《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

薫さま、せめて千太郎が もういいと言うまでは その手を離さんでやって くだされよ。

坂道のアポロン(4) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
坂道のアポロン(さかみちのあぽろん)
第04巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

60年代後半、九州。転入生の薫(かおる)は不良の千太郎(せんたろう)と出会い、苦しかった学校生活が一変!ジャズを通じて千太郎と友情を育み、純朴な律子(りつこ)に恋をして、失恋して…。傷心の薫は、幼い頃に離れた母を訪ね、東京にやってきたが!?
●収録作品/坂道のアポロン(4)/エレベーター・チャイルド

簡潔完結感想文

  • 再会、母よ…。初めて知る母が家族を捨てた経緯。ジャズが また人を結ぶ。
  • クラス替え。初めての遠距離友情。人は距離の近しい人から親しくなるのか?
  • 新しい音楽。一生もんの友情に不協和音。ジャズではない音楽が人を結び始める。

局に怯える 4巻。

楽しい時間を過ごした後で帰る独りの部屋、
酔いがさめた時にやって来る虚しさ、
フラットな気持ちでいたら知らなかった この気持ちの落差は絶望に近い。

『4巻』の序盤で主人公・薫(かおる)と千太郎(せんたろう)の友情はピークを迎える。

どちらも孤独の中で生きて、出会い、一緒に旅をして、
互いの全てを認識したような気持ちに達する。

だが、そこがピークならば落ちることもある。

『4巻』では2年生の進級に伴うクラス替えで2人は別のクラスになってしまう。
それでも、2人の間には確かな友情があるはずだった。

しかし一番近くに居られない事実はどうしようもなく、
自分の知らない彼の姿にショックを受け、
自分の悲しみを彼にぶつけてしまう。

まるで、両想いになった後の遠距離恋愛編ですね。

実際は校舎の階が違うぐらいの距離なのですが、
これまで自分が手にしていたものが永遠ではないことを思い知らされるには十分な変化。

薫がこの学校の、いや人間社会の中の異邦人であることを思い出させる『4巻』です。


頭は『3巻』の続き、薫と母の再会の場面から。

再会した母は都会的で思った以上にエネルギッシュ。
家族と暮らした頃の思い出を愛おしく語る母に薫は安心する。

そんな母の様子に薫は本題である、
なぜ自分を置いて出て行ったのかを直接 問いただす。

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父には言えない寂しさも母には吐露できる。これは薫の見せる甘えかもしれない。

地元の名士である薫のいる西見(にしみ)家に縛られていたのは母親も一緒らしい。
不釣り合いな交際だったが、父の猛烈なアタックに応じた母。

だが男子の跡取りを持たない西見家の女性たちの目は厳しく、
特に薫の祖母にあたる人物は読み書きの出来ない母を締め出す。

千太郎もだが、彼らの祖母はキツい性格をしていますね。
これは戦前から生きていたも旧態依然とした価値観の象徴だろうか。

薫が生まれた1950年代前半では まだまだ家や家長が大きな力を持つ時代だっただろう。

そして父親としては出来た人間である薫の父親は、夫としては満点ではなかったようだ。

彼もまた 千太郎の父親と同じで、自分だけは繋いでいなくてはならなかった手を
自分の都合で離してしまった人なのだろう。

一度は繋いでくれていたからこそ、突き放された事実が より大きな悲しみに変わる。
ここでも落差が絶望を生んでいます。

もしかしたら薫の父親は、
自分の妻を守れなかった罪滅ぼしに、彼女の残した薫に自由を与えてやりたいのかもしれない。

薫を妻に会わせようとするのも、彼女の人生に対する せめてもの詫びなのだろう。
謝罪できない代わりに、大きく立派に育った息子との再会の機会を設けたのかもしれない。

母との別れの際、薫は母にレコードを贈る。
かつて母が歌ってくれた子守唄、そして自分が夢中になっているもの、
薫は母との これまでの時間を埋めるような品を選んだのだろうか。


は愛されていた。
母は自分よりも薫を愛していたからこそ彼の幸せのために良い環境を与えた。
たとえ自分が その「家」から去っても。

でも、これって隣で聞いている千太郎には辛い話でもありますね。

母の記憶がおぼろな薫だが決して母から愛されていない訳ではなかった。
むしろ母が子を思う心が別離を選んだ。

だが千太郎は完全に捨てられた。
父の姉なのか、はたまた別の人なのか、
母親すら判然とせず、手掛かりを得るため探し求めても会えなかった。
残ったのは自分が教会に捨てられていた事実だけ。

もちろん千太郎は、薫が自分より恵まれていることを知っても彼を恨んだりしない。
薫と違って人が出来ているから。
そう薫は間違い続けるから…。


学期早々、クラスメイトと喧嘩をする千太郎。
むしゃくしゃしたからやった、反省はしてない、ようだが、
きっと動機は薫と離れてしまったからだろう。

2年生への進級時、薫と律子は同じクラス、千太郎だけが別のクラスになってしまう。
これまでは独りでいた千太郎。
学校生活で友達が出来て、そして離れるのは初めての経験。

