《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ヒロインは記者会見で、ヒーローは卒業式で 半径5メートルの人に向けた突然の自分語り。

好きです鈴木くん!!(17) (フラワーコミックス)
池山田剛いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第17巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★★(6点)
 

4人、ついに卒業の時―!!スキャンダルをはねのけ、天才女優・爽歌がその才能を日本中に見せつける!!鶴姫と爽歌が重なる時、奇跡が起こる!!そして、ついに4人の卒業式――。輝、爽歌、忍、ちひろ、4人の未来は?

簡潔完結感想文

  • 大河ドラマも本書も いつの間にかに爽歌が主役。ちひろ の脇役転落が悲しい。
  • 私生活の親友は ちひろ、仕事の戦友(ともだち)はエリカ。戦友との初競演。
  • 長編なのに雑に進路決定。卒業式での輝の答辞の勘違いヒーロー風が痛々しい。

字通り、真剣勝負をしています、の 17巻。

爽歌(さやか)と輝(ひかる)の高校生での交際を描く この第3部は それ自体がボーナストラックのような側面を持つ。編集部としての550万部以上売れた作品だから、作者に好き勝手やってもらって構わないのだろう。作品の本筋とは言えない爽歌とエリカの女優対決は この自由が与えられなければ描けなかったものだろう。

しかし作者の好き勝手にやった結果、作品やキャラの出番のバランスが崩れているように思えて私は第3部を好きになれない。まず爽歌に焦点が当たり過ぎているし、人気女優の彼氏となった輝の勘違いっぷりが痛々しい。一方で ちひろ と忍(しのぶ)のカップルは脇に追いやられ添え物状態。第3部に入って作者の好きなように物語を進めたら、作者が誰に肩入れしているのかが明白になってしまった。それぞれ劣等感や敬意、愛情を抱いている4人が並列であるから物語は面白かったのに、ダブルヒロイン体制を崩壊させるような最終盤は至極 残念。

サヤカ、あなた真剣を振り回して殺陣(たて)やってたの!? という驚愕の髪切りシーン。

特に爽歌以外の高校卒業後の進路は1ページで処理されているのが気になった。輝は夢破れる訳にはいかないから練習もしていないのにバスケの才能だけで未来を拓いている。忍も ちひろ を巡って輝に対抗していた時はバスケ選手になると宣言していたが、いつの間にかバスケに執着しなくなった。
中学3年生の時は進路の決定に際して話し合っていた ちひろ と忍だが、高校の時は一切なく(おそらく)名門の大学に進学したという結果報告だけがある。忍にとって ちひろ と同じ学校に行くことは高校では果たせなかった夢でありトラウマだろう。彼らが それを乗り越えるエピソードがあってもいいと思うが、物語が描くのは爽歌と輝が中学とは違い高校は一緒に卒業できたという満足感だけ。この描写を見ても2組のカップルが平等に扱われていないことが分かる。

池山田作品全般に言えることだが、全てを才能で処理する大雑把な部分がある。少女漫画の中でも低年齢向けの雑誌掲載だからリアルな悩みは不必要という考えなのかもしれない。でも輝が真面目にスポーツに取り組んでいないのに夢が叶ったり、勉強を一切せず大学に合格したりする苦労の割愛は首を傾げる。才能と結果だけを描いているばかりでは物語に厚みが生まれない。
そして爽歌に対して ちひろ が何の目標も持たないまま卒業してしまったことも残念だ。ダブルヒロイン体制だというのなら爽歌と同じぐらいの悩みを ちひろ にも与えてあげるべきだろう。第3部は全員が過酷な運命から解放された白紙の未来なのだが、作者が本当に何も考えていない印象を受ける。

爽歌出演の大河ドラマに自己陶酔した作者が、あからさまな後付けで、爽歌たちの前世とか言いだしたのにも辟易した。輝も爽歌も普通の中学生で環境や運命が彼らを変えたけど、根本は変わっていない。そのはずなのに、その姿勢と相性の悪い壮大な物語を いきなり提示してきたのは首を傾げる。

ラストの輝の卒業式での当時も苦手。確かに彼は高校生活で勉強も部活もせず恋愛ばかりしていたけど(苦笑)、全校生徒や保護者の前で自分語りし始めて その勘違いっぷりに愕然とした。しかも周囲は輝の答辞を称賛する。この辺も第3部でバランスが崩れた箇所だと思う。以前は彼らの恋を応援してねという描き方だったのに、いつの間にかに この運命的な恋を賛美せよ、感動せよという上から目線の支配になった。前世とか卒業式の私物化とか興ざめする部分ばかりが目についた。


者会見後も残る二股疑惑の逆風を吹き飛ばすために爽歌は これまで以上に仕事に集中する。彼女はスキャンダル中も自分への誹謗中傷より、心因性の失声を経験して演技を奪われる恐怖に襲われていた。だから演技が出来ることに感謝し、そんな彼女の発する熱は共演者やスタッフを巻き込んでいく。

一方、輝には爽歌の熱烈なファンが未だに暴力に訴えてくるのだが、それを輝や その仲間たちが暴力で対抗しているのが気になる。加害者と被害者だろうけど、全員 傷害の罪を負うだろう。輝側の問題を描いているのかもしれないが、解決策もないし、和解もないまま。

