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セリヌンティウスの舟 (光文社文庫)

セリヌンティウスの舟 (光文社文庫)

荒れ狂う海で、六人のダイバーはお互いの身体をつかんで、ひとつの輪になった。米村美月、吉川清美、大橋麻子、三好保雄、磯崎義春、そして、僕、児島克之。石垣島へのダイビングツアー。その大時化の海で遭難した六人は、信頼で結ばれた、かけがえのない仲間になった…。そんな僕らを突然、襲った、米村美月の自殺。彼女はダイビングの後の打ち上げの夜に、青酸カリを飲んだ。その死の意味をもう一度見つめ直すために、再び集まった五人の仲間は、一枚の写真に不審を覚える。青酸カリの入っていた褐色の小瓶のキャップは、なぜ閉められていたのか? 彼女の自殺に、協力者はいなかったのか? メロスの友、セリヌンティウスは、「疑心」の荒海の中に投げ出された。


ノベルス版で全200ページの作品。読了後、この長さに対して「帯に短し たすきに長し」ということわざを連想した。意味はそのまま中途半端(辛口)。更に本書の感想に即してアレンジするならば「心理に短し 物理に長し」だろうか。
本書の謎はたった一つ、かけがえのない仲間の自殺の謎。この謎を細分化すると、なぜ彼女は仲間いる場所で自殺をしたかという心理面と、どうやって自殺をしたのかという物理面に分けられる。心理面解明への手掛かり・傍証となるのは彼女の遺書と各々の記憶、物理面でも現場の写真と記憶のみである。
ここで一段落目の「心理に短し 物理に長し」の話に戻る。まずは心理面から。心理面の核となるのは、海で遭難した6人が信頼で結ばれた時に共有した感情、美月の遺書の言葉を借りるならば『いちばん平易な言葉を使えば「一体感」』。この「一体感」によって他殺説は絶対になく、自殺は確定となる。更には、この「一体感」こそが美月自殺の心理的真相に深く関わってくる。…のだが、どうしてもこの「一体感」、6人の特別な関係が、ただの「前提」としてしか機能していなくて登場人物たちの繋がりを深く理解できなかった。彼ら6人しか持ち得ない感情「一体感」を、作者は読者に還元・換言しなければならなかった、と思わざるを得ない。彼らの心理状態を丹念に長く描いていれば、読者の違和感が感動に変わったかもしれないのに。この問題への苦言は、前著『扉は閉ざされたまま』の感想で、私が既に書いている。以下、引用。「突飛な動機を読者に納得させるだけの表現力・説明描写が足りない、というのが石持さんの弱点だと思う」。本書でも同じ。
そして物理面。こちらは心理面に比べれば不満は少ない。むしろ些細な事柄・伏線から真相を見出す終盤や、一枚の写真から細かい点を突付いて次々に推理を展開させていくその手腕に感心した。ただやはり、本当に些細な可能性を一つずつ潰すのに何度も確認を取る工程は長く感じられたし、派手な動きがない分、心理面で置いてけぼりをくった私には余計に冗長に思えてしまった。
また、コジの突飛な発想であったはずの『走れメロス』に真相・役割を合致させてしまうのも幻滅。全てを『メロス』に沿わしたい作者の意図が見え透いている。
本書は酩酊推理モノでもある。しかし議論するならお酒を飲まなきゃいいのにと思うのは私が下戸に近い存在だからだろうか。それだと魚肉ソーセージも出てこないが…。

セリヌンティウスの舟セリヌンティウスのふね   読了日:2007年10月21日