《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの (創元SF文庫)

月面調査員が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。綿密な調査の結果、この死体は何と死後五万年を経過していることがわかった。果たして現生人類とのつながりはいかなるものなのか。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見された……。ハードSFの新星が一世を風靡した出世作


以前読んだ国内ミステリ(失念!)の中でSF小説ながらミステリとしても評価が高いと紹介されていて手を伸ばしてみた一冊。
ミステリとして読んだ私は、その謎の独創性から驚かされた。2020年代半ば、特別な訓練なしの月面旅行が普及し始め、月面に基地のみならずリゾートホテルも出来るという宇宙時代に、その月面から一つの死体が発見される。人類が未だ獲得しない科学技術が用いられた宇宙服をまとったその死体は、調査の結果、死後五万年が経過していることが分かった。五万年前の地球人には、石器を使い狩猟をする程度の知識しかないはずだが、果たしてチャーリーと名付けられたその死体の来歴は…?
まず提示される謎が死体消失ではなくて、死体出現の謎であるところが面白い。しかも月面で五万年前! それによって時間と空間を超えたスケールの大きさが生まれ、その謎の解明が人類にとって既存の価値観を揺るがしかねない衝撃をもたらすという期待と不安が入り混じる。謎の求心力ではどんなミステリにも負けないのではないか。そしてクライマックス、優れた頭脳と柔軟な発想力を持つ主人公・ハントが、一堂の前で自らが獲得した推論を披露する場面などは、まさにミステリにおける探偵そのものであった。私が最もミステリらしさを感じたのは、その真相にたどり着くハントの思考方法が、「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる(When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.)」というホームズの精神に適合していた点だった(「wiki」より。にわか知識)。
作中、幾度もチャーリーの存在やを巡って、各専門分野の研究者から推論が報告される。しかしそれは、その分野に限っての推論であり、全体的に俯瞰したときに整合性がとれない。更にチャーリーの残した日記や所持品などわずかな手掛かりを分析する言語学者生物学者によって、日々新たな事実が浮かび上がってくる。それらはようやく組み立てた推論を木っ端微塵にするほどの破壊力を内在しており、研究者たちは再び新たな条件の下、考察を続けなければならない。この推論に推論を重ねていく過程もまたミステリの様式であり、新たな事実という衝撃が推進力になって物語が読み進められていく。
真相はSFならではの壮大なトリック(?)だった。発表当時から見れば少しは科学技術が発達した世界になったのだから、この壮大な構想を映像化して欲しい気もする。また作中の人物をはじめ、私たち読者も発想自体を自ら制限しているような人にとって危うい真相にも痺れた。まさにホームズの発想法だ。月と地球という距離的に離れた場所から、更には全体を統括する立場であるからどうしても安楽椅子探偵に収まっていたハントがこの真相を掴むきっかけになったのが、現場に足を運んで、実体験から齟齬を感じるというアナログなものであるのも作品の先進性と真逆で面白さを感じる。
しかし本書にも問題点はたくさんあった。私にとって本書最大の欠点は何だったかというと、本末転倒だが、本書がハードSFだという点だ(笑) 本書読書中の2週間余り、実は私はのび太くんだったのだろうかと疑うほどに、入眠がスムーズになった。枕元において寝る前に読んでいたという悪条件を差し引いても、2ページも読むと瞼が重くなり、毎夜3ページ目の記憶はなかった。ハードSFが科学技術の厳密な描写がされるというジャンルだから致し方ないが、長々と続く科学描写は私を気絶させた。更に悪条件が重なるのは、本書が著者のデビュー作であるという点だ。そもそもの英語の文章が上手くないだろうところに、翻訳という作業が入ったことによって余計に不恰好な文章になったのではないかと推察される。新約でないかしら。また主人公のハントとダンチェッカー以外は人物名を覚えても無駄と言い切れるぐらい、人との心情的な交流は一切なく、人間ドラマの側面は全くない。人類のドラマではあったが…。読書が遅々として進まない不本意ながら、科学技術に関しては上手に読み飛ばして何とかゴールにたどり着いた。古典的名作を読むと、「××(作品名)」を読んだ私という不思議な自信や達成感と、もうネタバレ怖くないという安心感が生まれるなぁ(笑)

星を継ぐものほしをつぐもの   読了日:2013年05月13日