の純粋な想いが、
かえって薫の汚さを引き立たせる。

恋愛相談に訪れた千太郎の家には優しい母親と彼を慕う弟妹たちの姿があった。

父は仕事で不在がちで、母はおらず、伯母は自分に決して優しくない。
川渕家を辞去して、そんな独りの部屋に変える際、雨が降りそうだからと傘を手渡された薫。

結局、雨は降らず傘を開くことなく家の前まで来た時に、父の姿を確認する。
しかし父は もう家を出る間際で会った。
言いたいことも言えずに、遠ざかる父を見送る薫。

父の前では見せなかった涙を流して雨に打たれる…。

『1巻』で千太郎と雨に打たれた時は「気持ちよかった」が、今回は まるで違う。
自分の中にある汚れを、募る悲しみを洗い流すかのような雨である。

傘を持たせるのも取り上げるのも千太郎で、
彼が居なければ雨はただの雨でしかないのだ。

ただし薫の父は間違いなく優しい。
日に焼けた薫の顔にも すぐ気づくし、彼への愛情表現に迷いがない。
でも だからこそ、悲しいのだろう。
好きだから、その思いすら届けられない虚しさが募る。


に打たれたとはいえ、
薫は男子と百合香と律子を入れたダブルデートを画策する。

しかし律子を誘い出したはいいが、彼女に百合香が来ることを伝えていない。

今回の律子の悲しみは『1巻』で律子に待ち合わせして2人で夏休みの課題をしようと思っていた薫が、
3人で海に行くことを知った時と失望と同じでしょうね。

自分の欲望が先走り、視野が狭くなって、
あろうことか一番好きな人を傷つけてしまった。

ただ、薫は千太郎よりは色恋に敏いので、
律子が誰を好きなのかは察しが付き、自分の過ちも理解した。


デートの成果に舞い上がる千太郎に八つ当たりをしてしまった薫。
それは律子のための怒りであるとともに、自分の至らなさを千太郎にぶつけただけであった。

舞い上がっていたからこそ薫の狼藉に怒り心頭の千太郎。
男同士だけなら意固地になって壊れてしまいかねない関係を修復してくれるのは当の律子。

律子は優しく良い子なだけではなく、強い子でもあるんですよね。
もちろん、律子の気遣いは千太郎のためという目的もあって、
それが薫には切ないのですが、
ただただ自分の気持ちを最優先に考えていた薫とは種類が違う。

彼女は千太郎の変化を彼が震わすドラムの音で感じ取っていた。
きっと千太郎は泣いたり怒ったり、気持ちの葛藤を独りで音に変換していたのだろう。

だから彼の唯一の友達としてジャズ仲間として薫の存在が必要なのだ。
どちらも独りであるからこそ、2人は通じ合えるのだ。

そして律子は薫と千太郎が百合香を巡る恋敵であると誤認している。
だから薫の計略も咎めずにいられる。
そして その誤解が薫を二重に苦しめる。

失恋を予感し落ち込む律子の姿と、律子を無神経に傷つけた許せない自分。

そんな彼女のために薫は、
恋がうまくいかなくて いじけてる歌である「But Not For Me」ではなく、
「律子のため」だけに「Someday My Prince Will Come」を弾く。

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王子様じゃないけど、今、君のことを好きな俺が、ここにいることを知っていて欲しい。

そして今の自分の想いを律子に告白をする。

これは本当の自分の気持ちを律子に伝えるためでもあるし、
失意の律子に異性に好かれている事例を提示するためでもあろう。

この時の薫に自己中心的な思考はなく、
自分よりも相手のことを強く深く想っている。
これを愛と言わずして何と言う。

「俺にとって律ちゃんは世界一可愛い女の子だよって
 それだけ言いたかったんだ」

こんなこと言われて嬉しくない人がいますか。
捻り過ぎた決めゼリフよりも、直球の方がズドンときますね。

これを言える薫の勇気が凄い。
雨に打たれる喜びも悲しみも知ったことが彼に行動を促したのだろうか。


リスマスにジャズ仲間の淳兄さんこと淳一(じゅんいち)の
バイト先のバーの余興に薫たちが出演することになる。

律子と百合香も招待して迎えた本番当日。
上場の出だしを切ったが、酔客のヤジにより演奏は中断。

この危機をアドリブで乗り切ったのは淳一。
淳一が歌ったのは「But Not For Me」。

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ある意味で本書最強のキャラは淳兄さんだろう。彼の辞書に失恋なんて言葉はない。

今の薫にも千太郎にも律子にも通じる歌である。
だけど当の淳一は、この歌で 一人の女性を恋に酔わせてしまった。

『1巻』のラストは百合香と出会って千太郎の恋が始まったが、
『2巻』のラストは その百合香が淳兄さんに会って何かが始まりそうである。


この場面、客の挑発に乗って千太郎は舞台を降りてしまった。
一方、その挑発をアドリブで乗り切った淳一。

ここに2人の器量の差が如実に表れる。
そして この千太郎の短気な行動は恋の舞台に上がる権利すら奪ったのかもしれない。

彼は もっとビートを刻まなければならなかった。
自分の想いを音に乗せなければならなかった。


本来、淳一さんは東京の大学に行っており、
薫たちが百合香と出会うのと入れ替わるようにして東京に戻った。

だから淳一は千太郎が恋愛で腑抜けている お相手のことを知らない。

淳一が東京にいる間が千太郎の幸福だったのかもしれない。
それとも 即座に結果が分かった方が傷が浅かったのか。
どちらにしろ結果は同じだろう。


かし学校一の暴れん坊・川渕を陰で操る裏番長・薫、という噂には大いに笑った。
確かに薫は自分の手を汚さずに目的を果たすタイプに見える。
役者になったら影の黒幕役で引っ張りだこだろう。

実際、薫は豪胆なところがあるから、
遠慮なく千太郎に接することが出来て、それが千太郎にとって心地良い。

しかし薫にも千太郎にも深く関わらないものから見れば、
2人の間にあるものが友情なんて思いもしないのだろう。
だから あの千太郎を手懐ける最強最悪の人間と馨が誤解されてしまうのだ…(笑)


インターチェンジ」…
ほんの数か月間 付き合った元カレの死の報せに、
彼と交際する契機となった、恋を忘れる方法を試す…。

5年の間にETCが車載された。
もしなかったら彼女は試しただろうか。

忘却というよりも回想法ですね。
高速道路の出口を回ってるし。

忘れてたはずなのに記憶は自分の奥底から湧き出てきて、
忘れるためにしてるのに、忘れないことを誓って明日に向かう。

嘘から発せられたアイデアだが、実際にやってみても効果がありそうだ。