- 作者: 荻原浩
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2010/05/22
- メディア: 文庫
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私は最上俊平、私立探偵である。ハードボイルド小説を愛する私は、決してペット探偵ではないのだ。だが、着物姿も麗しい若い女性とヤクザから、立て続けに猫捜しの依頼が。しかも、どちらの猫もロシアンブルー!? なりゆきで雇うことになった秘書に、独自に習得した猫捜しの極意を伝授し、捜査は順調に進むはずが…。名作『ハードボイルド・エッグ』の続編、いよいよ文庫化。
見た目は大人、頭脳はあの日のまま、その名は迷探偵・最上俊平。『ハードボイルド・エッグ』で、ハードボイルドミステリコメディドラマという難しいジャンルに挑戦し、読者に失笑を買いながらも愛された最上探偵の再登場である。前作と同じくまだ年齢は33歳みたいだ。前作では季節は春だったが、本書では初秋。この半年ですっかり本業である探偵業は板につき、考察力・思考力は格段に向上し、そして探偵の秘密道具を駆使するまでに成長していた。これでもう、どんなペットも探し出せるぜッ!
そう、もう彼は立派なプロの(ペット探し専門の)探偵だ。愛読する護身本は未だに役に立ったことはないが、本書での彼の仕事姿は前作よりもはるかに洗練されていた。それが彼の価値基準において幸か不幸かは別として…。しかし私は前作の読者として現在の姿に早くも少し涙がこぼれそうになった。だってもう彼のお仕事の何もかもが本格的なんだもの。そんな彼の心の声はこれしかないでしょ。ヘルプ・ニャー!!
さて今回の副題は(序盤を除いて)『猫はどこだ』である。立て続けに依頼された猫探しは、一方は麗しい若い女性、一方はTHE ヤクザからのもの。精神的な優先度は女性の方が圧倒的に高いが、ヤクザの方は高報酬が約束されているが期限は3日間と決められているし、小指の先のない手を見たりもしている。望外に忙しく、絶望感に襲われる最上だったが、その少し前に探偵事務所には秘書が雇われることを思い出す。念願の金髪・碧眼・ナイスバディと三拍子揃っている女性なのだが前作での最上の倍以上の年齢の女性に続く、2代目秘書はなんと今回は最上の半分の年齢だった…!
作品は、本シリーズならではの理想と現実のギャップの二重奏が妙なハーモニーを奏でていて楽しい。聞き込みという単調な調査も彼の思考をもってすればユーモアの応酬になるし、反対にとある組織による職務質問は最上の減らない口が彼を底無しの窮地に引き込んでいく。未だ多感なお年頃の、少々面倒くさい人ではあるが、秘書たちや読者のように彼に寄り添い続けていると好ましく思いはじめる。本人はペット探偵にまだ遺恨があるかもしれないが、このシリーズを読む限り一般の人とは違う経験ばかりで、本人の理想像とかなりマッチした生き方をしているのではないか。特に本書のクライマックスシーンは映画さながらで、間違いなくハードボイルドな状況だ。そういえば(ネタバレ感想:反転→)辛かった中学生以来、この生き方を貫くことを処世術とした最上の生き方は、(茜と同じような)二重人格とも言えなくもないのか。彼の場合はどちらも溶け合ってもう自分すらなくなっていて、クライマックスにおける最大の窮地でも、身についた習性が抜けない、いやそうする事で自分の生き方を守ろうとする彼の姿はやはり今回も格好良かった。(←)
町中で消えた猫探しの調査に加え、監視の多い密室から何の証拠(体毛)も残さずに消えた猫の謎、そして続発するペットを殺害する猟奇的事件とその犯人候補などなど、幾つものミステリが本書に登場し、その解決やペット探しの薀蓄など読みどころが多い。ただ少々慌しく、幾つものトリックを組み合わせた情報量が多い後半を読むと何もかも一つに纏めあげなくても良かったかな、とは思う。また失敗の多いリュウ捕獲作戦はページ稼ぎではないかと疑うほど同じ事の繰り返しで、じれったさだけを感じた。本シリーズの特徴として9割方最上探偵にとって皮肉な結果に終わるので後味も良くない。ただ残り1割に笑顔になるのだけど。
さて、前述の通り彼はもう立派なプロペット探偵だ。しかし彼は結構な人情派、というかペット寄りの人だから、有能な割に生活は困窮している。捕獲アベレージが低いのもペットの幸福優先主義を曲げないからではないだろうか。依頼人とペットの生活を見聞きして、依頼人ではなく、ペットにとっての最善を尽くす。その審美眼の磨き方や持ち方、それはもう立派なペット探偵ではないか。