池山田剛(いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第10巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
2年の時を経て4人の恋が動き出す! 高校2年の夏、大抜擢されたドラマの成功で人気女優の階段を登っていく爽歌。そんな爽歌をうれしさと寂しさを抱えながら見守る輝。そんなとき偶然自分にそっくりな少女が写っている写真を見つけてしまった爽歌は!? そして忍とちひろも止まっていた恋の時間が動き始め…!?
簡潔完結感想文
- 学校行事 → 撮影 → 学校行事という人気女優の仕事に合わせた物語の進行。
- 少女漫画の文化祭はコスプレ回。いつもよりも地味になった彼女にドキドキ!?
- 暴言を吐きながら身体の一部が思わず反応しちゃう二重人格による沈黙の告白。
一方の幸福は もう一方の不幸。逆もまた然り、の 10巻。
振り回されるのは いつも男性キャラになる本書。輝(ひかる)は爽歌(さやか)の事情によって、順調にいけば高校も その先も彼女だけを愛し続けていったであろう将来が壊された。空白の期間があることによって、相手に好意を伝えられず、しかも相手に恋人がいるという絶望的な状況まで用意されている。爽歌に悪意はないものの輝は運命に裏切られた。しかし そんな逆境にも めげないのが男ヒロインである。
もう一人の男ヒロイン・忍(しのぶ)もまた思い描いていた高校生活は訪れず、初恋が苦い思い出になった。恋の相手だった ちひろ も忍への罪悪感があるため2人もまた、輝たちと同様に再会まで2年の空白がある。忍は純情を捧げた女性に こっぴどく裏切られたことで自暴自棄になり、まるで別人のように生まれ変わった。爽歌とは違う意味でのキャラ変だ。
2組のカップルの共通項や意図的な類似性の作り方が本当に作者は上手い。輝と爽歌の空白の2年間は忍と ちひろ の恋愛も動かないようにして、爽歌との再会後に全ての恋が連鎖的に動き出すという展開が よく考えられている。
輝は爽歌との間に誤解が生まれるが、彼女の心を守るために、それを訂正できない。だから再会後に近づき始めた2人の距離は再び離れる。
そんな輝たちの停滞期に対して動き出すのが忍と ちひろ の恋である。一方に身動きが取れなくなったら、もう一方を動かす。そうすることで物語は常に動き続け、それにより作品は読者に退屈する暇を与えない。ここがダブルヒロイン体制・群像劇の利点である。
そしてメインとなるカップルを交互に描くことによって作中で時間が流れる効果も期待できる。これ以前は忍と ちひろ が簡単には距離を埋められなかったから、輝たちの描写が多かった。そして彼らの日々を描くことで忍たちの気持ちの整理が出来る。今回、ちひろ が以前とは違って忍から、彼を裏切った自分から逃げ出さなかったのも、一定の時間が経過して勇気が生まれたからである。逆に ちひろ の描写を入れることで、輝たちの時間が動き出し、生まれてしまった距離を埋めることになるのだろう。その交互の動きが とても自然で心の流れが分かりやすい。
ラストの忍の「沈黙の中の雄弁な告白」が良かった。おまけまんがの一つのネタだった忍の特徴を これ以上なく上手く活かしている。被害者意識の忍は ちひろ に優しく出来ないし、ちひろ も忍の乱暴な部分に恐怖を感じる中、忍の特徴で彼を「可愛い」と思ってしまうほど気持ちが反転するのが良かった。暴力的な忍だったが純情な部分は変わりなく、以前と同じように彼へ好感を持つことが出来た。第二部で俺様キャラになった忍のキャラ変も、もう少しで終わりそうである。俺様キャラのいる作品は その無理な虚勢が剥がれていくところまでをニヤニヤしながら楽しむのが正しい鑑賞法である。
ただし『9巻』でも書いたが、中学生編と比べると物語がスローペースに見える。特に今回の文化祭回は『9巻』の修学旅行回との重複が見られる気がしてならない。上述の通り、作品には時間の経過が必要なのは分かるし、この2度目の初恋は、本物の恋愛成就であり大切に慎重に描きたい気持ちも分かる。
しかし やっぱり修学旅行回や爽歌の撮影シーンなど恋愛に それほど関係のない描写が多くなっている気がする。『うわさの翠くん!!』では練習シーンが少ないまま大会で優勝していたのに対し、本書の場合、爽歌のシンデレラストーリーを一歩一歩 克明に描きすぎていてバランスが悪い。
本書もまた作者の企みに溢れた作品だが、全18巻も必要だったかというと、そう思えない部分もある。この辺は1組のカップルの動きだけを追う必要のないダブルヒロイン体制の弊害が出ている気がする。私は作者の、極力 枝葉末節を取り除いた体脂肪の低い作品が好きだったので、今回は爽歌に多くのページを割きすぎていたバランスに欠いた体型に見える。
単純に長編作品の感想文では毎日のように同じ作品と向き合うので飽きてきただけかもしれないが。
輝は中学の担任教師、爽歌の両親が眠る墓地の場所を調べてもらい、お墓参りに行く。記憶を失っている爽歌が来られないから自分が来ようと決めたのだ。その輝の優しさと、自分たちの成長を見届けて欲しかったと涙する姿に胸を打たれる。死去から2年、今の爽歌の両親である弟夫婦は定期的に墓参りをしているだろうが、実の娘と会えないのは寂しかろう。
