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君がいない夜のごはん

君がいない夜のごはん

今日も真夜中のキッチンで私は電子レンジの「あたためスタート」ボタンを押す。 人気歌人穂村弘の「食べ物」をテーマにした異色エッセイ集。料理ができず、味音痴で、飲食店にひとりで入れない……、という著者の奮闘する姿に思わずニヤリとさせられるものの、「自分もそうかも??」と我が身を振り返ってしまうこと必至です。


穂村さんの「食」周辺エッセイ。と言っても、ほむほむ(※穂村さんのニックネーム)という人は寝床で横たわりながら菓子パンをはむはむとするような人だから、「この名店の料理は絶品」とか「余り物で技ありレシピ」なんて言葉は一切出てこない。実用性は全くないが、読めば他者を通して相対的に自分の食に対するスタンスが再確認できる、そんな本である。

穂村エッセイは鋭敏な観察眼によって日常に隠された「落とし穴」の存在を毎回、我々に教えてくれる。本書でも「そんな所に!?」と驚く数々の穴の在り処が自他のエピソードと共に紹介されている。例えば「小梅とイチジク」では、穂村さんが一日三十個無心で食べていた干しイチジクのその袋に「虫混入の場合あり。各自注意せよ(を丁寧にした言葉)」との注意書きを見つけた瞬間、イチジクへの情熱は暗い穴の中に消滅したという怖い話だ。『夢の「ふわふわ」』でのお祭りの屋台の商品の様変わりで感じる隔世の感・異国性・食べ応えや、反対にお祭りでも支出への対価を求める夢のなさも当世風の問題だ。また異性との食事での注文時にも落とし穴への注意を怠ってはならない事は繰り返し警告される。店員への対応、注文の内容、好き嫌いの把握、夏がだめだったり、セロリが好きだったり…、恋の一歩手前、見極め期には好き嫌いは簡単に否めちゃうのだ。

ただこの「落とし穴」が好意や好感といった感情でも作動する事を忘れてはならない。自己流の食べ方で意気投合した時。他人の食への譲れないこだわりが垣間見られた時。初めて口にした食べ物のあの衝撃。この世界はまだまだ思いがけない明日が待っている事を忘れてはならない。

本書の中で告白される穂村さんならさもありなん、と思った数々の苦笑を誘う子供っぽいエピソードには呆れ笑ってしまう。たまにする食器洗いは皿の表面しか洗わないとか、妻がいないと来客にお茶も出せないとか。皿にかかったラップを半分だけ剥がして、その隙間から箸を入れて食事するとか、父親からのお土産のイチゴは全部ヘタが取ってあったりする50歳手前の男性なのだ(出版時)。

読書中に考えたのは、穂村さんの父世代、穂村さん世代、『生まれたときからハーゲンダッツ』世代、どの世代が一番幸せなのかという事と飽食日本の行く末である。スタートラインから美味しい物に囲まれた若者たちが成長し、老いていく中で食への楽しみを見出せるのか心配になる。また食の細分化が進み、イメージ先行のお洒落フードばかりが持て囃されるが果たしてそれが良い事なのか判断がつかない。「本当にそれ美味しいと思って食べてる?」というヘルシー・お洒落優先の食べ物がメディアによって助長され過ぎである。『人間は本来、本能的にカロリーが高い食品を見抜けなければならない』と言っていたのはラジオ番組でのTBS安住アナだったか(うろ覚え)。本能さえ抑制してしまうお洒落フード優先主義が、日本にとって落とし穴でないように願う。

君がいない夜のごはんきみがいないよるのごはん   読了日:2012年07月05日