- 作者: 柳広司
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2006/11/30
- メディア: 文庫
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1873年、オスマン・トルコの辺境、ヒッサルリクの丘。シュリーマンは、伝説の都市トロイアがこの地に実在したことを証明する、莫大な黄金を発見した。しかし、それをきっかけに、シュリーマン夫妻の周囲で不可解な事件が続発する…。混沌と緊迫の世界で繰り広げられる推理合戦の果てに、シュリーマンがくみ取った驚愕の論理とは? 鬼才のデビューを飾った傑作本格ミステリ。
柳広司さんのデビュー作で、私は柳作品読了3冊目。正直な感想は、本書が柳作品の初体験だったら次の作品に手を伸ばすのを躊躇しただろうな…。登場人物も内容も些か癖が強過ぎる。その癖こそが柳作品の魅力でもあるのですが。
古代遺跡の発掘家であるシュリーマンが世紀の大発見、トロイアの黄金<プリアモスの財宝>を発見したその夜、シュリーマン夫婦が生活する小屋は包囲された。更にはその衆人環視の陸の孤島と化したクローズド・サークルの中で、黄金は消失し、崩落した遺跡の下から死体が出現した…。
語り手はシュリーマンの若き妻・ソフィア。本書でのシュリーマンは妻の目から見てもやや(かなり)風変わりな人物に映っている。独善的で偏執的な人物のシュリーマンの躁病的な長広舌には付き合わされる側(登場人物と読者)は憂鬱になるだろう。この問わず語りのシュリーマンの性格はいかに形成されたのか。終盤、第三者が彼の人生の堆積層を彼の発掘法同様に、乱暴に掘り返す事で、誰にも語られなかった彼自身が発見されるのだが…。
本書の面白さが終盤の探偵役による推理の披露と、ミステリ史に残る推理の大外れと、外れる事によって起こる真相と世界の反転だと今は思うのだが、読書中の退屈さに全てが相殺されてしまった。謎の魅力に乏しい事(構想上、仕方ないが1つの事件はバレバレである)と、登場人物全員(シュリーマン自身も!)にシュリーマンへ少なからずのわだかまりを持たせた為、謎の焦点が事件から彼自身に移ってしまい、最終的に何もかもがぼやけてしまった。事件と同時進行でシュリーマンという人物への新説を提唱する、という試みだったが、混沌に秩序をもたらし世界を再構築するミステリの謎解きにおいて、世界の大黒柱である彼の存在を中途半端に揺るがしてしまい、読者の素直なカタルシスを奪ってしまった。
ミステリとしては決して「独創」的ではない。同時代に起きた「事件」を上手く取り入れることで、犯人の特殊な動機理解への足掛かりとして機能を果たしている。また本書自体もそのアレンジである事が、物語と現実という構造、更には『イリアス』と黄金という関係性を浮かび上がらせていく過程は面白かった。しかし作品全体にはもっと流れが欲しかった。とてもミステリらしいミステリだが、どんでん返しの為に耐え難き退屈に耐えるほど私のミステリ愛は足りない。
これまで読んだ柳作品3作の共通点としては主人公の存在が社会や世界全体をも歪ますという点と、犯人の特異な動機・価値観が挙げられるだろう。主人公たちはただの人ではない。世界に「革命的」な何かをもたらす人物である。ただし、熱心な(あるいは無関心な)主人公に接した人物たちが危惧する世界の危機は規模が大きく、また観念的で幻想的である。1つの事件が、1人の人物が世界全体を内包する感覚が柳作品の魅力であるが、広がり過ぎた世界が事件を霞ませている。