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A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)

A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)

県人会の学生寮で、管理人が緊急入院。留年必至のレポート課題をかかえる、お人好しの寮長・柳瀬幸也が代役を仰せつかることに。飯の支度や便所のつまりぐらいはなんとかなるが、ライバル寮との喧嘩騒ぎや、恋のもつれに、痴漢冤罪まで…。次から次へと難題続出! はたして、幸也に未来はあるのか!? 愛と涙と笑いがいっぱい! スラップスティック青春小説。


面倒事やトラブルは忙しい時に限って襲来する。人間の我慢や許容量が限界に達しそうな時、奴らはアタックを仕掛けてくる。奴らは弱り目に祟り目が人間を一番絶望させる事実を知っているに違いない。だから間断なく仲間を呼ぶ。そして残念な事に人間側は初めてのトラブルに弱い。多くは経験が無いから、対処に失敗する。立て続けに重ねる失敗は確実に人間の肉体や精神を疲弊させる…。
さて本書の主人公、大学生の柳瀬幸也くんは何に忙しかったかと言うと一本のレポートである。期限は1週間、3冊のテキストを熟読の上で高いクオリティも求められるレポート。この単位を落とせば彼は留年が決定的に。講義教官の変更がケチのつき始めで、住居である県人会の学生寮に帰宅した彼には更なる試練が待ち受けていた…。本書は彼の目の回るように忙しい一週間の物語である。
読書中、頭の中でパッヘルベルのカノンやラヴェルボレロが流れてきた(格好良いな、オイ…)。幸也くんに面倒事が次々に襲ってくる様子が、音が重なっていくカノンやボレロの構造に似ている気がしたのだ。基本的に似たようなトラブルの連続で、それらの些細な厄介事が幸也をレポートから遠ざけるという構造。けれど思わぬ箇所に伏線があったり、こちらの思いもよらぬ事態が起きたりと、心地良い驚きがアクセントになっていて飽きさせない。終曲が気になって仕方なくなるのだ。
そして人間側もトラブルに対して防戦一方ではない。人間には学習機能があり、免疫機能がある。一定期間の敗戦を重ねるが奴らに鍛えられ人間はその器・許容量を大きく広げていく。人、それを成長と言う。もっとも、未知のトラブルには次もまた最初はコテンパンに打ちのめされちゃうんだけど…(苦笑)
本書は作者のデビュー作。デビュー作にしては登場人物が多めで、寮生のキャラクタ付けも安易と言えば安易。しかし、まだまだ登場人物たちと同世代に近い作者が描く等身大の大学生の姿がリアルに描かれている。勉学はそっちのけで、寮の仲間たちとワイワイガヤガヤとつるみ、異性の注目を集める事を第一目標にしている男子大学生たち。最初は主人公の割にこれと言って特徴や特技の無かった幸也も、お人好しが最大の特徴であり美点に変わって見えてくる。それは彼も気付いてなかった彼の人望の厚さでもあった。そして上述の通り、トラブルを背負い込んだ分だけ人間は鍛え上げられる。終盤には彼に貫禄すら出てきた。彼にとって最悪な一週間は、彼のその後の未来を明るく変えるものだった。きっと、この寮を出る時、年齢を重ねた時、思い返すのはこのなんでもない毎日に違いない。
ただ、(一つの事件を除き)悪者は全て寮の外に配置するのは身内贔屓(?)でフェアじゃないかな、と思った。寮生たちの今後も気になるので次回作を希望。

A HAPPY LUCKY MAN   読了日:2009年04月16日