
鳥海ペドロ(とりうみ ペドロ)
黒豹と16歳(くろひょうと16さい)
第08巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
超危険なケモノ男子・杏璃をペットにしている強気な16歳・たいが。大手化粧品会社の次期社長で、杏璃の幼なじみの黒鉄とのデート中にプロポーズをされ、結ばれる二人。結婚式は来年の夏に決まった。一方杏璃のもとに伊勢谷家当主である父から電話があり、式までにたいがを振り向かせることができなければ、海外へいくように命じられる。期限を切られた杏璃は、さらなる“餌付け”を要求することに……!?
簡潔完結感想文
- 誰かを好きになる限り少女漫画は死なない。たとえ それが婚約中のヒロインであっても…。
- 嫉妬を煽って奥手の黒鉄の行動を誘う聖女なビッチ。黒鉄との初キスは欲求不満のキス。
- 恋をして、トラウマを乗り越えたことで自分を好きと言える たいが の恋心解禁(2つ目)
ラスト1ページに瞠目せよ!の 8巻。
前代未聞の二股ヒロインが爆誕する。この試みには驚いた。
通常の少女漫画だと『8巻』ともなるとヒロインとヒーローが両想いになり、彼らの間に心の動きは少なくなる。少女漫画は恋心が物語の核なので、ヒロインの恋が落ち着いてきたら友人の恋が始まったり、当て馬が動きだしたりする。そうすることで常に作品中の心の動きを描き続けられる。それが読者の興味となって、メインカップルが一段落しても読者を離さない役割を担う。
しかし、この第二弾といえる恋を本書ではヒロイン・たいが が担う。以前から書いているように本書は たいが が杏璃(あんり)をペットとして飼い慣らすのではなく、杏璃が たいが を調教していく物語である。その成果が ようやく出始めたと言える。


とんでもないビッチ道を進もうとしている たいが だけれど、彼女をフォローするとしたら、杏璃によってトラウマが解決したことが、彼女の恋心を もう一つ引き出してしまったのではないかと考えられる。
それが『8巻』での引っ越し前の高校で思い出を書き換えるということだった。ただ これも以前から言及しているけれど、『1巻』の感じだと夏休み中に引っ越してきた たいが だけど、『3巻』ではゴールデンウィーク前には引っ越しが終わっており、前の高校に通っている設定は少々無理がある。どちらが正史なのか、というか一つの作品で正史という概念が出るのが おかしい。作中の設定を守れない(考えなしに変えていく)のは作者の悪癖である。
杏璃によって前の高校に連れていかれ、そこで たいが は自分が以前と変わったことを実感できた。『1巻』でも全力で恋をしたら自分が好きになれると言っていたけれど、その自己肯定感の最後のステップが前の高校でのトラウマを乗り越えることだったのだろう。トラウマを解消することで恋心を自覚することは少女漫画の王道の展開と言えるし、そのキッカケを作ってくれた相手を好きになるのも また自然な流れである。
だから たいが の心の動きも仕方がない。ヒロインを聖女として描かず、自分の揺れ動く心をリアルに描いていると評価できる部分さえある。まぁ 本書の場合、ペット設定など意味不明な部分が大きなマイナスになっているけれど。
面白いと思ったのは、たいが の心が杏璃にも移っていく一方で、杏璃からの動きは ほぼないこと。実家からの介入もあって杏璃は たいが を黒鉄(くろがね)に委ねる準備をしているので、彼から たいが にスキンシップを取る場面は極端に減少した。
その代わりに たいが が杏璃に自分からスキンシップを図ったり、男性からのスキンシップが減ったからか自分から黒鉄を誘導して彼と情動で動くようなことをしたりしている。
杏璃から黒鉄にバトンタッチされる形で作中の男性からのスキンシップの総量は一定となっている。スキンシップは読者サービスとも言え、杏璃が手を出さないから、黒鉄が これまでになく積極的に動いている。でも その積極性を引き出したのは、たいが が黒鉄の前で杏璃の名前を出したからだった。
…と書くと たいが は常に男性との接触を待ち望んでいる官能的な方向でのビッチとも思えるけれど、それを作品は否定しないだろう。黒鉄が婚約を焦ったのも、今回 激しい情動に駆られるのも杏璃というライバルに負けたくないから。たいが と黒鉄の関係を語る上で杏璃は絶対に欠かせないのである。そして上述の通り、杏璃の たいが への調教も完了し、たいが は杏璃のことを忘れることが出来ない身体になる。
両片想い×2という前代未聞の三角関係が成立した本書が、どこへ向かうのかが気になるということは かなり作品に夢中になっているということなのではないか。
