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はじまりの島 (創元推理文庫)

はじまりの島 (創元推理文庫)

1835年9月、英国海軍船ビーグル号は本国への帰途ガラパゴス諸島に立ち寄った。真水の調達に向かう船と一時離れ、島に上陸したのは艦長を含む11名。翌日、宣教師の絞殺死体が発見された。犯人は捕鯨船の船長を惨殺し逃亡したスペイン人の銛打ちなのか? 若き博物学ダーウィンが混沌の中から掬い上げたのは、異様な動機と事件の驚くべき全体像だった! 本格ミステリの白眉。


読む順番を間違えて本書が初・柳広司作品。私は本書で著者を一遍に好きになってしまいましたよ、まったく! 外国人名が苦手な私でも即座に作品世界に入り込めた。実在の人物をモデルにしているので調べ上げた内容がてんこ盛りの薀蓄・情報小説になるのでは?と危惧したけれど、それは杞憂だった。活き活きとした登場人物たちが活躍する展開の早さが小気味良いミステリです。
本書は所謂「孤島モノ」。舞台は本書の主人公兼探偵役であるダーウィンの運命を変えるガラパゴス諸島。そこに上陸するのはダーウィン含め11名の乗組員たち。序盤で基本的な人間関係を押さえる、即座に殺人事件が発生。この展開の早さには驚いたし、退屈を最も遠くに追いやってくれた。本書では島に潜むという殺人者が不気味な存在感を示していた。更には不可解な現象や未開の民族の文化として霊的な存在も否定しきれないという点がまた怖さを一段と増加させる演出。規律が統制された海軍船と違い、未開の孤島ではそれぞれ個人の恐怖心だけが増大し、その秩序は徐々に崩壊していく。それらは物語を混沌・混迷に引きずり込む要素として効果的だった。世界随一の文明人たちが、独自の生態系を持つ島では一個の人間としての弱さをまざまざと曝け出していく。
ミステリとしては、動機以外は基本に忠実という印象を受けた。大仕掛けのトリックはないけれど連続する犯行において、その時々に疑問点を列挙し最後にそれを一つの正解に繋げる、という手法が良かった。また上述のように少しずつ精神のバランスを失いかけた登場人物たちが吐露する秘密が作品世界を何度も歪め、誰もが怪しく、物語の展開に意外性を与え続けていた。
やはり本書で注目すべきは犯行の動機だろう。ダーウィンガラパゴス諸島=、とくれば全人類にパラダイムシフトを促した数式であるから、読書前から本書は私の好きな「ある世界の、あるルール」が適応される作品になるのでは、と期待していた。しかしなんと本書では探偵役・ダーウィンが導き出せたのは犯人と犯行方法のみ。動機は彼にも推理できないのだ。動機は犯人の口から初めて語られる。この動機に関しては作品設定に合ってはいるが、やや唐突で、論理的なようで非論理的な狂人の思考法だった。堅実なトリックとの相性は少し悪い。ただし、それがダーウィンが着想から10年以上も『種の起源』を発表しなかった理由に繋がるという構成は素晴らしかった。自分の学説が人の思考や倫理さえ歪める。この事実が作中の聡明で快活なダーウィンには浅からぬ傷を与えたのも十分に理解出来る。

はじまりの島はじまりのしま   読了日:2009年10月08日