池山田剛(いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第09巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
高校生編本格始動!爽歌と輝、2回目の修学旅行へ! 爽歌、輝、ちひろ、忍。4人は高校2年生。爽歌と輝は修学旅行で台湾へ。異国の空の下、心を近づけていく2人…。ハプニングの連続に、爽歌は記憶をなくしてから忘れていた心からの笑顔を取り戻した! 一方、旅行をカゼで欠席したちひろ。倒れたところを助けてくれたのが忍ぶと知り…!? 再び回り始めた4人の恋、その先に待つのは!?
簡潔完結感想文
- 芸能界や恋人から切り離された旅行先で2人の仲は急接近。同じ人と二度 恋に落ちる。
- 取材という名目で海外旅行に行った回の内容って どんな作家が描いても つまらない。
- 忍は記憶喪失ではないが2年で性格が激変。被害者意識で ちひろ にドSに接して傷つける。
倍速視聴から等倍での再生へ、の 9巻。
作者が描きたかったのは2組の男女の高校生編での再会と2度目の初恋の成就であることは以前から指摘してきた通りで、それまでの中学生編は全部 前振りに過ぎない。だから中学生編は必要な要素だけを抽出して展開が早かった。輝(ひかる)は『1巻』の内に爽歌(さやか)に告白しているし、2人が両想いになるのも『2巻』だった。
しかし高校生編は出会ってから2巻を消費しても関係性が変わらないまま。恋愛の進み具合が早かった中学生編が「ファスト映画」みたいな内容だっただけに、高校生編のスローペースが際立っている。それは純粋な気持ちを大声で叫んでいればよかった幼い恋とは違い、高校生編は少し苦みを伴った恋愛模様が用意されているからでもある。1回目と2回目のアプローチの違いが切なさと もどかしさを醸成している。輝側は爽歌が自分が唯一好きになった女の子であることを言えないし、爽歌側は輝と出会う前に恋人がいる。本来は純愛なのに、まるで浮気や不倫のような略奪愛や裏切りを伴う恋愛になっているのが本書の妙味である。
そして単純に それぞれの男女の接触の機会が少ないという問題もある。
例えば輝と爽歌のカップルで言えば、高校生編では本格的に爽歌が芸能界で認められるシンデレラストーリーの側面もあるから、彼女の活躍に比重が偏ってしまっている。本書は爽歌というヒロインが輝きすぎてしまっているため、もう1人のヒロイン・ちひろ が地味に映ってしまうし、輝も彼女を支える側になっていて目立ちにくい。この頃、アニメ「マクロスF」に大いに刺激を受けている作者は芸能界でのサクセスストーリーを描けるだけで ご満悦なのだろうが、爽歌びいきが目に余る部分もある。『9巻』の後半からドラマ撮影など、学校イベントとは違う、爽歌以外のキャラが介入できない場面が多くなり、4人の群像劇から彼女の単独主演に作品の内容が変わってしまっている。
また『8巻』は台湾の修学旅行の模様を描くために作者が初めて現地取材をしたようで、取材内容を詰め込んだ感じになっている。どの出版社でも、どの作家さんでも取材旅行をした部分は、個性を失い、似たような感じになるのが残念である。私は その能力を高く買っている池山田先生でも取材の成果を消化するだけの内容になっているのが残念だった。中学の修学旅行(『4巻』)に比べて、参加人数は半分になっている割に無駄に長いように感じられた。やはり作中のスピード感が失われている気がする。
そして忍(しのぶ)と ちひろ。彼らの方も2年間の音信不通から復活する気配を見せているが、まだまだ素直になることは出来ない。それぞれに被害者・加害者意識があり、それが恋愛感情にノイズを走らせる。
ここで面白いのが忍の性格の変化。爽歌が記憶を失ったことで性格が変わっているのと同様に、忍は記憶があるからこそ性格が変わり、こじらせている。2組のカップルが2年という月日で相手が変わってしまった、という構図を こうも簡単に成立させている作者は やはり凄い。こういう構成の大胆さや対称性など、作者の手腕によって成立する物語が始まるのが高校生編で、私は そこに興奮した。
輝が爽歌の過去の傷に触れないように彼女との時間を過ごす一方で、忍は ちひろ の過去の罪に素手で触れて彼女を傷つける。そうすることで自分のプライドをまもろうとしているのだ。だけど それは忍自身の過去の傷を掻きむしることになり、彼もまた痛みを感じる。輝は ちひろ のお陰で どんな困難な状況であっても爽歌との交流をすると決断できた。次は ちひろ自身が忍と自分の過ちから逃げることなく向き合うことが重要である。ちひろ が覚悟するには まだ時間が必要で、彼らの接触は最低限のものとなる。
