- 作者: 森絵都
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/02/25
- メディア: 文庫
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9年前、家族を事故で失った環は、大学を中退し孤独な日々を送っていた。ある日、仲良くなった紺野さんからもらった自転車に導かれ、異世界に紛れ込んでしまう。そこには亡くなったはずの一家が暮らしていた。やがて事情により自転車を手放すことになった環は、家族に会いたい一心で“あちらの世界”までの道のりを自らの足で走り抜く決意をするが…。哀しみを乗り越え懸命に生きる姿を丁寧に描いた、感涙の青春ストーリー。
期待せずにはいられなかった。作者:森絵都・発行:理論社。大好きな『カラフル』のタッグ再びなのだ(※『カラフル』文庫版は文春文庫)。表紙も似ている。潔い一色。あらすじもどこか似ている。「あの世」と「この世」の話。さて私の期待は…。
期待は…、裏切られなかった。素晴らしい。随所に森絵都らしさが散りばめられていた作品。不思議だ、本当に森絵都作品は不思議だ。「あの世」と「この世」の話だから幾つもの別れがあって何度も涙ぐむような場面があるのに、それと同じぐらい笑ってしまう場面があった。絶妙な調和と絶妙な肩透かし。主人公はシニカルで、周囲は意地悪で、現実はシビアで、走るのはとても苦しい。でも展開はコミカルで、内容はハートフルで、チームメイトは「むっつり熱血」で、そして走るのはとても楽しい。全463ページ。その間に色々な想いが浮かんでは消えていった。
本書はタイトルが『ラン』であるにもかかわらず、いわゆる「スポ根」モノではない。そこは昨今ブームのスポーツ小説とは一線を画している。主人公の環が走る目的は「あの世」へ行くため。でも死ぬためではない。「あの世」にいる家族に会い続けるために走る。「あの世」は遠い。だからより遠くまで走るためにチームに所属した。しかしそのチームも、そして「生」さえも彼女にとってはかりそめのもの。けれど彼女は気付いてしまう。走れば走るほど人と係われば係わるほど、苦しいし息が詰まる。でもそれこそが生きている証しに他ならないという事に。
本書の死生観は、輪廻転生と「千の風になって」である。個人の前世の苦しい過去や悲しい記憶は「あの世」のファーストステージで溶かされ綺麗になった魂だけが次のステージに進み生まれ変わる。その間に溶かされた個人の記憶や感情は下界に降り注ぐ、という仕組みが冒頭で説明されている。
「あの世」で魂が綺麗になるように、自分の不幸に頑なだった環が走る事によって過去や記憶から解放されていくという構図が素晴らしかった。「あの世」ではやがて自分そのものまで溶けてしまうが、「この世」に生きる環は自分自身を見つめ直し確立させていくという「生」と「死」の対比。そして、この対比を悟った環に訪れる最後のお別れ。この別れの場面や、物語のゴール地点設置の場所には驚かされた。しかし、ここ以外にはやっぱり考えられない最良のタイミング。アレの結果!? そんなのはもう環には関係ない。環はもう大丈夫なのだから。
中盤からは個性豊かなチームメイトの面々なくして本書は語れない。彼らと一緒の読書はとても楽しかった。彼らのフルマラソンを走る理由も様々で、ここにも「スポーツ根性」は全くない。皆それぞれ俗物根性丸出し。でもその生身の人間らしさが笑えるし心強い。環の人生で初めて長い時間を一緒に過ごし、正面から向き合った人たち。彼らの強引さも環を救った遠因に違いない。特にあの人やあの人。
本書は「スポ根」モノでは決してないのだが、「走るってなんて素晴らしいんだ!」とまんまと思わされてしまった。読了したのが走るのに最も適さなそうな季節(真夏)で良かった。もし気候が良かったら「明日から走ろう!」なんてうっかり決意したかもしれないもの…。危ない危ない。そういうパワーがこの小説にはある。