大河ドラマの撮影は、まず いつの間にかに爽歌が主役なのが気になる。私の読み方だと主演ではなかったような気がするが、いつの間にかに主演になっている。失声が原因とは言え降板していたら、もう二度と爽歌の芸能界での活躍の機会は無かったかもしれない。そして大河ドラマ内で未成年のラブシーン撮影とか屋内のセットで船を大炎上させるとか、どうかと思うシーンが続く。
更に爽歌はアドリブで髪を切り落とす。燃え盛る炎の中で1回しか撮れないシーンを勝手にやる爽歌。しかも髪を切り落とすのが日本刀で、本物を使用して撮影しているという設定に唖然とする。ここは憑依型の爽歌の特性を出すシーンなんだろうけど、この暴走で色んな人に迷惑を掛けているのではないか。リアリティを考えてはいけないのだろうけど、消防法とか撮影順は大丈夫?とか変な描写に対してツッコんでしまった。


た、いきなり爽歌が出演した歴史上の人物たちが彼女と輝の前世になっているのも白ける。本書は1ページ目から大きな流れが予告されていたが、ボーナストラックのような第3部で後付け設定丸出しの安直なアイデアを使用したことが作品の価値を下げたような気がする。感動や壮大さを作者が狙い過ぎている。

この恋を特別なものにしようという過剰な演出やモノローグが寒々しく思う。特に後半は運命に負けなかった2人を前面に出すために、モノローグが大袈裟すぎる。輝の『16巻』の言葉じゃないけど、もっと普遍的な、爽歌を ただの一人の女の子として扱い続けて欲しかった。


の世界の大河ドラマは何月から始まって何月で終わるのか よく分からないが、作中で秋になり高校最後の文化祭回となる。大河ドラマで注目を集めた爽歌は間違いなく国民的女優になるが、学校内の生徒たちは彼女のことを応援するからこそ遠巻きにしてくれた。

だから爽歌と輝は普通の高校生のように最後の文化祭を心から楽しむことが出来た。これも爽歌が記者会見で言った通り演技で結果を残し、バッシングを翻したからだろう。そして文化祭まで押しかけてきた週刊誌のカメラマンに対しても爽歌は度胸を見せ、カメラマンに胸を張って主張する。この場面は大変なスキャンダルを1回経験して、それを乗り越えたことで、将来的に2人がゴシップに流されないことを描いたのだろう。


歌は、記憶の回復や女性としての幸福を経て完全体になった。だからこそ日本中を感動させる演技を見せ、これにより一足先に高い評価を得ていた同じ年の天才女優・葵エリカと対等な立場になる。第3部は正直どうかと思う部分があるが、爽歌が完全に覚醒したことでエリカへの道が拓けたという連鎖性は好き。

爽歌の成長を きちんと描いたから対決の舞台が開幕する。それ以外の人の成長は…。

エリカと爽歌が演じる舞台の原作は池山田剛先生の『萌えカレ!!』全7巻・小学館(笑) このヒロインをサヤカが務め、ライバル女性をエリカが演じる。爽歌の抜擢はエリカの指名なのだが、役の優先権を持っているといってもよいエリカは原作では振られる女性ライバルを選んだ。普通に演じればサヤカに観客の注目が集まっていく。エリカの狙いは何か…?

稽古中、エリカは幸福感に満たされる。彼女は その飛びぬけた才能から周囲と歩調が合わなかった。だがサヤカはライバルとして相応しい唯一の人。だからサヤカが芸能界で成功し、人気と実力が備わるまでエリカは待っていた。それには4年の月日が必要だった。


語は全7巻の原作の『5巻』の内容。三角関係になった男女3人の物語で、原作とは違い、ダブルヒーローの新(あらた)が存在を抹消され、宝(たから)エンドで終わる。

だがラストシーンでエリカが仕掛け、切ない女心を表現して結末をひっくり返す。エリカはアドリブを仕掛け、この舞台をマルチエンディングを迎えられるようにした。初日はエリカに騙される形のなったサヤカだが2日目は ひっくり返りそうな物語を自分側に引き寄せることで本来の結末にする。

3日目以降も「公演のたびに結末は変わった」らしいが、おそらく3日目以降は物語に破綻が生じるだろう。そもそも2日目までも自分の役で どれだけ悲劇のヒロインぶれるかという計算高い女でしかなく、切なさやドラマ性を感じられない。最終日なんて女性同士で殴り合いに発展していて、どちらも欲深いようにしか見えない。

サヤカが最終日までエリカの期待通りの演技を見せたことに彼女は満足する。そしてサヤカもエリカとの芝居が楽しく、彼女たちの間に同業者としての連帯感や友情が生まれた。この関係は戦友とかいて「ともだち」と読むらしい。


ストは卒業式。この日の登校前に爽歌と輝は、爽歌の両親の眠る墓前にいた。2人での墓参りのシーンは初めて。そして中学で出会った2人が同じ学校を卒業するのは高校が初めてとなる。

卒業ということで進路が示されるのだが、優等生の ちひろ と忍は同じ大学、輝はバスケの名門大学に推薦合格(高校でも ほぼバスケしてないけど…)。爽歌は女優業に専念するようだ。これだけの長編なのに進路問題は雑に扱われているのが残念。

卒業式の答辞は なぜか輝。少女漫画の答辞は壇上でプライベートなことを話しがち、というのは少女漫画あるある ですが、輝は恋愛のことばかり話す。本編でバスケもせずに恋愛ばっかりしていたから仕方がない。でも以前も書いた通り、世界=学校生活が爽歌と輝のためにあるような印象を受けて あまり好きではない。これを輝の周囲の人たちが褒め称えるのも気持ちの悪い世界観だ。

忍は高校最後の日に ちひろ を待っていた。そして『14巻』の大事な試合で外してしまったシュートを入れることで高校生活の悔いを解消し、ちひろ への永遠の愛を誓った。物語の配分が爽歌7割、輝2割、ちひろ と忍で1割になっていて残念。明らかにダブルヒロイン体制が崩壊している。