- 作者: 石持浅海
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2010/05/11
- メディア: 文庫
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それぞれのパートナーと同居している、ギンちゃんとムーちゃんの兄妹は一風変わった名探偵だ。実は彼ら兄妹は、人間の生命エネルギーを糧にする謎の生命体。宿主であるパートナーの「おいしい」清らかな生命エネルギーが濁らないように、偶然遭遇した殺人事件や騒動を、鋭い観察をもとに鮮やかに解き明かす。個性的な設定とシャープな謎解き、そして切なさが魅力の連作ミステリ。
主人公(たち)が遭遇する事件を、彼らの余剰エネルギーを吸血鬼のように吸収する生命体である同居人が解決していく連作短編集。彼らは人間の怒りや悲しみも吸収できるため、事件に遭遇した人間たちの荒れ狂う心を落ち着かせ、事件現場周辺は大変落ち着いた理知的な空気が流れている。それは同時にミステリとしての純度を徹底的に高める効果をもたらし、現場に残された手掛かりから推理を繰り広げるという手法がより際立って感じられる。
石持作品の探偵は皆、癖や信念が強く、理念や行動を理解しがたい人物が多くてミステリと別の面で評価が低かったが、ここまで無感情に犯罪に対峙していくと、その違和感は生まれなかった。彼らが真実を暴くのは、同居人の心の安定が目的、という単純明快で無理のない動機も上手く機能している。
またこの設定は同時に、人外の存在である彼らから見る人間の弱さを感じさせる。本書では小さな悪事や、やましい心を持った人間が大きな犯罪に傾いていく様子が多く描かれていて、人と恥ずかしく思ったり、その心の動きが自分にもないとは言い切れない怖さを感じたりした。
小説全体の構造も凝っていて、後にキーワードと分かる単語・事件が伏線として散りばめられており、作者の狙いがここにあるのかと分かる時にはカタルシスを感じた。出来れば、↑のあらすじを読まずに読むと、作者の狙いが存分に楽しめると思う。この紹介文は興を削ぐ。ってこの文章も余計なお世話ですね…。
- 「白衣の意匠」…大学の研究室に休日出勤した助手の寛子が見たのは、彼女の白衣を着て横たわる学生の姿だった…。突飛な設定を使いながらも事件は本格的、というか地味。ただギンちゃんが寛子といる理由など、きれい・健全と汚い・汚れという対立項が事件と大きく関わっているのがきれいなミステリ。沈着冷静かつ眉目秀麗な探偵像も謎の生命体の『擬態』なら納得できる!?
- 「陰樹の森で」…身近な人の死による精神的ショックから立ち直るよう寛子の友人たちが計画したキャンプ。だがそこでも…。事件の構図も現場の状況も前編に比べ格段に陰惨だ。汚いを突き詰めたような作品。約45ページ中で少ない登場人物たちの思惑が交錯し、複雑な事件と思わぬ結末が見られる。良い意味で非常にいやらしい推理が楽しめるミステリ。ギンちゃんがいて良かった。
- 「酬い」…二十代後半の男性・北西の同居人・ムーちゃんが痴漢に遭う。その三週間後、その痴漢は駅のホームで、腹にナイフが刺さった状態で発見される…。満員電車内という身動きの取れない密室殺人。世直しではなく、電車の遅延を早く解消したいという個人的動機で動く探偵・ムーちゃん。ムーちゃんが生き恥をかかせれば、この事件は…と思うのはナシだろうか。
- 「大地を歩む」…マイルを貯める事に執着していた男が、頭を殴打され死んでいた。その財布には彼に不似合いなほどの現金を残して…。なんとも言えないケチな感じが蒼井上鷹さんっぽい作品と言ったら失礼か。節約もコレクションも執着すると手段と目的が形を変えていくのですよ(実体験)。嫌な事件だったけれど北西の穢れなき魂の証明の回、だろうか。
- 「お嬢さんをください事件」…ギンちゃんと初めて会った日、彼を紹介してくれた友人女性の恋人がサービスエリアから行方不明になり…。タイトルはいまいちだが、ここから大きな流れが始まる。汚れた人間の汚い犯罪とは一線を画していて読者も心安らかになれる。扱ってる内容などが アチラ の作品っぽいが。寛子にしろ北西にしろ、草食系がまかり通る世だからあまり不自然でもない。
- 「子豚を連れて」…車の前を横切る黒い影。急ブレーキをかけて見てみるとそれは子豚で…。子豚を連れた女性の話の矛盾点を考察して生まれる演繹的推理。ミステリ読者からすると意外な推理ではないが、子豚を使った計画は冷静な人間の冷たい思考なだけに怖い。といっても多くの読者の興味は今回の事件にはないはず。ここから物語の方は加速していく予感。
- 「温かな手」…遂に対面する2組の偽装カップル。挨拶と食事を終えた後、ギンちゃんが向かったのは老人ホームで、そして…。探偵 兼 事件周辺の精神安定剤ぐらいにしか思っていなかったギンちゃんたちが見せる意外な一面。最終話は探偵役が交代するってのも アチラ の作品っぽいぞ。短編の掉尾に救いを残し、一歩踏み出した結果になって良かった。ただ(→)ギンちゃんのパートナー交代は女性が老けたから、次の若い女に走る嫌な男(←)に見えなくもない。それにギンちゃん働いてないみたいだし、地球外生命体もただのヒモ(笑)!?