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密室の鍵貸します (光文社文庫)

密室の鍵貸します (光文社文庫)

しがない貧乏学生・戸村流平にとって、その日は厄日そのものだった。彼を手ひどく振った恋人が、背中を刺され、4階から突き落とされて死亡。その夜、一緒だった先輩も、流平が気づかぬ間に、浴室で刺されて殺されていたのだ! かくして、二つの殺人事件の第一容疑者となった流平の運命やいかに? ユーモア本格ミステリの新鋭が放つ、面白過ぎるデビュー作。


1日の内に、相次いで元彼(女)と先輩を亡くした日本一ついていない男・戸村流平くんは、残念ながら日本一の大馬鹿者でもあって、先輩の死体を発見しながら捜査機関に身の潔白を証明せずに無実の罪の逃亡者になる事を決意する。そんな彼が駆け込んだ先は元義兄で探偵の鵜飼の事務所だったが…。
上記の通り、大馬鹿者で慌て者の戸村くんではあるが、事件の最重要参考人として彼がアタフタと町中を逃亡するお蔭で、全体がスラップスティックのように明るく喜劇的になり、物語がテンポ良く展開する。不幸にも彼は作者から物語を転がす役割まで担がされたのだ。その作者は、彼にドタバタ劇を演じさせながらも伏線を巧妙に張り巡らせて、コメディ性と本格ミステリをしっかりと融合させている。事件のメイントリックも主人公たち、この町の大学生ならではのもので、なるほど本書のテーマというか中心にはいつもアレが出てきたなと、さり気ない描写に感心した。殺人事件は2つともミステリとしては地味な印象を受けるが、そこにユーモラスな作風が加わって、2つの技ありで合わせて一本、という感じだった。
本書には事件を追う者はたくさん居るのだが、容疑者候補は必要最低限の人数もいない。なので所謂、犯人当ての要素は少ない。絶体絶命のピンチに陥った戸村くんが、どうやって窮地から脱するのかが問題である。ですが本書で最も残念に思ったのは、真相披露の順番。2つの事件の内、墜落死のトリックが大掛かりな一方、密室死の真相が結局、(ネタバレ→)中盤の探偵の推理が正解(←)だったのには少々拍子抜けしてしまった(探偵の有能性の証明ではあるが)。(→)1つのトリックが2つ目の殺人を招いたという皮肉な結末(←)はミステリとしては面白い構成が、終盤の興奮度は尻すぼみになった気がした。
本格ミステリに対して斜に構えている作品で、ミステリの「お決まり」を揶揄したり、推理と真相との距離感を保ったり、動機をなるべく排除したりと従来のミステリとは一線を引いた作品。ただそれが都合良く「逃げ」として使われている箇所も見かけられたが。前述の通り、動機を一切考慮しない作風なのだが、結局は最後に取って付けた様な動機の一部が語られる。けど、あの動機をオチとして笑いのネタの様に使うのはいかがなものか。動機も犯行のタイミングも消化不良な印象も残る。例えうそ臭くてもミステリには動機が必要なのかしら。
作者の持ち味とされるユーモアだが、冒頭の地の分でのくどいほど捻った文章は後半に進むほど見られなくなり、中〜終盤は登場人物の明るさを除けば通常のミステリと変わりがなくなっている。冒頭に多用されていた(括弧)を使ったセルフツッコミも後半お見かけせず。微妙な作者・メタ視点で語られる物語も途中で忘却の彼方。テンポよく読めるのはいいけれど、ユーモアの徹底は感じられなかった。序盤に力みが感じられる点などはやはりデビュー作かな。

密室の鍵貸しますみっしつのかぎかします   読了日:2008年03月20日