4人が同じ画面にいることが出来たから並列の関係になっていたが、今はまだバラバラ。この修復が本書の大きな目的になる。しかし それの達成前は どうしても爽歌の芸能界での描写が多くなってしまうのが玉に瑕か。その意味では中学生編の方が恋愛に特化していて純粋な物語だったよのではないか。『9巻』は特に不必要な描写が多かったように思う。
引き続き修学旅行編。爽歌は自然と輝と一緒にいる時間が長くなることで、彼の心の広さを実感していく。幼い頃からの連続した記憶がなく、それゆえに足元がおぼつかない爽歌のことを まるで分かってくれているかのような輝の言動に爽歌は少しずつ惹かれる。
一方、輝は自分の初恋の相手で恋人だったのが爽歌本人であるとは言えない。爽歌に記憶を取り戻すことは両親の死を思い出させることで、優しい輝は自己の都合よりも爽歌の気持ちを優先する。だから輝は爽歌が許可する「友達」のラインで今は我慢する。ただし急接近した際に、輝は爽歌の中に自分を異性として見る部分があるのではないかと抑えきれない期待を抱いてしまう。
台湾での自由時間ではデートのような時間を過ごす2人。その際に協力して変なピンチを乗り切ったことで、爽歌は記憶を失ってから初めて心の底から笑う。両親と名乗る人の前でも、恋人の前でも笑えなかった爽歌が、輝の前だけでは笑えた。それは失われた記憶が彼に安心感を抱くからなのではないか。こうして一層 爽歌の中で輝は特別になっていく。
しかし きっと日本に帰ったら2人が このような時間を過ごすことは無くなる。芸能界や巧(たくみ)という現在の爽歌の恋人とは無縁の台湾という土地だったから2人の心は近づけた。だから2人は お互いに帰りたくないと心の底で思う。旅の終わりには爽歌は輝への警戒心がなくなり、ツンな態度だけではなく、彼に自分の心を表現できるようになった
そんな爽歌に輝は台湾で見つけた彼女に似合いそうな お土産を投げて渡す。空港で輝から物を投げられることで、爽歌は自分の記憶が一瞬フラッシュバックする。それは中学の引っ越す前の最後の日の記憶だった(『7巻』)。輝と一緒に過ごすことで爽歌は少しずつ以前の自分を思い出していくのかもしれない。
修学旅行を風邪で欠席した ちひろ は病院の帰りに倒れた自分を家まで送ってくれたのが忍だと知る。そして彼にキス(正確には薬の口移し)をされたことも思い出す。
忍は ちひろ の家を訪れた際に鍵を落としていた。それが2人の再会の理由となる。やがて風邪が治った ちひろ は鍵を返しに忍の通う高校に向かう。再び忍に存在を無視される恐怖に負けて、ちひろ は この学校の生徒に鍵の返却を頼んでしまう。逃げてしまった ちひろ、そして咄嗟に追いかけてしまった忍。輝と爽歌と違って2人の関係は まだまだ距離がある。
だが その後、ちひろ が騙される形で参加した合コンで忍が遅れて登場する。忍は全身で ちひろ を拒否しつつ、彼女に馴れ馴れしく触る男性を牽制する。そして理由をつけて ちひろ と2人で会場を抜け出す。そうして2人きりになってから忍から飛び出したのは ちひろ への「男ぐるいで裏切り者の最低女…!!」という暴言だった。忍のワードセンスがダサいというか古いというか…。リズムも悪いし。
忍は ちひろ を傷つける加虐心で、自分の傷ついた心を癒そうとしていた。自分には ちひろ を責める権利があり、ちひろ は罰を受ける義務がある。その歪んだ考えでプライドを守ろうとした。しかし忍の予想に反して ちひろ は暴言を受け止める。その上で泣くように笑う ちひろ に忍は目を奪われる。そして彼女が合コン参加した経緯が、失恋と それを励ます友人たちの厚意だということを知り、忍は自分の暴言が的外れで彼女のプライドを傷つけるものだと知る。
修学旅行から帰った爽歌は早速 仕事を再開。今回の仕事はドラマ出演で、原作は池山田剛先生の『GET LOVE!!』。自分の過去作を、現在の作品の中でキャラが演じるというのは作家生活の長い限られた人にしか出来ない手法で、これが出来たことだけでも一つの達成感を得られただろう。
恋人の巧は爽歌の雰囲気が、修学旅行後に変わったことに気づく。だから巧は爽歌が離れて行かないように彼女を抱きしめ、朝まで一緒にいる提案をする。2人にとって初めてのコトではないが、爽歌は巧が仕事に戻っていったことに安堵する自分に気づく。
ドラマ撮影に入り、爽歌は本格的に女優としての道を歩き始める。だが不慣れな環境、癖のある共演者など、人見知りの爽歌にとっては困難がいっぱい。そんな時に輝からメールが届き、彼女は前向きさを取り戻す。
この作品は男性アイドルのためのドラマで、脚本家も男性アイドルが推し。だから役に入り込んで脚本を無視するような演技をする爽歌は快く思われない。それとは反対に監督をはじめスタッフの一部は爽歌の天性の才能を感じ取り、現場に嵐が起こることが予言される。