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少女漫画と小説の感想ブログです

帰る場所を みつけたから あのときの私 許して『「ただいま」』

たいようのいえ(12) (デザートコミックス)
タアモ
たいようのいえ
第12巻評価:★★★★☆(9点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

その手がどんなに救いになるか誰よりも知っている。あの人が独りでいるなら私は返していかないといけない……少しでも。――「お母さんと一緒に暮らさない?」突然訪ねてきた実の母・柚乃(ゆずの)からの提案。身勝手だと思いつつも、母の孤独を知り突き放すことができない真魚(まお)。孤独な自分に基(ひろ)が、みんなが手を差し伸べてくれたように、自分も母を支えるべきでは……。悩む真魚が、最後に出した結論は……!?

簡潔完結感想文

  • 母の再来。かつて独りだった自分は、今 独りの母の気持ちが分かる。自分の望む暮らしとは?
  • 引きこもり逃げ込む真魚を家族のいる食卓に連れ出してくれたのは義母。救いは基だけじゃない。
  • 空海返上の儀式。奪われたペンネームが戻ってきた。再読すると分かることってあるよねと共感。

る意味で壮大な寝落ちの 12巻。夢落ちではないので ご安心を。

自分を受け入れてくれる家が欲しかった主人公の真魚(まお)と、
家の中に誰かを迎え入れたかった年上の幼なじみ・基(ひろ)。

真魚たちの かりそめの家族ごっこも終了し、お互いの本当の家族が一つの家に集合する目途が立った。
一緒に暮らしていく時間の中で互いに好意を持ち始めた2人だが、
甘えた関係に陥ることのないように、目標達成までは恋愛を自制していた2人。

2人の恋の障害は何もないと思われていた矢先、
もう一人の本当の家族が真魚の前に現れて…。


魚の母親が真魚の前に10年ぶりに姿を現わしたのだ。

この10年で ちょっとした事業に成功したという母に真魚は、一緒に暮らさないかと提案されるのだった…。

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真魚との再会を心の底から喜んでいる様子の母。彼女は良い暮らしを提供すると真魚に申し出る。

真魚の母はまさに物語最後の難関で、基には頼らない真魚の成長を感じられる奮闘の記録でもある。

同じ頃、仕事で修羅場を迎えている基は真魚に割く時間がない。
独り懊悩する真魚は再び自作の小説世界に逃げ込んだり、
心配する今の家族と顔を合わせないようにしたりと、まるで元の真魚に戻ったようにも思える。

だが、悩むのもまた彼女の成長の証でもある。

血の繋がりのなせる業なのか、会わなくても、育ててもらわなくても、
真魚と母は、真魚が自覚するほど容姿や表情が似ているし、趣味も合うみたいだ。
今の家とは違い、母は真魚だけを母なりに愛してくれるだろう。

もしかしたら彼女は10年間の隔たりを埋める可能性を秘めている人なのだ。
だから「勝手な人だと 心から思う」としながらも悩んでしまう。

そして母は真魚に手を差し伸べてくれる人、そして真魚の手を必要としてくれている人、
という認識もしっかり出来るぐらい人の機微を理解するのが今の真魚なのだ。

独りでいる母に、独りだとは思わなくなった自分が今度は何かが出来るのではという思いが生まれることも成長ではあるのだが…。


論から述べますと、真魚は母との暮らしを拒みます。

どちらが正しいか確定は出来ない問題ではありますが、
真魚の選択が間違いではなかったのではないかと推測できるような幾つかのヒントが作者によって散りばめられているような気がします。

まず第一に真魚母の信用ならない点は、真魚に暮らすことを提案する際の会話の順番。

順序や順番というのは私が本書を読む中でずっと気になっていた点。
想いが通じながらも真魚と基が恋人関係にならないのも順序を重視するから。
また多くの告白が正しい順序を踏んでいることでに彼らに打算が ないことが分かった。

だが、真魚の母の順序はどうだろう。
一緒に暮らしたいという本題の前に、真魚を大きく揺さぶっている。

真魚の父、自分の元夫が真魚を本当の子じゃないかもしれないと疑っていたという心配に見せかけた会話を優位に進めるための布石。

確かに、真魚父は過去を回想した『4巻』の話で妻にその話をしていた。
だが、そんな話が以前も出ていたことをすっかり忘れていた私は、
改めてそんな可能性もあるのか、と真魚と同じレベルで驚愕してしまった。