そんな爽歌はドラマ撮影の真っ只中。役に入り込み過ぎる爽歌は脚本を無視し、主演を食うような演技をしてしまうから最初は快く思われなかったが、やがて彼女の演技が周囲を巻き込んで「才能と才能が合わさって感化しあって新しいものが生まれていく」。この脚本家先生には終盤で もう一度タッグを組んで欲しかった。
キスシーンの撮影で爽歌は好きな人を連想するのだが、今の彼女の胸に浮かぶのは恋人の巧(たくみ)ではなく輝の姿。中学時代から爽歌はラブシーンで輝を思い浮かべていると話しており、それを聞いて輝は心を落ち着かせていた。記憶を失っても爽歌の演技に対するアプローチは変わっていないようだ。彼女の中で もう答えは出ている。
ドラマは高視聴率を記録し「サヤカ」の人気は一層 高まる。しかし その弊害で仕事が忙しくなった爽歌は数か月 高校に通えなくなってしまう。輝は爽歌と もう一度 気持ちを通わせるどころか、視線を交わすことすら出来ない状況となってしまう。
ちなみにサヤカの出演ドラマは初回視聴率17%を叩き出しているが、2020年代の芸能界モノの作品では視聴率やCDの売り上げなど、数字で その芸能人の価値を表すのが難しくなっている。アイドルモノならドーム公演などがキャパシティ的な最高峰で現実味のある目標になるのかな。
芸能界のターンの次は学校イベント。今回は高校では初めてとなる文化祭回。
当日、爽歌の仕事がキャンセルになり、空いた時間で爽歌はバスケ部の公開試合を見に行く。本書の中では輝がバスケをしている姿がレアである。繰り返しになるが輝が日々 バスケの技術を磨くような描写が欲しい。中学の時もだったが高校生編は特に輝が毎日、暇しているように見える。
会場で爽歌の姿を見つけた輝は彼女を抱え上げ、サヤカだとバレないよう変装をさせる。地味になった爽歌は中学時代の爽歌、輝が「星野(ほしの)」と呼んでいた大好きな女性そのもの。輝は そこに懐かしさと驚きを覚える。
この文化祭でサヤカと ちひろ の初対面となる。親友同士だった2人が2年以上ぶりに再会するのだが爽歌は ちひろ との思い出も忘れてしまっている。それでも ちひろ は爽歌と並んで歩く輝の姿を見て中学時代の再現だと思い、そこには忍もいたことも思い出す。その頃、サヤカの人気の上昇によって芸能界に疎い忍も、爽歌が戻って来たことを知る。それは ちひろ が失恋したのは爽歌のカムバックと同時期で、自分を裏切った ちひろ の恋は叶わなかったことを知る。
修学旅行と同じように文化祭で盛り上がる校内を2人だけで周る輝と爽歌。その途中で爽歌は輝の携帯電話を手渡され飼い犬の写真を見せてもらった際に、操作を誤って携帯電話に保存されている過去の写真を見てしまう。
そこに映っていたのは変装した今の自分と そっくりな女性の姿。爽歌は輝の過去の言動から、この写真の女性が輝が恋焦がれる「星野」という人だと思う。そして輝が爽歌を庇って倒れた際、意識朦朧として星野と名前を呼びながら爽歌にキスをする。爽歌には輝が自分に好きな人を重ねているように思え、不誠実だと彼を なじる。
中学時代の爽歌の仮想敵が ちひろ だったが、高校時代のサヤカの仮想敵は過去の自分になっている。そして自分とは知らず爽歌が嫉妬することで恋の輪郭は より鮮明になっていく。それは女装させられたハルカと親しげに会話を交わす輝を見た時にも湧き上がる感情。爽歌が誰に恋をしているかは一目瞭然。なのに輝は爽歌に真実を告げられないから言い訳も出来ないのが辛い。
ちなみにライバルと言えば同じ年の女優・エリカは海外進出を果たしていて日本での活動がない状態らしい。サヤカが芸能界入りしても会わないのは そのため。ちひろ との再会が遅くなったように、エリカとの再会は まだ先なのだろう。
この頃、ちひろ はファストフード店でアルバイトを始めた。そこで彼女とイチャつく忍を発見し、彼女は嫉妬のような感情を覚える。またホットコーヒーが ちひろ にかかりそうになると忍が助けてくれる。彼らは無意識に相手に惹かれている。
再び忍に助けられたことで2人に縁が出来る。ちひろ は その日のうちに忍の部屋を訪ね、彼の火傷の手当てをしようとする。だが ちひろ への憎しみを燃やすことで惨めさから目を背けている忍は、ちひろ の優しさを偽善だと断定し、再び彼女を傷つけようと乱暴を働く。その忍の手荒な行動に ちひろ は自分に優しく愛情を与えてくれた忍とは別人だと涙する。忍は ちひろ の切ない顔に弱い。これ以上 自分がちひろ を傷つけられないことを自覚した忍は、乱暴に彼女に帰宅を命じる。それ以上は自分を偽れないからかもしれない。
だが ちひろ は部屋から出て行ったが家からは出て行っていなかった。彼女の忍を心配する気持ちは本物で、火傷の手当てだけさせてほしいと願う。暴行を受けるかもしれない恐怖と戦いながら ちひろ は前へ踏み出した。もう自分の都合で忍を避けようとする弱い自分はいない。
ちひろ の泣いてまで手当てをしたい気持ちに忍も応える。こうして2人は久々に静かに向き合う。だが ずっと黙っている忍の耳だけが反応していることに ちひろ は気付く。忍の耳はうれしい時に動く。その間接的な告白、彼がずっと気持ちを変わらず持っていてくれていることを知り、ちひろ は赤面する。