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文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

この世には不思議なことなど何もないのだよ。古本屋にして陰陽師が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第1弾。東京・雑司ヶ谷の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津らの推理を超え噂は意外な結末へ。京極堂、文庫初登場。


なっ、長い…。事件の内容を知るまでに100ページ、事件の捜査が400ページ、真相披露が100ページの計600ページの大作である(文庫版)。だがしかし、この小説には無駄な箇所など何もないのだよ、読者諸君。と、言えるほど、小説全体としては美しい構成になっている。最初の100ページで解決に必要な情報を全て曝していると言えるし、捜査の段階では(ほとんど)誰も嘘を付いていない。そして真相解明の場面では前の500ページの全てが意味を持ってくる。京極さんが読者にかけた文章の呪いは全て、京極さんの手によって見事に解かれるのであった。
と、上では褒めているけれど、実は4年前の初読時にはかなり肩透かしをくらった、期待外れだとも思った。京極夏彦という作家はネット上ではかなり褒められているのに、この作品の純粋なミステリ(謎解き)部分に関して考えるならば、かなりお粗末ではないかと思ったのだ。明かされる真相は、驚きを通り越した、別の驚きであった。長々読まして、こんな真相って…、と落胆した。のだが…。
しかし、再読してまた違った感想を持った。そして遅ればせながら気が付いたのだ。あぁ、この本は私が好きな「ある世界の、あるルール」のミステリなのか、と。より厳密に言うと今回は、「この世界のルール」というよりも、「人間のルール」といった方が正確かもしれませんが。最初の100ページはルール設定・物語の前提、中盤の捜査の段階での一つの真相に対する個人の反応の違いも伏線であり、この世界の約束の確認である。そして終盤での真相が明かされる段階での、観念や思い込み、人の心の動きなど全てが一つの世界の線上に並んだ時の虚を突かれた思いは貴重な体験である。そう思うと、森博嗣さんのあの作品にとても似ている。この手の作品は(悪い意味ではなく)即物的・現実的なミステリを好む人には敬遠されるだろうけど、私は好きです。再読して、やっと気が付いたのですが…。

姑獲鳥の夏うぶめのなつ   読了日:2002年05月26日