- 作者: 近藤史恵
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2001/10/01
- メディア: 文庫
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最初に人を好きになったときから、わたしは失う予感におびえている。どんなに言葉と約束を重ねても、その予感はなくならない。でも、苦い想いを積み重ねた先には、新しい風景が広がっているのかもしれない…。パリを舞台に交差する男女を描く気鋭の恋愛小説。
非ミステリの純粋な恋愛小説。元々、ミステリ作品でも人の心の機微(特に女性の複雑な心理)を描くのが上手い著者だから恋愛小説にも外れは無かった。描写の上手さは本書でもいかんなく発揮され、少しずつ恋人を失う予感に侵されながらも粛々と事態を受け入れようとする女性の心理を一文一文から滲ませていた。
登場人物は4人と1匹。パリ在住の恋人ガクとマオ、そして彼らの同居人の犬の弁慶が暮らす家に、パリに新婚旅行に到着して早々金品の盗難に遭った新婚夫婦・浩之と睦美がガクに連れられてやって来た事が物語の始まり。ガクは人懐っこく魅力溢れる人物だが、マオと弁慶は訪問者に警戒の色を見せる。第三者からは恋人同士には見られない程に身近になり過ぎたガクとマオのカップルの中に、転がり込む新婚夫婦というだけで今後の事態はある程度、予測が付く。そして正直に言えば起こるであろう修羅場には下世話な興味が湧いた。
ガクとマオは2人だけのバランスを熟知した関係。大きな喧嘩にもならないが、その回避方法を長年の経験で学んだだけ。2人の乗る天秤を知り尽くした男女に、突然、重りが乗っかってきたらどうなるか? 一方の2人はこれから夫として妻として新たな関係を築き上げる男女。その新品の天秤はとても揺れやすい。一度揺れてしまえば本人たちもその揺れを抑える事が出来ない物だ。
本書では誰も悪者として描かれていない。いや、最終的には地獄に堕ちる人間べき一人いるか…(苦笑)? 私を含め読者はマオに肩入れするだろうが、例えば視点を変えればパリを舞台にしたアバンチュール→ロマンスにだって成り得るはず。私が密かに期待していた修羅場もパリの雰囲気を壊さないぐらい上品に収まっている(行った事ないけど…)。言葉を綴る職業であり、過去に自らの言葉の刃で人を傷つけてしまったマオが、相手の言葉を真正面から受け入れる態度は、やはり対決相手も言っていた通り「かなわない」と思う。
恋愛小説ながら自意識過剰な心情の文章は一切無い。だからと言って恋を失いかけたマオの心理に真実味が無いという事では絶対に無い。事態の行く末を見守りながらも自分の心の天秤も揺らしながらも、足を踏ん張り、感情が表面上に上がってこない様に精一杯自制するマオの健気さに私はとても好感を持った。