- 作者: 石持浅海
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2010/08/31
- メディア: 文庫
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湯浅夏美と長江高明、熊井渚の三人は、大学時代からの飲み仲間。毎回うまい酒においしい肴は当たり前。そこに誰かが連れてくるゲストは、定番の飲み会にアクセントをつける格好のネタ元だ。今晩もほら、気持ちよく酔いもまわり口が軽くなった頃、盛り上がるのはなんといっても恋愛話で…。ミステリーファン注目の著者が贈る傑作グルメ・ミステリー。
世の中には「グルメ・ミステリー」というジャンルがあるらしい。確かに私も芦原すなお作品や北森鴻作品などでお腹を鳴らしながら読んだ記憶がある。本書は更に「酔いどれミステリ」とも言え、西澤保彦作品を始めとした、遠慮の無い関係から喧々諤々と議論を深める会話型ミステリとしても楽しめる。私はお酒を嗜むわけではないけれど、飲みながら読むのも楽しいのかな。そうでなくても賑やかな雰囲気や素面では到底考え付かない推理の数々、そして皆の酔いを一気に醒ましてしまうような刺激的な真相の待つこの種のミステリが大好きだ。
ジャンルとして「グルメ」の名を冠しているが、本書に出てくる「グルメ」は、実践するハードルが低いというのが特徴だ。更には美味しく作れる自信がなければ出来合いの物を買ってきてしまえばいいし、生ガキや生チキンラーメンなどコンロすら使わない肴もある。本書は一応の結末があるが、彼らにはまた集合してもらって新たなレシピを公開してもらい、ミステリと肴で、心に充足感、お腹に空腹感をもたらしてほしい。
お酒や肴に関しては作者の得意分野かもしれないが、恋愛や男女の機微を描くという作業は苦手分野への挑戦だと思った。恋愛がミステリの材料として用意されたので、心の動きが理解しかねる作品もあったが、一つの食べ物から喜びや悲しみ、痛みや笑顔、そこに込められた意味が湧き上がってくるという構成は面白かった。本書に仕掛けられたとあるトリックには、1編目から引っかかる物があり、何度も描写を確認したし、出版年月日が近いの作者とある作品をすぐに想起したためオチはかなり前から予想できていた。この時期は石持さん、××に興味があったのかしら。
本書では所々に優れているが故の探偵の悲哀も散りばめられており、それが最終話にも続くテーマとなっていた。
- 「Rのつく月には気をつけよう」…表題作。酒肴は生ガキ。肴になる話は、上司の新築パーティで出席者の中でただ一人カキに中ってしまった女性の体験談。なぜ彼女だけ体調を崩したのか…。ミステリでは定番の毒物混入の謎。食中「毒」だし少し変格な内容ですが。登場人物たちが各自、考察し行動する、またそれによって事態が複雑な様相を成す、という静かな物語の中に複雑な思惑が潜むという構造が良かった。酒の恥はカキ捨てで(笑)、どんな話をしても後腐れは無さそうだ。
- 「夢のかけら 麺のかけら」…酒肴は生(?)のチキンラーメン。肴になる話は、ハワイ移住を考えている男性が、誕生日に家に来た彼女と喧嘩した。チキンラーメンが散らかり放題の部屋が原因で…。ちっとも上手く要約できてません。作品名は好き。ラストは粋で、良い話に落ち着いている。けれどミステリとしては謎も不明瞭だし、要素を限定する根拠も曖昧、それにそんな行動する人は今後も大変そうなだぁ…。これが後の1編目の家主であった、見たいなオチになりませんように。
- 「火傷をしないように」…酒肴はチーズフォンデュ。肴になる話は、会社の後輩くんにホワイトデーに「固くなったパン」を返された女性。果たして彼の真意はどこにあるかという相談に…。これは好きな話。自分の中で深読みしたり、想いを熟成し過ぎて訳の分からない行動ってありがちですもんね。本書の短編の基本構造を考えると私たち読者でも解き明かせそうな謎である。ツッコミ役ばかりで影の薄かった熊井の純粋で、なかなか熱い心が垣間見られる作品。
- 「のんびりと時間をかけて」…酒肴は豚の角煮。肴になる話は、女性の留学を機に別れてしまった男女。しかし男性は彼女が留学を決意する前後に作った「固い角煮」が気になっており…。固い食べ物&深読みシリーズ(笑) 結末に振り幅を持たせているが、違和感をその場で口に出せない関係、出さない男性とは長続きしなかったのでは、というのが私の意見。自分の慧眼をひけらかすだけではなく、会話から男女の距離も勘案し、真相も胸に秘めておく長江が良い。
- 「身体にはよくても、ほどほどに」…酒肴はぎんなん。肴になる話は、鮨屋でぎんなんを見ながらされたプロポーズ。だけど女性はそのプロポーズの言葉が胸に棘となって刺さっており…。深読みシリーズ。相談者の胸のつかえを綺麗サッパリ取り除てはいるものの、謎の設問自体も綺麗サッパリ無くなった。多くの作品で綺麗に纏めているから、酔いが醒めた(作品世界から離れた)時には、良い気分になったけど何も覚えていない、という時間の充実度が度外視されていくのであった。
- 「悪魔のキス」…酒肴はそば粉のパンケーキ。肴になる話は、ある女性が恋人の部屋に行くと泥酔してベッドで寝ていた。その唇にだけアレルギーの症状を示して…。この女性は語り手である主人公・夏美の関係者(ネタバレ防止)である。存在はかなり前の段階で示唆されていたが、夏美自身がこうなるとは。甘い話が多かった本書の中では強烈な作品。長江の語る若い男性の弱さはまるで自分自身にも覚えがあるような舌の滑らかさだ。相談者が体験者本人ではないからか、肴と相談内容に登場する食べ物が別物。
- 「煙は美人の方へ」…酒肴はスモークサーモン。肴になる話は、3人が大学生の頃にキャンプに行った夜、焚き火をした際に長江が湿った薪を火にくべ、白煙が上がって散々だったという話。そこから…。最終話。いつも酒宴の会場だった長江の部屋を引っ越すという話から始まる。これまで繰り返された慣例と、そして読者の想像を打ち破る短編。お酒にも意味をもたせて夏美の関係者は長江にも負けない人物である。各短編、ミステリ度に差はあったものの、短編集で見ると統一性が出て、良い気持ちになって本を閉じられる。
余談:解説は田中芳樹さん。石持さんの別作品『ガーディアン』の解説が書きたかった、という気持ちが大変伝わる解説でしたね…。