池山田剛(いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第13巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
別れを決意した爽歌がとった行動は…?その時、輝は? お互いの距離が縮まり、戸惑いつつも想いを募らせてゆくちひろと忍。4人の数年に渡る恋に遂に答えが出る…?絶対必見の13巻! 編集者からのおすすめ情報 ついに、ついに記憶が戻った爽歌の行動に大注目!! 記憶喪失編、クライマックスへ!!
簡潔完結感想文
- お別れのための最後のデート。彼を意図的に傷つけて2年の空白アゲイン!?
- 離れゆく2人を近づけるのは それぞれのライバル。誰もが応援したくなる恋。
- 練習してないバスケが賭け事の対象になる。池山田作品で一番 苦手な展開。
描きたかったシーンを描けている幸福と充足感に溢れる 13巻。
この『13巻』は作者が ずっと描きたかったシーンの連続だと感じた。爽歌(さやか)が純粋に輝(ひかる)に向き合えなくなり別れを選ぶ最後のデートや、そこから再度 離ればなれになってしまいかねない2人を助けるのが それぞれの同性ライバルであるとか描いていて楽しいだろうなぁと思った。
これは別に作者が嗜虐的とかドSとか意地悪とかでなく、恋愛が上手く場面よりも、恋愛が こじれてしまう場面や、恋愛成就をサポートする場面の方が描いていて楽しいような気がする。特にデビューから ここまでの数年間、ずっとトップランナーで駆け抜けている作者は、分かっている結末よりも、そこに至るまでの過程を どう描くかに面白さを見い出しているのではないか。
相手に塩を送るような真似をする巧(たくみ)と ちひろ は、それぞれに本物の強さを爽歌と輝の中に認めて、彼(彼女)なら相手を託せると思って、身を引くばかりでなく、相手の背中を押しているのが良かった。自分も その人のことが心から好きなのに、相手の気持ちを痛いほど知っているから送り出せる彼らの対応と精神が綺麗だった。
特に ちひろ は過去には輝に(『8巻』)、そして今回は爽歌に自分の気持ちを正直に伝えて、その上で相手の幸せを願っている。不安もあって爽歌が自分のことばかり考えているから、ちひろ の態度は聖女のように思えた。この時は ぶつかり合う女同士の友情を描くのも作者の一つの目標だったはず。一度 本音で衝突したからから2人の友情は強固になる。それぞれに事情があり、本音を言えて、真の友情が成立するのが全18巻中13巻という遅さが逆に良い。
そして前半の中学生編の全てを伏線に変えてしまうような展開の連続にも目を奪われる。最初から作者は2人の別れを見越して中学生編のシーンを切り取っており、それが別の意味を持って繰り返されて伏線は回収される。そうやって自分が仕掛けた伏線を拾い上げていく作業は、苦労も多いが達成感があり楽しいだろう。
『13巻』は爽歌と輝の別れと告白という忙しい内容になっているが、そのどちらも過去の爽歌のシーンが二重写しになって意味を持つのが素晴らしい。こういう技巧を惜しげもなく さらりとやるから池山田作品は評価されるのだ。特に『1巻』1話の2人の出会いのシーンの時の台詞には そんな意味も込められていたのか!と今になって分かる構成は鮮やか。
このシーンを描くために この作品はあるというシーンの連続で長編だからこその楽しみが味わえた。
ただ後半で いきなりバスケットボールの地区大会が賭けの対象になったのは不快だった。何度も言うけれど輝はバスケ部所属であるものの練習をしているシーンがない。それなのにバスケ選手に俺は なる!とか大会で優勝できなかったら恋を諦めるとか突然の宣言に戸惑うばかりだ。爽歌が女優だから それに見合う立場=スポーツ選手というのも安直だ。爽歌は輝が どんな職業であっても輝らしさを持っていればいい。職業で人を選ぶ感じが低年齢の少女漫画的な差別のように思う。
そして集団のスポーツを賭け事の対象にするのも嫌だ。個人競技なら白黒が付けやすいが、チームプレイに自分の願いを託すのは ちょっと違う。作者はデビュー以来ずっとヒーローにスポーツをさせているが、本書は その中で最もスポーツ描写が少ないのに、いきなり賭けの対象にスポーツを持ってきて唖然とした。スポーツ漫画作品なら許される展開を少女漫画に安易に持ち込むことで作品世界が台無しになっている。少年漫画で それが成立するのは彼らが青春をスポーツに捧げているという説得力があってのことだ。聡明な作者なら自分の作品での説得力不足は分かるはずなのだが、どの作品も大会の優勝を大団円にしている。
自分が強く影響を受けた様々な作品のエッセンスを上手い具合に消化していく作者だが、スポーツを舐めていらっしゃるの?というスポーツ漫画の真似事だけは好きになれない。
記憶喪失中のこととは言え、輝を裏切ってしまった爽歌は その罰として輝に会わない決意をする。最後に一度だけと未練が生まれて輝を呼び出す(なんで?)。
記憶が戻ってから輝に向き合うのは初めてで2年ぶりにデートでは、輝の言動一つで涙が出そうになる。しかし今は記憶が回復したこと秘密にしたままで「サヤカ」の人格で輝に対応する。だが爽歌の無理は何となく輝に伝わる。
