- 作者: 山崎豊子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1994/02/01
- メディア: 文庫
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「宝華、万歳!」「初出銑、万歳!」万雷の拍手と大歓声が湧き起った。七年がかりで完成した日中共同の大プロジェクト「宝華製鉄」の高炉に火が入ったのだ。この瞬間、日中双方にわだかまっていた不信感と憎悪が消え去った。陸一心の胸には、養父・陸徳志の、「お前、いっそのこと日本へ」という言葉が去来する。
すれ違い続けた親子の対面は、悲しみの中で果たされる。だが、再会した二人は40年間という長すぎる年月の隔たりと、一心の出自・立場すら利用しようと考える中国側の意図によって、互いにぎこちなさを消せないのだった…。
対面の場面がドラマチック過ぎたり、親子だと分かってから顔の作りがそっくりと描写されたりと、多少は作為的なものを感じるものの、だからといってこの作品の価値は損なわれるものではない。戦争によって苦難の人生を送る松本勝男=陸一心の激動の40年余りを追う事で、日本(人)の戦争意識、戦争孤児、中国という国家とその変遷、中国人の姿、国家間事業の紆余曲折までも詳細に描ききっている壮大な小説であることは間違いがない。圧倒的なスケールのドラマで始まった1巻から、2・3・4巻と一気に読んでしまう小説としての面白さに加え、多くの学ぶべき事・学んでいなかった事に気づかされた。この小説はとても高画質・高画素の写真のようである。小説のどの部分を見渡しても背景がクッキリと写っており、写っている人の一人一人に生きる人間の激しい鼓動を感じる。
ラストで一心の下した決断。一心の決断の言葉、最後の言葉を読む度にゾゾゾッと鳥肌が身体を駆ける。そこまでの語られてきた一心の人生、小説の全てがこの言葉に流れ込むような一言だ。最初から最後までが素晴らしい。
最初はいけ好かない女性であった丹青は、最後の活躍もさることながら、彼女の華やかながら強かに独りでも生きる姿を知り、どんどん好きになった。また、一心が労改で出会った黄書海を何度も引き合いに出すので、てっきり登場するのかと思っていたら最後まで出てこなかったのは意外だった(ネタバレかな?)。彼は中国という国家の闇に、その存在を飲み込まれてしまったのだろうか…。
解説の中のインタビューの引用文にある「国民自身の戦争に対する健忘症」という山崎豊子さんの言葉が、3巻の感想で私が述べたかった言葉で、この言葉を胸に刻んでおこうと思った。戦争をしない事と、戦争を知らない事は全く違う。戦争を二度と起こさない為に、戦争の悲惨さ・無情さ知らなければならない。この小説は、そのキッカケとして読まれるべき小説であると思った。