- 作者: 北森鴻
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/04/14
- メディア: 文庫
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一度たずねてみてください。わたしがあなたに贈る最後のプレゼントを用意しておきました…。そう綴られた亡き妻の手紙だけを頼りに、ビアバー“香菜里屋”にやってきた神崎。マスター・工藤が語った、妻がプレゼントに込めた意味とは…。客から持ちかけられた謎の数々を解明かす連作短編集の第2弾。
日本推理作家協会賞受賞作で、私も大好きな作品『花の下にて春死なむ』に続く、ビアバー・香菜里屋シリーズ第2弾。今回は偶然に「香菜里屋」に立ち寄った新顔の客の謎を解いていくパターンが多かった。迎える結末によって彼らは今後も店の常連客となるか、また二度と敷居を跨がない人となる。人間関係の繋がりと同時に断絶も感じさせる一冊だった。
また本書では「男女の(奇妙な)関係性」が中心にあったように思う。彼らの関係性は特殊で、その誰かの死を間に挟んでいる事が多かった。なので必然的に暗い話や遣り切れない話も多い。また無言のメッセージというのも全体を通した主題なのかな。第三者からしてみれば、ハッキリと胸の中に秘めている言葉を、自分の行動の理由を明かせばいいじゃないか、と苛立つ伝言も多い。しかし直接は言えないのが、他人である男女の機微なのかもしれない。その機微を短編ならではの幕切れで余韻を楽しませる手法もいくつか見られた。
その特異な関係性により、事件も動機もやや常軌を逸している。なので今回の工藤は駆使されたトリックを推理するというよりは、その人の行動や情念といったものをトレースする役目を担っている。真相に至るまでに、客の会話や行動の中で丁寧にエピソードを重ねる努力が見られるものの、最後は人の心という曖昧な、類推する他ない所に話が及ぶため、本格推理の爽快感は味わえなかった。話も暗いし…。味わえたのは目の前の(脳内の)工藤の創作料理の数々だけだった。
- 「十五周年」…故郷の店の十五周年記念パーティーに出席したが、他の参加客は自分と親交の薄い人ばかりで…。自分だけ異邦人パターン。素人探偵の古美術ミステリかと思いきや一転。本書の中では幸福な関係だとは思うが、踊らされた感じが嫌だなぁ(笑) 主人公も読者も怒ったら負け。料理も恋愛も仕込みが大事!?
- 「桜宵」…表題作。あらすじ参照。2編続けて自分の死のアフターケアの話。一編の恋愛小説として読めるし、どの場面も映像的で美しいとは思うが、その思いを託された工藤との関連が不自然か。上述した通り全編、手法が回りくど過ぎる。ある程度の距離を置く事で悪意を消して、伝言の真意が伝わるのかもしれないが…。
- 「犬のお告げ」…リストラを断行する部長邸では「犬のお告げ」によって次の退職者を決定していると言う噂が…。毒を特定の人物に飲ませるように、犬を特定の人物に噛ませるトリックとは。更には(ネタバレ→)そのトリックが犬にとって死をもたらす毒であった(←)という二重の構造が見事。ミステリとして一押し。
- 「旅人の真実」…金色のカクテルを求めて、都内を巡り歩いては悪態をつく男。彼は何を求めているのか…。う〜ん、後半2編は一気に観念的になったぞ。その観念を理解しないと謎も解けない。しかし後半2編は自分の幸せの軸の妄信という点で似ている。事件よりも工藤という謎の人物の過去が気になる一編になった。
- 「約束」…十年後の再会を約束した男女。それぞれ違う十年を経た今の彼らの胸の裡とは…。工藤はどこの場所でも名探偵である事を証明したシリーズ番外編。でもカウンターの中だけが彼の聖域なのかも!? 本編は一言で言うと(→)禍福は糾える縄の如し(←)。ただしその基準を自分と他人に求めた自分が幸せでい続けなければならなかった人。嫌な作品だが工藤の謎解きの切れ味だけは◎。