伊勢谷(いせや)家では当主の父親が絶対らしく、あの杏璃さえ黙って従わざるを得ない存在。だから杏璃は たいが と一緒に暮らさなくなった将来を視野に入れ始める。
杏璃が父親のことを想起している時に、たいが の父親が初登場する。父親の仕事は手品師。地方営業に行っているから不在なことが多く、夢を追っていて母親の方が安定していて稼ぎが多いらしい。この日は台風接近中ということもあり、母親も妹の こまき も揃っていて家族水入らずの時間を過ごす。台風の日に なぜ杏璃が家にいるのか、彼は どういう存在なのかなどは、ほぼ無視。都合の悪いことは黙殺すればいい、という作者らしい、掲載誌「なかよし」らしい展開だ。
気分が落ち込んでいることを父親に見抜かれ、杏璃は同じ父親という立場の人に父との接し方を聞いたり、自分の整理できない心の中を聞いてもらったりする。たいが も本当にペットのように長い時間一緒に過ごしてきたからこそ、言葉にしなくても杏璃の異変を敏感に感じ取り、弱っている彼を慰撫して、自分から頬にキスをする。たいが の無意識な行動で本人も当惑する。
黒鉄という婚約者がありながら杏璃に動く自分はアウトだと思うものの、ペットなら仕方がないという言い訳に逃げる。
杏璃は たいが の思い出を共有するために、引っ越し前の彼女が暮らした静岡の通っていた高校に向かう。杏璃は たいが と思い出作りに来たと言うが、たいが の黒歴史といえる高校の思い出を漂白して、良い思い出に変えようと言う意図なのではないか。これも杏璃のタイムリミットやお別れを意識した行動であった。
杏璃に用意された この学校の制服を着て たいが は もう一度学校生活を送る。派手な美男美女の潜入はバレて、教師たちから追われ、友達と呼べる人たちと一緒に逃げる時に たいが は青春のキラメキを感じる。
しかし落としたスマホを拾い上げている間にメンバーと分かれ、一人になって元同級生たちに身バレしてしまう。自分が晒し者になる前に、自分から道化を演じることでダメージを最小限にしようと考えた たいが は積極的に この学校の生徒たちと交流する。いたたまれなさでダメージを受ける たいが を助けたのは杏璃でも黒鉄でもなく、元同級生の男子生徒。杏璃たちは この学校の生徒に発見されて、また逃亡せざるを得なかった。
この遠野(とおの)という男子が『1巻』1話で たいが を恋愛対象外と言っていた生徒なのだけど、実は2人は交際していた時期がある。そして旧知の仲の人を登場させることによって、たいが の成長や変化を彼に発見させる。そして たいが の杏璃に対する率直な気持ちも引き出させる。彼氏(黒鉄)がいることも伝えているが、やっぱり語る分量が黒鉄と杏璃では全然 違う。
けれど現在の婚約者は黒鉄だから、杏璃には出来ない たいが の救出は彼の役割になる。寡黙な黒鉄は助け出すだけで それ以上の言葉をくれない。だから たいが は彼から嫉妬を引き出すために杏璃にキスされたことを燃料にする。そうして ようやく2人は初めてキスを交わす。
2人の間に何かあったことを杏璃は すぐに気が付き、たいが が隠そうとする肩にキスマークが幾つもあることを確認する。しかし杏璃は それにショックを受けない。なぜなら黒鉄が こんなにも自分をマーキングすること自体が珍しく、動機に彼の嫉妬があることを見抜いていたから。たいが が嫉妬を煽るために杏璃の名前を出したという事象だけで杏璃は満足。それは黒鉄と一緒にいても たいが の心の中に自分がいることを確認できたことを意味する。たいが は杏璃を切り離せない、その調教は着々と進んでいる。
静岡からの帰り道、頭の中は杏璃と、そして激しいキスをした黒鉄で いっぱいになる。そんな時、黒鉄から婚約者として彼の両親と会う機会が設けられる。黒鉄の前で緊張してしまう たいが を見て、彼はスキンシップに慣れるようにと何度もキスを交わす。


杏璃は、たいが と黒鉄の接近を察知すると家出する習性がある。だから たいが は両親との顔合わせの不安や相談を杏璃に出来ないまま当日を迎える。少女漫画は相手の両親と会うだけで婚約状態と言えるけれど、たいが の場合は本当に婚約である。つつがなく顔合わせが終わり、2人の関係は確固たるものになる。
しかし たいが は会場となったホテルで杏璃が実家の従者と一緒に行動しているところを目撃する。今回の杏璃の家出は実家に顔を出しているから。それは たいが とのペットとしての関係が終わった後の自分の身の振り方を考えてのこと。それを聞いた たいが は杏璃の一方的な決断を許さない。そう思うのは杏璃の予言通り、いつも自分の頭の中に杏璃が離れないからだった。