それは薫も同じ立場。
むしゃくしゃしてケンカが出来るほどアグレッシブではない薫は、
抱えた鬱憤を よりにもよって千太郎にぶつけて解消してしまう…。

その遠因となるのが、千太郎の憧れの人・百合香(ゆりか)と同じ美術部員で
2年生で千太郎のクラスメイトになった松岡(まつおか)の存在。

奇妙なキャラクタの男だが、彼は千太郎のことを恐れない。
それは薫と同じ土俵に立つということでもある。

千太郎をバンドメンバーに引き入れるという目的はあるものの、
目的のために邁進して、積極的に千太郎と関わることで千太郎の意識も変化する。

一旦は松岡の提案を強く拒絶した千太郎だったが、
彼の家庭の事情や将来への展望とその目的を知って、彼に共鳴し始める。

これは音楽的な共鳴ではないのだが、
家庭環境は不遇かもしれないが経済的に恵まれている薫とは違う共感が松岡との間にはあるのだ。


太郎がモデルになった百合香の絵が初披露される。

そして彼女の描いた絵画で本書の題名にもなっている「アポロン」という単語の初出となる。
女性に強く拒まれるギリシャ神話の神・アポロンの悲恋が披露される。

それは千太郎の悲恋を連想させる。

千太郎は薫の恋を応援し、薫は千太郎の恋の暴走を止めようとする。
方向性こそ真逆だが、2人は友情から 恋愛ごとのお節介を焼く。

千太郎は律子の自分への気持ちに無自覚だが、
薫の気持ちを知っているから、彼の後押しをしようと律子と薫を近づけようとする。

薫は百合香が淳一(じゅんいち)に想いを寄せていることを知っているから、
不器用ながらも彼と百合香が不必要に接近することを阻止しようとする。

どちらも相手を思い遣っての行動なのだが、
どちらも誰かを傷つけずには済まないのが痛々しい。
薫の不器用さは一生彼について回るのだろうか。


して薫は一つ善行を積めば、一つ愚行を重ねる。

律子の見逃した映画の上映を彼女に知らせたり、
千太郎が百合香とデートをしているところを彼女に見せなかったり、
間接的に彼女を喜ばせる/悲しませないことが、
彼女の気持ちに変化をもたらしていることを彼は無自覚である。


友情と恋愛は両立しないでお馴染みの本書。
なので律子との関係が良い感じになると、千太郎との仲が険悪になる。

だが隣に居るはずだった場所を奪われた気持ちから薫は千太郎に八つ当たりをしてしまう。

もう、この辺は完全に恋愛のそれですよね。
「なに怒ってるんだよ」
「怒ってない」
「怒ってるだろ」
「だって私以外の人と楽しそうに話してた」
「バカだな、俺には薫子しかいないって(ハート)」
という定番の流れ。


彼らの親子関係は祖母によって捻じ曲げられた。
祖母が戦前の価値観ならば、松岡がバンドで演奏するビートルズは新しきもの、戦後の象徴だろうか。
ニューミュージック(は もうちょっと後か)に触れて「転向」してしまうのか。
主義主張と争うことになる1960年代の後半である。


には松岡の接近と、千太郎の態度の急変に薫の当惑は極まる。

クラス替えの際の千太郎と同じように、今度は薫が「友達」が離れていく焦燥に駆られる。
同じ巻の中で、立場を変えて同じ事象が起こしている点に感心するしかない。

そして訪れる全面的な衝突。

見方によっては薫の駄々っ子っぷりが炸裂しているようにも見えるが、
これは彼のトラウマスイッチでもあるのだろう。

自分が、また千太郎と出会う前の自分になってしまうのではないか。
長崎での楽しい記憶で忘れていた自分が顔を出す。

失うぐらいなら自分から捨ててしまう。
そうした方が楽だから。

恋愛において人の恋心を知っているからこそ、余計なお節介をした2人。
この友情を崩壊させかねない薫には、
千太郎が東京で薫の母に言った言葉を知ってほしい。

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息子の横に一生いてくれる宣言。母親として こんなに嬉しい言葉ないのではないか。

「友情は一生もんですけん
 あいつとなら 俺いつまででも友達でおれる気がします」

この言葉を誰か薫に伝えてほしい。
それだけでもう、彼の不安なんて消し飛ぶのに。

なんでこんなに上手くいかないのだろう。
でも上手くいかないからこその青春であり、漫画としての面白さである。


そして誰かに出会うことで終わる『アポロン』の巻末。
今回は、輝きを失ったあの人のようだ。
彼の帰郷は物語に何をもたらすのか…。


「エレベーター・チャイルド」…
「大人エレベーター」ならぬ「子供エレベーター」だろうか。

理屈のある話じゃないけど、理屈が分からない。
最初、彼がどうしてあんなに高齢の姿だったのか。
時空が歪んでいる。
幼くなるのは彼が、その女性の顔を思い出すためだろうけど。