そうして大きく動揺し、真魚を正常な分別を失った状態にさせてから初めて母は自分の想いを伝える。

なんとも卑劣な手法である。
まさか母の成功した事業って「オレオレ詐欺」をはじめとした、特殊詐欺じゃないでしょうね…。
そうでないにしても人心掌握術を駆使した計算高さを感じずにはいられない。


そして、もう一点。
真魚の母が提案する暮らしは、物質的・経済的な裕福さ ばかりであることも気になる。

真魚との再会に際してはプレゼントを用意し、
スマホを持っていない真魚に対し、買い与えない父親を非難している。
そして一緒に暮らした場合、転入を提案するのは現在 通っている公立高校(多分)に対しての制服の可愛い私立高校。

彼女の言う「真魚を絶対に幸せにする!」方法は、甘やかすだけで真魚本人と向き合っていない方法なのだ。


そこから浮かび上がってくるのは、真魚も感じていた母の孤独。

社会的な成功で満たされていくものと対照的に満たされない心。
どうしようもなく独りだという現実。

母にとっては、真魚はそんな心を埋めるパーツ、
もしくは自分が経済的に満たされたことでの慈善事業にも思える。

虐待や自分が原因の離婚などで子供を苦しめた親が、
自身が高齢者になってから子供である自分に連絡を取ってきた、
どう対処するべきなのか、という子供側からの人生相談の内容はよく見る。

まだまだ若いが、母も自分の人生が折り返し地点を過ぎたことを痛感しているのだろうか。

それとも女性としての幸せが手に入りにくい年齢に差し掛かったことも理由だろうか。
あんまり信じられない話だが、離婚の原因となった、あの男とすぐ別れてから10年間ずっと独りだったらしい。
結婚や離婚のキッカケといい、実は恋愛が下手なのかもしれない。


しかし真魚の母は なんで現在の真魚と元夫の家が分かったのでしょうか。
妻に出て行かれて後に元夫が引っ越した家なのに。
(考えてみると真魚父も真魚との2人暮らしに一軒家に引っ越すのも少し変かも)


母の問題に寄り添ってくれるのが、義母という構図も印象的ですね。

部屋に引きこもりがち、小説世界に逃げ込みがちな真魚に対して、
辛抱強く、時には厳しく接する義母。

義母は自分の母親との関係を真魚の参考にと聞かせる。
連れ子同士の再婚を反対しているが、いつも娘の自分を想ってくれている母だという。
義母の真魚への思いやりや優しさはそんな母の想いを受け取っているからなのかもしれませんね。  
もちろん、不幸にならないぞという意地もあるのでしょうが。

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一人で出した結論を引きずる真魚を迎えてくれるのは家族たち。帰る家はここにある。

また義母以外にも、親友の千尋ちひろ)にも今回はちゃんと相談している。
基だけに決して依存している訳ではないという証明だろう。
そして、友達枠として復活を予感させるのはラジカルさん。

魚が小説世界に逃避することによって、
更新が停止していた真魚ペンネーム「空海(くうかい)」のケータイ小説が再開され、
それによって棚上げされていた「奪われた空海問題」もまた議題に上がる構成が見事ですね。

書き手が真魚と知らずにネット上で友達になった、ラジカル杉本(すぎもと)さん と真魚
同じ人を好きになってしまい、更には杉本さんが空海が自分だと真魚の前で基(ひろ)に伝えたことでこじれた関係。

だが今回、書き手を真魚だと知った上で空海の小説を通読することで浮かび上がってきたのは小説に託した真魚の真意。

ラジカル杉本さんは基に自分が空海ではないことを明かし、そして基にも通読を勧める。
小説の中の違和感とそして郷愁、再読で基は数々の発見をし、そして作者を知る。

基に気づかせる過程が本当に素晴らしいですね。
まさに伏線回収という感じでカタルシスも感じる。

一見不要かなとも思える真魚母の再登場も、真魚の逃避には必要で、
それによって全てがリンクしていくという連鎖反応が生まれる。

1巻丸々、恋愛関係の進捗がなかったが、最後にしっかり繋がるなんて本当に凄い構成力だ。

何だか凄いものを読んでいるぞ、という喜びは、ここで終わるか!! というツッコミに変わる。
残念ながら次巻が最終巻。
真魚たちには悪いが、こんなに叶って欲しくない恋も珍しい。