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ラスト・イニング (角川文庫)

ラスト・イニング (角川文庫)

新田東中と横手二中。運命の再試合の結末も語られた、ファン待望の一冊、ついに文庫化。高校生になって野球を辞めた瑞垣。巧との対決を決意し、推薦入学を辞退した門脇。野球を通じ日々あえぎながらも力強く変化してゆく少年たちの姿を描いた「ラスト・イニング」他、「空との約束」「炎陽の彼方から」を収録。永遠のベストセラー『バッテリー』を、シリーズ屈指の人気キャラクター・瑞垣の目を通して語った、彼らのその後の物語。


なんとも御丁寧な後日談、と言ったら嫌味ったらしいだろうか。シリーズ最終巻のはずの『バッテリー?』の「あの」最後の一文の続きが読めるのは嬉しいような蛇足のような複雑な気分。作品としては面白い。あの先を知れる事は悪くない。けれどそうなると、あの場面での完結の意味はなんだったのだろうか…? シリーズの後日談のはずなのにシリーズとは隔絶している気がした。
表題作の語り手はライバル校・横手の瑞垣くん。彼の豊富な語彙と第三者からの視点によって高尚になり過ぎて掴み取れなかった問題(豪の巧との向かい合い方など)を、そして不完全燃焼にも思えた試合内容を見事に補完している。その他にも、あの試合の克明な描写や進学・進級した彼らの数々のエピソードも彼らの変化やあの試合がもたらした収穫などが窺い知れた。やはりあの試合は野球人生で燦然と輝いているのだ。しかしシリーズ最後の一文でなお開かれた可能性を、この本で閉ざしてしまったという負の側面も大きいと思うのだ。
本書は完結したシリーズの「公式解説書」だろう。あの試合、あの選手の内面が全て描かれている。それはしかしそれは作品に、巧に負けた作者の感想戦でしかないのではないか、とも思う。捉え切れなかった一球をいつまでも追ってしまうのは彼だけではなく作者も同様だったのかもしれない。
6巻の感想でも書いたが、この瑞垣は執筆中に作者の中で大きなウエイトを占めた登場人物だと思われる。彼の饒舌さを借りれば、言葉を必要としない巧の、言葉を内に秘めるようになった豪の、言葉が足りない門脇の変化を書き易いのだと思う。作者の手では、従来の手法では完結し切れなかった物語を、巧たちと同じ立場の選手だった瑞垣を強引に作品の「解説者」に進化させる事によって纏め上げようとしているのではないか。彼に与えられた視座はまるで神(作者)である。マウンドに居る全ての人物の心理を把握する瑞垣は明らかに異質だった。作者の瑞垣への愛が、作品内での立ち回りの便利さが瑞垣の選手生命を奪った。また明らかに作者の言葉を瑞垣に言わせてる場面(大人への反感など)も散見された。

  • 「ラスト・イニング」…表題作。あらすじ参照。全編を通じて、たった1日の中での瑞垣の変化が描かれている。何気ない1日に全て詰まっていると言っていい。その構成は面白いのだが、どうにも話が前後していて読み辛い。前述の通り、シリーズ内での(私が捉えていた)彼の輪郭と本編での彼の大き過ぎる器との間に違和感を覚える。結末としては好きなのだが名実共に××の役割を担うのは出来杉くん。
  • 「空との約束」…青波のあの試合の日…。こちらも良い話なんだけど、あの日の出来事を後から後から補強すればするほど不自然で歪になっていく。
  • 「炎陽の彼方から」…豪の巧との2度目の出会い。感想は同上です。出会いを劇的に運命的に描くほどに現実感を失い、作り事めいてきてかえって白ける。

ラスト・イニング   読了日:2010年11月22日