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描く時に、描かれた時に審美眼が見抜いたあの人の本質。

黄色い目の魚 (新潮文庫)

黄色い目の魚 (新潮文庫)

海辺の高校で、同級生として二人は出会う。周囲と溶け合わずイラストレーターの叔父だけに心を許している村田みのり。絵を描くのが好きな木島悟は、美術の授業でデッサンして以来、気がつくとみのりの表情を追っている。友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれて…。16歳というもどかしく切ない季節を、波音が浚ってゆく。青春小説の傑作。


恋愛が人を変える、とはよく聞く話。相手を意識する事は、相手に見られる自分を意識する事でもある。本書の主人公の男女2人も恋愛によって内面が変容していく。これまで頑なに守っていた殻が溶けだし、相手と自分自身に新しい気持ちで向き合う。私は本書を、ある意味で、少し尖った主人公の2人がそれぞれ普通の大人になるための通過儀礼を描いているのだと思った。
高校の同級生として出会った男女、木島悟と村田みのり。互いに言葉を交わす前から人生の共通点があった。幼い頃から2人の心の大半を占めるのは「絵」と血縁の男性の存在。その男たちは絵を描き、本心を決して人に見せない性格が似ている。そんな背景を知らずに2人は「絵」くを通して本当に少しずつお互いの距離を縮める。「描く」事で悟はみのりの本質を見抜き、みのりは「描かれる」事で悟の本気で描いた絵に初めて接し、読み取る。「描く」と「見る」という違いはあるものの2人は「絵」で人を見抜く力を育んで大きくなった。だから言葉を交わさずとも、互いの背景を誰よりも深く理解し合う。交互に語られる2人の胸の内が作品の奥行きと多彩な色合い、読者の理解を獲得している。
解説の「角田光代」さんも指摘する通り、それぞれの血縁者の存在はとっても厄介だ。彼らの中では絶対的な存在として確立しており、2人の生き方を方向付けたのは間違いない。彼らは家族が誹謗するような単純な「悪」とは言い切れない。2人が出会う前の、10歳の悟と13歳のみのりの話は読者にとっても強烈な印象を残すエピソード。一度に心を鷲掴みにされたから逃れられない。実は2人が出会う前の序盤の話が一番面白いのではないか、と疑っている。
しかし、このままでは悟は亡霊と戦い続けなければならないし、みのりは通ちゃんにだけ依存し続けることになる。血縁者たちの「絵」の持つ強烈な磁力、そこに引かれ続ける限り、自分を見失い続けてしまう。それが2人の出会いと共に2人の心のウェイトも少しずつ変化する。それは悟とみのり、それぞれを触媒とした化学変化。けど実は2人の間に恋愛要素はいらないのではないか、と疑っている。
だからか後半の展開はやや凡庸。徹頭徹尾、「絵」を中心に回ってはいるものの、恋愛における2人の関係は既視感を覚える展開。特に悟の衝動は青春っぽい苦味があるものの不快。それまで読んだ事のないような特異な関係性を描いていただけに、(少なくとも2人の関係が)恋愛で普遍性を獲得してしまったのは非常に残念ではある。が、冒頭に書いた通り、一個人として歩き始めた2人には普通の経験の連続が待ち構えている事も間違いがないから困る。結果ではなく『名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれ』る過程を楽しむべきか。
全編通じて「絵」が非常に強い磁力を持っていた。テッセイの絵、通ちゃんの絵、悟の絵。それぞれの絵が、それぞれの個性で頭の中に描き出される。

黄色い目の魚きいろいめのさかな   読了日:2010年03月30日