《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

「私は断じて愉快犯ではない」。世間を恐怖に陥れている連続婦女誘拐殺人事件。少女惨殺の模様を克明に記した犯行声明が新聞社に届けられた。ところが、家族や捜査陣の混乱をよそに、殺されたはずのその少女は無事戻り、犯人とされた男は自殺、事件は終結したかに思われた。しかし、事件はまだ終わっていなかった。捜査を担当している佐原刑事の娘が誘拐されたのだ! しかも、犯人は衆人環視のなかで身代金を運べと要求する…。犯人の目的はいったい何なのか? 刑事たちを待ち受ける驚天動地の結末とは!? 偉才が放つ奇想のミステリ。


良くも悪くも90年代の「新本格」ミステリの代表例、という印象。長所は読者を驚かせてやろうという作者の意気込み。本書はいきなり「第二の事件」から始まり、続いて「第三の事件」、そして「第一の事件」となる。ミステリ好きなら絶対に勘ぐる構成だ。しかし勘ぐった読者を更に出し抜いてやるという作者の心意気がそのまま構成に現れているようだ。そして構成は決して悪くはないのだが…。
短所は作者の若さ。これは未熟さと言ってもいいと思う。まずは人物描写。作者の未熟さは登場人物の薄さに直結している。一般に自分と違う人生や思考を書く事は難しい。特に性別ならば異性、年齢ならば年上は自分の経験則・感性が通用しないから尚更だろう。そして本書の主人公の刑事佐原は40代、1990年の刊行時の歌野さんは20代後半。やっぱり一回りも上の人間を描くにはまだまだ作者は経験不足だったようで、40代の男性には思えない言動・思考が所々に見られた。物語の特性上、佐原は40代の子持ちでなければならないのだが、そのハードルはどうやら高すぎたようだ。他にも40代男性が書いた手紙や「第一の事件」の主人公にも、その年齢・性別の人物には思えない箇所が見受けられた。
ミステリとしては、こんなに上手く物事は運ばないだろうという全体のご都合主義が気になり粗さが目立つ。結末は全ての事件を包含する結末ではあるけれど包み方が雑。目的に対して取る手法に疑問を感じざるを得ない。途中で失敗するリスクを考えたら割に合わないし、こんなに上手くいくとは思えない。語られる動機の面からも犯人の行動は考えられないのだ。自分が手を加える事で同じような悲劇を招くかもしれないと思うはずなのだが…。(ネタバレ:反転→)保健室の養護員という生徒と話をする機会に恵まれた職業に就いたのなら、専門的な知識で解決しようよ(←)と思ってしまう。段々あの人に対して腹が立ってきた…。
本書はさしずめ(→)ゼロの誘拐(←)と言った所だろうか。がしかし、(→)ゼロの誘拐(←)が故に、真相知った後は余韻も興奮も綺麗さっぱり消えてしまった。最初に述べた通り「新本格」のムーブメントの勢いを感じるが、同時に批判をされるのも道理だと納得させられる。驚きの一転突破だけで、他の要素(動機や人物描写)を切り捨ててしまっているのだ。時代という摩擦・抵抗には耐えないかも。

ガラス張りの誘拐ガラスばりのゆうかい   読了日:2007年05月09日