- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/10/20
- メディア: 文庫
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麻子は同じ職場で働いていた男と婚約をした。しかし挙式二週間前に突如破談になった。麻子は会社を辞め、ウエイトレスとして再び勤めはじめた。その店に「あの女」がやって来た…。この表題作「地下街の雨」はじめ「決して見えない」「ムクロバラ」「さよなら、キリハラさん」など七つの短篇。どの作品も都会の片隅で夢を信じて生きる人たちを描く、愛と幻想のストーリー。
八重洲地下街を舞台とした表題作は別にしても、都会というよりも日常のすぐ隣の光景を描いた短編集。内容は現実的なミステリ仕立ての作品から、ホラーやファンタジーのジャンルまで幅広い。けれどホラーであってもその基点は現実に根付いているし、また一見するとホラーだと思っても最後に現実的な着地を見せたりと最後まで目が離せない。多分、アイデアも宮部さんの日常生活の中から生まれたと思われる。空のない地下街、タクシー待ち、悪戯電話、お葬式、家電製品や電子音の氾濫。どれも身近な出来事で、だからこそ私たちの心に強く響く。
多くの収録作品で共通して見られるのは日常から少しずつ「向こう側」にバランスを崩していく心理の揺らぎが描かれている点。現実や不可思議な現象に打ちのめされたり、執着や妄想が現実を蝕んだり。各短編での揺れの決着が読みどころ。
- 「地下街の雨」…表題作。あらすじ参照。やっぱり巧いなぁ、と唸らされた短編。「地下街の雨」という題名、その意味も秀逸だが、ラストで読者の天気予報を見事に外させ、その逆の現象を最後に見せる所がとことん憎い。よくよく考えてみれば彼女にも読者にも性質の悪い設定なのだが、最後にはそれを許せてしまう。
- 「決して見えない」…深夜、タクシーを長時間待つ2人の男性。仕方なく彼らは歩いて帰るのだがその道中…。駅前から離れるにつれて闇が増す帰り道とそこで交わされる会話も怖いが、本当に怖いのはラスト1ページ。
- 「不文律」…車ごと海へ没した一家心中の真相。表面上、問題のなかった家族の実情は…。証言によって構成された短編。普通なら笑い飛ばせる事も笑い飛ばせなくなる心理が招いた悲劇。別の意味で恐ろしく遣り切れない作品。
- 「混線」…毎夜、悪戯電話に悩む妹のために、兄が代わりに電話を取り相手にした話は…。秩序あるホラーとでも言いましょうか。電話が怖くなる、というよりも電話中の沈黙が怖くなる短編。宮部さんが変態を描くのは何だか新鮮。
- 「勝ち逃げ」…厳格な女性教頭として生涯独身を貫いた伯母に死後に届いた過去からの手紙…。交流の無かった親族の生き様を、死後初めて知るというのはよく見られる設定か。親族たちの距離感、特に姉妹の会話が妙にリアル。
- 「ムクロバラ」…正当防衛だが人を殺してしまった男の訴え。それは彼が死なせた男・ムクロバラによる連続殺人の告発だった…。本編は1人の心の中の揺れではなく、人に伝播する揺れを描いている。ラストで心の揺れは抑えられたと思いきや、実はまだ微妙に揺れ続けている事実が怖い。呼称の使い方が見事。
- 「さよなら、キリハラさん」…ある日、突然耳が聞こえなくなった一家。そこに現れた男性は「地球の壊滅を防ぐために遣わされた」と言うが…。家の中の雑音はいつの間にかに大切な声を掻き消していた。音を失って音を知り、誰かを失ってその人を知る。自分以外の人の声はしっかり聞こえてますか?