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拝啓  「好き」の直感に素直になればいいのですよ  敬具

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)

一筆啓上。文通万歳。人生の荒海に漕ぎ出す勇気をもてず、波打ち際で右往左往する大学院生・守田一郎。教授の差し金で京都の大学から能登半島の海辺にある実験所に飛ばされた守田は「文通武者修行」と称して、京都にいる仲間や先輩、妹たちに次から次へと手紙を書きまくる。手紙のなかで、恋の相談に乗り、喧嘩をし、説教を垂れる日々。しかし、いちばん手紙を書きたい相手にはなかなか書けずにいるのだった。青春の可笑しくてほろ苦い屈託満載の、新・書簡体小説


かつて森見登美彦氏が「竹林で一発逆転を狙った」のと同様に、本書の主人公・守田一郎は『いかなる女性も手紙一本で籠絡できる』、「恋文の技術」を会得しての恋文代筆業での成功を夢想した。将来の為に文通の腕を磨こうと、友人・先輩・家庭教師の教え子・妹、そして森見登美彦先生相手に文通武者修行を開始する。けれどそれは森見先生と同じく全力逆走の現実逃避の結果でしかなかった。しかも何故か文を交わせば交わすほど、文通の腕は向上するどころか、強がりのメッキが徐々に剥がれ始め、本音と弱音が正直に書き綴られる…。
ほとんどが主人公が誰かに送った手紙で構成されている本書も『四畳半〜』『夜は短し〜』に通じる森見テイスト全開の作品。頭でっかちで二進も三進も動けなくなった大学(院)生がいつまでも乙女に想いを告げられずに遠まわりをし続ける、というそれだけの話。一つだけ違うのは本書にはファンタジー要素が一切無い点。ここは平行世界も神様も存在しない世界(大魔王とUFOは居る!?)。よって前出の小説のような魔術的大回転はない。しかし御都合主義もない。いたって普通の人間関係がささやかな奇跡と喜劇と悲劇を巻き起こす。おっぱい万歳!
主人公・守田一郎は彼の妹が手紙で書いた文面、『いたずら小僧で 不器用で 気が小さく 泣き虫で つよがりばかりの 子ども』が、そのまま大人になったような人物。京都の大学から能登半島の実験所に飛ばされ、家族や友人から初めて離れて始めた独り暮らし。僻地で実験の毎日を繰り返すという現実の生活は紛れもなく孤独で、間違いなく不幸だった。そんな彼が彼で居られるのは文通の中でだけであった。『文通弁慶』の彼は詭弁妄言、大言壮語を繰り返す。
しかしいつしか、その虚実入り混じった平面上の言葉たちから立体的に浮かび上がる現実、そして人間関係。同じエピソードの連続には辟易もしたが、手紙が数十、数百通にも及ぶと彼の属する社会を有機的に形成していく様は見事。彼の周囲の個性豊かな面々。そこに小説家の森見登美彦先生が登場し、いよいよ虚実が入り混じった世界に突入する。ある人物に向けた言葉が、別の人物への手紙に転用されているのも面白い。それもまた人間関係の作用の一つだ。森見先生は彼の手紙からアイデアを拝借し、作品に転用したらしいが…!?
最終話の「第十二話」も守田一郎の遠まわりの終着駅 兼 人生の出発駅として大好きだが、一番心が震えるのはやっぱり「第十一話」でしょう。非接触型交流の一つの奇跡。同時にその言葉は、この奇跡を描いてくれた(現実の)モリミーにも向けられる。丹精が込められた文章の持つ力、なめてもらっちゃあ困るよ。
最も共感したのは、現実と紙面上の自己の相違問題。手紙は滅多に書かないが、私もブログでの自分はもはや「best_lilium」という別人格である。全員発信者になり得るネット社会では皆さんにも心当たりがあるだろう。更に主人公は恋文とは何か、手紙とは何かという根本的な疑問に突き当たる。それは上記の通り、文通が社会や人間関係そのものとするならば、恋や人生についても当て嵌まる。そういう意味では本書は深遠な書籍なのかもしれない。しかもこの主人公、気のせいじゃなくて結構、いいこと書いている。間違ってないよ。
余談:文通を読む一番楽しみは実は「後付」の署名と宛名。笑った笑った。

恋文の技術こいぶみのぎじゅつ   読了日:2010年06月09日