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鳩笛草―燔祭・朽ちてゆくまで (光文社文庫)

鳩笛草―燔祭・朽ちてゆくまで (光文社文庫)

他人の心を読むことのできる女性刑事・本田貴子は、その能力ゆえにさまざまな試練に直面し、刑事としての自分の資質を疑ってゆく…。(「鳩笛草」)高校生の妹を殺害された兄に代わって報復の協力を申し出た青木淳子。彼女は、人や物を念じただけで発火させてしまう能力を持っていた…(「燔祭」)。超能力を持つ3人の女性をめぐる3つの物語。


本書にはミステリや時代物と並んで宮部さんお得意のジャンルである超能力SFに属する短編が3つ収録されている。ジャンルこそ超能力SFだが、どの作品も王道SFの様に超能力を真正面から扱っていないのが特徴。各短編の能力者たち(みな女性)は世界の救世主になるどころか、秘密を共有する者以外には一般の、社会の中で働く女性にしか見られていない。その絶妙な角度からの能力・人物へのアプローチが他に類を見ない味わいを生み出していた。
もしも自分が超能力者だったらと夢想する時、そこに私は能力を有した自分への期待感・興奮感しか持たない。人とは違う優越感と、それを有用に(悪用に)使う方法を考案しては胸を高鳴らせるだろう。しかし本書の根底に悲しみがあった。形は違えど3編共に喪失が描かれていた。誰かを、何かを、心を失う大きな悲しみがあった。人を超えた存在にも思える彼女たちの、普通の人と同じ、いや決して人に共有される事のない痛み、悲しみが静かな物語の中に強く胸を打った。能力と向き合いながら、能力を隠し続けながら、それでも生きていく、生きていかなければならないという強靭な強さを目の当たりにして幸せを願わずにはいられない。
後に長編作品『クロスファイア』へと続く「燔祭」はその結末も相俟って本書の中でも鮮烈な印象を残す。能力者の女性の造形、殺意と実行との隔たり、特殊な男女の関係、視覚的イメージ、劇的な結末など、どれも秀逸で彼女の存在をこの作品にだけ留めておくには惜しいと素直に思えた。再会が楽しみだ。

  • 「朽ちてゆくまで」…祖母が亡くなり独り暮らしになった智子は、祖母の荷物を開封によって記憶が紐解かれていった…。ちょっとだけミステリ仕立て。3編とも能力者と能力との付き合い方が違うのも読み所。智子は封印した者。冒頭の多くの死、そして智子の決意の行動とは逆に、能力によって視る光ある未来という終幕が良い。不動産屋の須藤さんが非常に魅力的だった。
  • 「燔祭」…あらすじ参照。出会いまでは完璧に恋愛小説風だが、実はハードボイルド。恋人の存在が彼の悲しみを癒すという幸福で凡庸な展開からの急旋回に目を回した。淳子は能力を行使する者。復讐に燃える男よりも、意思を持つ「燃える銃」の方が殺意を滾らせるという反転が見事。能力によって殺意を持つ相手の死や苦悶を見せる事で、復讐心を鎮火させるという使い方も面白いかも。
  • 「鳩笛草」…あらすじ参照。こちらは恋愛小説仕立て。ミステリでもあるのだが、そちらの完成度はいまいちかな。貴子は失いつつある者。依存している者とも言える。能力の行使は何よりも自分の為である。だからこそ明滅する蛍光灯の様にいつも心を波立たせる貴子の焦燥がよく伝わってきた。出来ていた事が出来なくなる恐怖は、私たちの日常の中にも潜むもの。本編の未来もきっと明るいだろう。

鳩笛草  燔祭/朽ちてゆくまではとぶえそう  はんさい/くちてゆくまで   読了日:2010年11月24日