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僕たちの終末 (ハルキ文庫)

僕たちの終末 (ハルキ文庫)

2050年、太陽活動の異常により人類に滅亡の危機が迫るなか、ネット上には“宇宙船をつくりませんか?”という怪しげなサイトが立ち上げられていた。詐欺とも思えるサイトの首謀者に接触するため、スタッフに応募した瀬河那由は、その人物が天文学者の神崎であることを知る。宇宙船を作るという無謀な計画に巻き込まれた那由は、父親と神崎とともに“ワールドエンド・スペーストラベル”を立ち上げるが…。待ち受ける難問の数々を乗り越え、宇宙船を作り上げることはできるのか!? 傑作長篇SF。


機本伸司第3長編は、『宇宙』『神様』の創り方に続いて、「宇宙船」の作り方。建造目的は人類滅亡の危機に瀕した地球からの脱出。目的地は約6光年(六十兆㌔)離れた星系。到着予定は約60年後。建設費用は国家予算…!? なのに搭乗人数は僅か100人。僕たちの星間飛行の運命は…、キラッ☆
この世知辛い世の中、宇宙船を動かすのは愛だのロマンだの夢見がちな事は言っていられない。国家間の競争を推進力にした時代はともかく、不況の波が直撃しては宇宙船は飛ばない。2050年、人類の危急存亡の秋を迎えた、ケツに火がついた状態でも人類はまだどっしり地球に腰を据えていた。原因は物理的には莫大な費用の問題があり、精神的には地球という「揺り籠」から抜け出せない甘さがあった。そんな中、ピンチはチャンスとばかりに名乗りをあげた天文学者の神崎正。しかし彼を突き動かす感情は役立たずの愛とロマン。ともあれド素人集団による民間宇宙船建造プロジェクトは始動したのだった…。
まず全体の約2/3を占める第1部では物理的な飛翔が描かれる。プロジェクトは動き出すまでが大変、という建設に至るまでの険しい道のりを現実的に描いている。ド素人集団の前に立ちはだかる科学の壁、予算の壁、政治の壁。SF小説らしく科学技術の解説も詳細に書き込まれているが、ある意味では世の中を動かす真理である金と権力の問題もその障壁として彼らの巣立ちを押さえ込む。
前半は計画の問題点が嫌というほど列挙される。楽観的に発足したプロジェクトのメンバーたちが抱える絶望感を共有したからか、私も気持ちが塞ぎ、目も塞ぐ。100ページ台は5ページに1回は寝てました…。ただしそれは飛翔に必要な助走距離。宇宙船の構造のディテール・問題点が詰められるほど、人が宇宙へ進出する、その計画の遠大さ・無謀さを痛いほどに感じられた。
そして紆余曲折を経た宇宙船完成後の第2部は、人類の精神的な飛翔が描かれる。所謂「重力に魂を縛られている人々」が本当に宇宙空間に進出する意義はあるのか。飛び立つ翼を得た今だからこそ、改めてその根源的な問題に立ち返る。宇宙に進出してまで生きる意義とは? 人類の価値とは?
物語の決着には少々不満が残る。特に機本作品では、結局そこに話を落とし込むの!?と困惑する事、全3回(毎回)。これだけディテールの凝った作品内の唐突なヒューマニズムに異物感がある。人間とは、と問うほど作中の人物が生きていないから益々前半と後半の色合いの違いが浮き彫りになってしまう。ヒロインの那由は裏切られるのは嫌、の一点張りだし、勝手に人類を代表する正にも辟易した(終盤を除く)。登場人物では岡本や正の携帯電話の方がよっぽど魅力的に映った。前半からもう少し人の機微が描けていればより良かったのに。
さて大団円っぽい雰囲気のこの結末だが、ある意味で最低最悪の結果ではないか(搭乗人数など)。金返せ! 所詮、人の敵は人って事なのか?
余談と疑問:文庫版の表紙は流石にやり過ぎね…。あとアメリカの悪者扱いが酷過ぎね…。この宇宙船(クローズドサークル)でのミステリなんか面白そう。
搭乗優先順位は日本ならやんごとなき方々だな、と思ったがその点の言及はなかった。あと搭乗の年齢上限がなかったが、光速の10数%の速度では、時間の流れが遅いって事? これも言及はなかったけど、SF読者には基本だから?

僕たちの終末ぼくたちのしゅうまつ   読了日:2010年04月09日