- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1995/12/08
- メディア: 文庫
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勤め先の小学校で、ヒロインは「あそぼ」とささやく子供の幻に出会う。そんな折、校内プールに女性の死体が…。その謎にせまる表題作ほか、夢の「場所」捜しから始まる内面の旅を描いて名作の聞こえ高い「たった一人」など六篇を収録。巧みな伏線、鮮やかな舞台設定。清新にして熟達の筆致をおたのしみください。
短編集ではあるけれど、統一されたテーマとしては境界線の話だと思う。あの世とこの世の境界、暗い淵への境界、過去と未来、そして正常と異常の境界線。生きたままアチラ側の世界に足を踏み入れる者がいて、死んで尚コチラ側の世界に踏み止まる者がいる。そして本書は人の「思い」の話でもある。思いといっても清らかな陽の感情だけではない。登場人物たちは憎悪や復讐・恐怖・後悔、様々な陰の感情を増幅させている。そして思いが募る時、境界線は現れる。それは決して非日常のものではない。強い思いは世界の壁を打ち崩すだけの力を持つ。
その境界線は本書の中でも見え隠れする。それはミステリとホラー、現実の話と幽霊の話など、ジャンルとしての境界線。しかもその境界線は非常にあやふやに存在し、読者が勝手に線引きをしても最終的に思わぬ場所に境界線が現れるという事もある。その意外さ、そして困惑さえもまた本書の面白さに変わる。
ちなみに私が所持している文春文庫の第18刷では背表紙に『全六篇を収録』とあるが、全七篇読んだ気がする。あれっ、私もアチラ側の世界に片足突っ込んでる!? (※多分ただの誤植・ミスだろう。最新版では直ってるみたいだし)。
- 「とり残されて」…表題作。あらすじ参照。最初の短編という事もあるが後半のとんでもない展開に衝撃を受けた。主人公としては陰のある女性の造形が結末にこうして影響するとは。もしこれが「陽」の物語ならば、刑事の彼は彼女を救い上げる「運命の人」である。しかし共振したのは「陰」の感情。うーん、凄い物語だ。
- 「おたすけぶち」…十年前に転落死した兄を供養する為に事故現場に向かった女性は、そこで兄の名前を見つける…。続いて車の話でもある。短編を順番に読む読者の逆手を取った結末。孤立しながら自活する村という設定が面白い。
- 「私の死んだ後に」…興奮したファンに刺された二軍投手は、その死の淵で一人の女性と出会う…。少し変わったカウンセリング。彼は身体的回復だけでなく、希望や投げる意義までもその腕に託された。読了して分かる題名が重い。
- 「居合わせた男」…電車に乗り合わせた女性たちから聞いた、勤務先に現れる幽霊の話…。最後に読者の前に現れる2本の境界線。合理的解釈と非現実的解釈。どちらにも線を引けるように選択式の結末を用意する宮部さんの周到さよ。
- 「囁く」…銀行に勤める幼馴染みから聞いた上司の話は…。同じ場所で同じ物に囲まれるって相当なストレスだろうな。箍が外れてしまった人たち。
- 「いつも二人で」…旅行中の家主に代わり留守番していた深夜、枕元に女性が現れて…。可愛らしい短編ではあるものの「男子の女装は女子の妄想」が座右の銘の私としては受け入れ難い展開。ラストは甘酸っぱいんだけどねぇ。
- 「たった一人」…あらすじ参照。この中編のラストには主人公の前に2本の境界線が提示される。1つは自分と自分の体験を否定する選択、もう1つは肯定する選択。この中編ではラストで主人公は一つを選ぶ。それは1編目の「とり残されて」と同じ決意ではあるが、全く違う生き方である。掉尾を飾るに相応しいラスト。