爽歌は自分をいつも見てくれている輝という存在に感謝しつつ、最後のキスを交わす。そして巧との結婚が決まったと嘘をつき、今後の芸能活動のためにも好意を寄せる輝ではなく、巧との将来を選んだことを冷淡に告げる。嫌われるようなことを言うことで爽歌は輝へ傾いてしまう自分の気持ちを断ち切ろうとしていた。
別れの時は笑顔で、それは中学生の爽歌が立てた演技プラン(『4巻』)。その通りに爽歌は立派に女優として やりきった。あの練習シーンが初めての意図的な別れの前振りだったなんて。
離れていくカップルがいたら、近づくカップルが出てくるのが本書。ちひろ は忍への気持ちが抑えられなくなる。気持ちが落ち着かないのは忍も同じ。恋愛の恨みを恋愛で晴らすようなことをしていた自分に別れを告げ、ちひろ の元へと走る。
今回の ちひろ は輝に何かトラブルが起きたことを感知しても以前のように彼を支えたりしない。なぜなら輝は一度 立ち直っているから。だから彼を信じて彼に寄り添わない。そうしないと また同じことの繰り返しになってしまう。今回は決然とした態度を取ることで以前との気持ちの違いが表れている。
忍は ちひろ に裏切られても、それでも ちひろ への愛が自分の胸の中にあることを思い知った。それは中学時代から変わらない忍の姿勢。そして忍は近々 開催される大会の決勝で当たる輝のチームに勝つことで、輝への劣等感を克服し、ちひろ への告白を予告する。
爽歌は輝とも巧とも関係を断つつもりでいたが、巧は恋愛ではなくビジネスパートナーとして爽歌を支え続ける。こうしてサヤカは女優としてのキャリアを順調に詰むことが出来た。爽歌も自分の夢を応援してくれた輝のためにも女優業に邁進する。
記憶が戻ったことで爽歌を娘として育てていた母の弟夫婦は、過去が詰まった思い出の品の輝から贈られた指輪と携帯電話を返却する。少女漫画で恋人から贈られた品は愛の結晶。爽歌は輝との別れを選びながらも、彼からの愛の品を肌身離さず身につける。
そしてサヤカと爽歌の記憶が統合したことでサヤカの演技力が飛躍的に向上する。ここからが本番。今ならライバル女優・エリカも認めてくれるだろう。
そんなことを知らない輝は偶然、巧と遭遇し、自分が爽歌にフラれたことを報告し、婚約したらしい巧に爽歌を幸せにしてやってくれと泣きながら懇願する。そして誰と結婚しても自分の爽歌への気持ちは変わらないと告げる。それは爽歌も言っていたこと。別れても一緒にいられなくても相手を想う強さが2人にはある。
だから巧は婚約の事実などなく、自分こそフラれたことを偽りなく輝に伝える。そして女優である爽歌は「演技」が上手いと輝に教える。巧は『11巻』で輝が躊躇なく崖下に飛び込んだ時点で男として負けていたと告げる。輝もまた巧の爽歌への愛が本物であることを知り、深く感謝をする。ちひろ も含め、ライバルたちが応援したくなってしまうのが輝と爽歌のカップルなのだろう。色々と迷惑も掛けているが。
輝は その足で爽歌に会いに行く。だが爽歌は演技を続行し、輝を傷つけることで彼に諦めてもらおうとした。しかし輝はそれを自分への試練に変換し、大会での優勝で爽歌に釣り合う男になると告げる。優勝しなければ諦めると言う。こうして輝にも忍にも負けられない理由が出来た。
そして約束通り2人の学校は決勝戦に進出し、対決することになる。ちひろ は自分が どちらの学校を応援するか悩み、爽歌は輝の元に帰っていいのか悩む。女性たちにとっても運命の日なのである。
決勝を前にして爽歌は、記憶の戻った報告と抱える悩みを両親の墓前で打ち明ける。そこで爽歌は輝が両親に度々会いに来てくれていることを知り、彼の愛の深さに打ちのめされる。
また爽歌は学校で偶然 会った ちひろ に記憶が戻っていることを気づかれてしまう。そして ちひろ は爽歌が勇気を持てず輝に戻れない、彼と向き合おうともしないことを知り叱咤激励をする。続いて ちひろ は爽歌が自分本位であること、間違いを やり直すことを否定していることを指摘し、自分が ずっと輝を好きだったという隠して通そうとしていた本心を初めて爽歌に話す。輝を幸せにすることは爽歌にしか出来ない。そして2人の幸せこそ今の自分の願いだと爽歌に伝える。ちひろ が爽歌に本心から そう言えるのは ここまでの紆余曲折があったから。忍に傾き始めないと偽りの友情になってしまうので、ここで彼女たちの友情は真に完成したと言えよう。長かった。
決勝戦当日、爽歌は仕事だったが抜け出して試合会場に向かう。最初から仕事を調整しろよとか、抜け出すなら最初からとか思わなくもないがドラマチックにするために必要な逡巡なのだろう。
試合の途中、輝は右手に、忍は右目に怪我を負う。だが負けられない戦いがここにある2人は試合に出場し続ける。
そこへ爽歌が登場し、試合中だと言うのに彼女の独擅場(どくせんじょう)となる。輝の位置から上にいる爽歌という配置は、初めての出会いとなった1話の屋上のシーンと同じ。そして ここで爽歌が輝に告げる言葉は、あの時の再現そのもの。ドラマの作中の台詞だが、それが今の爽歌の心情を的確に表しており、その台詞を爽歌が意図的に使うことで自分の記憶の回復を輝に間接的に教えているというダブルミーニングの演出が素晴らしい。
そして爽歌は高校生になって、記憶が統合されて初めて輝に好意を伝える。輝も自分の腕に装着しているリストバンドが初デート(『3巻』)で贈られた品だと言うことをアピールして試合を再開する。輝の奮起によって試合残り1分で輝の学校が僅かにリードするのだが…。