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扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)

扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)

久しぶりに開かれる大学の同窓会。成城の高級ペンションに七人の旧友が集まった。(あそこなら完璧な密室をつくることができる…)当日、伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害、外部からは入室できないよう現場を閉ざした。何かの事故か?部屋の外で安否を気遣う友人たち。自殺説さえ浮上し、犯行は計画通り成功したかにみえた。しかし、参加者のひとり碓氷優佳だけは疑問を抱く。緻密な偽装工作の齟齬をひとつひとつ解いていく優佳。開かない扉を前に、ふたりの息詰まる頭脳戦が始まった…。


1冊ごとに趣向凝らした閉鎖空間を創出することが特徴の石持作品。毎回、あの手この手の抑止力を用いて宿屋飛行機内水族館を外界から遮断してきた。そして今回はなんと、東京の高級住宅街・成城のペンションを閉鎖空間にし、更にその家の中に「開かずの間」まで創り上げた。犯行が行われた部屋の扉は物語の最後まで開かれることはない。まさに「扉は閉ざされたまま」犯行は露見し、犯人は探偵に名指しする。そんな、とんでもないことを同時に可能にするのはこの作品が倒叙式ミステリだからである。この設定の創出だけでも、かなり高く評価したい。
倒叙モノの面白さは作品全体を覆う緊張感と、探偵と犯人の会話によって犯人の虚偽が決定的に暴かれる瞬間だろう。また今回は更に「開かずの間」によって、読者と犯人以外は、部屋の中の人物が死んでいるのか、そこで犯罪が起きたのかさえも不明確だという事態を引き起こしているのが面白い。事態の発覚さえなければ、犯人以外にとって犯罪は発生していないのと同じなのである。 が、物語序盤から言葉の端々、行動の隅々から、その裏に隠された意味を見出す優佳が部屋の中の状況を徐々に推察する。この息もつかせぬ展開で、本書は普通のミステリとは別の倒叙式ミステリ独特の緊張感を生み出す。ただ、考えてみると攻撃側ばかりが圧倒的で、防御側が弱いような気もする。犯罪の露見阻止に腐心するだけで、探偵からの攻撃に防御策を何も講じていないのは物足りない。集まるメンバーは最初から分かっていたんだから、もっとシミュレーションしないと…。
動機に関しては、トリックとダイレクトに関連していて評価できる面と、心理的に納得できない面がある。この話は↓で触れています。ただ、(反転→)不自然なほどの死亡時刻からの時間経過の描写が動機と直結している点(←)は感心させられた。最後に探偵と犯人が出す二人の関係の結論は、心理ドラマの薄さからいまいち重みや盛り上がりに欠けた。このドラマ・題材を西澤保彦さんにでも書いてもらったら、その呪縛や息苦しさを上手に表現してくれ立ち直れないほど重い話になりそうなのに…、と思った。突飛な動機を読者に納得させるだけの表現力・説明描写が足りない、というのが石持さんの弱点だと思う。論理と小説部分が噛み合っていない。


以下、ネタバレを前提の考察。

今回も、全体的には面白いんだけれど、部分的には疑問が残るという、いつもの石持作品と同じ感想。ミステリとしては嫌いじゃない。むしろ、閉鎖空間の創出に工夫を凝らす姿勢に好感を持ったりしてるんですが、今回は考えれば考えるほどモヤモヤすることがあるので私が思ったことを書きます。直感だけでちっとも論理的ではないし、イチャモンに近い考えですが…。

以下、ネタバレ。未読の方はご注意を(反転)。


本書での殺人の動機は「売春によって性感染症に感染しながら、臓器提供意思表示カードを持つことが許せないことだったから」と、探偵側の優佳は指摘する。犯人の伏見もそれを否定していない。自らの骨髄移植体験によって、意思表示カードを持つ者は臓器提供先でも臓器が正々堂々と活動しておけるようにするべき、との信念を持ち、その信念によって新山の臓器提供の阻止を心に決めた伏見。歪んだ考えだけれど、その思考過程は分かる。

が、ここで疑問なのが、

「高潔な犯人」は、殺人を犯すことで自分の「心身が清廉」でなくなるとは思わないのだろうか? また、それに思い当たって犯行を思いとどまらないのだろうか?

ということ。(「高潔な犯人」「心身が清廉」は共に優佳の言葉) 性感染症に感染している臓器と、殺人犯でも健康な臓器は、医学的見地からは全く違うものかもしれない。が、「臓器提供者の心身は清廉であれ」という信念を持つ者が、殺人を犯すだろうか? また、殺人を犯した後もこのまま意思表示カードを持つだろうか、のうのうと優佳の隷属として生きるだろうか? 彼の信念と行動が見事に矛盾していると思うのだが…。

結局「高潔」とか言われても、自分のことは顧みないのに、他人の悪は許せないという独りよがりの正義感にしか思えない。伏見にとっては骨髄移植をしたという満足感も、自己愛でしかない気がする。そこが、とっても気持ち悪いし、小説として納得できない。

以下、横山秀夫さんの「半落ち」のネタバレがあるので未読の方はご注意を。

半落ち」の要は、本書でも触れられている骨髄移植だ。「半落ち」の主人公・梶が「半落ち(動機の黙秘)」を決めたのは、自分の骨髄を移植された側の気持ちを慮ったからだ。以下、「半落ち」の本文より『人殺しに骨髄をもらった。池上(梶の骨髄移植を受けた人)が知ったらどう思うだろう。長い歳月、悩み、苦しむに違いない。自分の身体を、血を汚らわしく思うに違いない』とある。
頭の良いはずの伏見は、こういう事を考えないのだろうか?骨髄移植をしたのは殺人を決行する前ではあるが、既に自分の骨髄を移植した患者のことを考慮に入れないのだろうか、非常に疑問だ。
移植体験によって生まれた一方的な信念を動機に据えるのなら、ラストシーンは二人だけの秘密の共有ではなく、優佳の前で意思表示カードを破ってみせるとか、優佳に伏見と新山は「汚れた」という一点では既に同じ存在だということを指摘されるラストの方が相応しいような気がする。または、もっとインパクトを出すならば、優佳に自分を殺してくれ、と頼み、その後10時間、優佳に事実を隠蔽してもらい、自分も「資格」を放棄するという決断をする、という方が面白いのでは、と思った。

とにかく、伏見のちっぽけで独りよがりな動機と、それと矛盾した行動に違和感を持つ。このナルシストがっ!

以上です。


扉は閉ざされたままとびらはとざされたまま   読了日:2006年07月15日