- 作者: 北村薫,宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2011/01/10
- メディア: 文庫
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「しかし、よく書いたよね、こんなものを…」と北村薫に言わしめた、とっておきの名短篇。穂村弘「愛の暴走族」、川上弘美「運命の恋人」、戸板康二「酒井妙子のリボン」、深沢七郎「絢爛の椅子」、松本清張「電筆」、大岡昇平「サッコとヴァンゼッティ」、北杜夫「異形」など、目利き二人を唸らせた短篇が勢揃い。
北村さんと宮部さんの編によるアンソロジー第三弾。本書は三部構成になっていて、それぞれテーマ別に分かれているらしい。前二作に比べると、本書は作家さんの年齢にバラつきがあるのが特徴でしょうか。個人的には何といっても、「穂村弘」さんの選出が嬉しい限り。宮部さん、そして北村さんに選んでいただけるなんて…、と本を開いてすぐ感激しておりました。
愛についての第一部と、詩的な第二部に続いては、人の心とその変質に迫ったのだろう第三部は本シリーズの通常営業といった感じだった。前作で感じられた時代の持つ暗さ、昭和的な重苦しい空気は感じられないが、人の心に訪れる「魔」が幾つも現れていたように思える。特に「悪魔」は、図鑑で昆虫の写真を触らないようにするように、読み返す時に文字に触るのも拒否したいぐらいの嫌悪感が生まれた。これが私の「よく書いたよね、こんなものを…」大賞受賞作です。ラストシーンが頭から離れない。
題材の選び方やその扱い方、文章そのものの力や重さなど、私が通常読むような本とは違った感覚が味わえるのが本書の醍醐味。読みにくさや同時代性の問題などあるが、小説の奥深さ、世界の広さを改めて知った気分。いつか自分でアンソロジーを編めるぐらいの読書量を目指そう。頑張れ自分。
第一部
- 「愛の暴走族/穂村弘」…いちばんこわかったことは何か…。このシリーズで初めて既読の短篇、というかエッセイ。北村さんと穂村さんの繋がりを知って大変嬉しい。『本当はちがうんだ日記』収録。
- 「ほたるいかに触る/蜂飼耳」…冒頭の穂村さんに引っ張られているけど、この「食べないでください」という一文は『絶叫委員会』入りの「都会の詩」だ。詩人のアンテナの感度はすごいな。
- 「運命の恋人/川上弘美」…恋人が桜の木のうろに住みついてしまった。5ページでこの満足感。変な話を作ろうとか、幻想的な世界観を出そうといった気概のないナチュラルな文章。おとぎ話のようだ。
- 「壹越(いちこつ)/塚本邦雄」…かつてのように彼女と氷の上を滑ろう…。解説対談を読んで考えたのは、書道に絵画的側面があるのと同様に、文章や小説にもそういった視覚的要素からの世界観を創り上げることも可能なのだろう。白の中に浮かび上がる赤。
第二部
- 「「一文物語集」より『0〜108』/飯田茂実」…書名通り、たった一文なんだけれど読み手に数多の感情を呼び起こさせる。短篇、あるいは長編に成り得る物語を一文に集約する贅沢。忘れられない。
第三部
- 「酒井妙子のリボン/戸板康二」…小説・舞台「婦系図」と現実において人の恋路を邪魔するものとは…。弱みに付け込んで相手と別れさせるいい歳した男たち。語り手とは初対面なので言動の予想外の面白さは味わえなかった。基本的に宮部さんって男性キャラにはミーハーですよね。
- 「絢爛の椅子/深沢七郎」…情けない父親に代わって完全犯罪で警察に一泡吹かせようとする少年…。この少年は読み手からすれば非常に幼稚で稚拙な犯行なんだけれども、だからこそ薄ら寒い。簡単に犯罪に、命に手をかける動機があってしまう。現実の事件を想起してまた一段と寒けを感じた。
- 「報酬/深沢七郎」…人が遭遇する「魔」について…。どの魔もカラッとした晴天の下に現れている様で、描写も淡々としているから一層怖い。歌手・一青窈さんの「江戸ポルカ」の曲中の「極楽まくらおとしの図」という歌詞は本篇収録の短編集だったのか!と一人で合点。
- 「電筆/松本清張」…日本の速記術の創始者・田鎖綱紀の評伝…。物語は盛り上がりそうで盛り上らない。なぜなら田鎖は忘れ去られた先駆者だったから。私は無知ゆえに、松本清張を本格ミステリの敵ぐらいに思っていたが、『ここにあり』に続いて彼の筆力に平伏している。小説、集め始めようかしら。
- 「サッコとヴァンゼッティ/大岡昇平」…アメリカで死刑判決を言い渡された2人のイタリア人は…。短篇としてはやや眠たかったが、集団・時代の怖さ、陪審員制の危うさ、個人の強さが詰まっている。赤信号を皆で渡ってしまう可能性があるのが陪審員制度なのかと怖さを感じた。
- 「悪魔/岡田睦」…教師である私は生徒の庄田くんの向ける視線を感じるが…。これも忘れられない! 最後の描写は鳥肌モノ! 一級のホラー作品だ。早熟といえば早熟な精神の、だからこそ目的のために手段を選ばない行動の数々。学校における孤立無援の彼女の描写も絶望の一部になる。
- 「異形/北杜夫」…山小屋で出会ったのは奇妙な印象を与える人物で…。山荘ミステリなのかもしれない。得体の知れない人物との会話は嫌悪感があるのに逃れられない圧力と緊張感があり、そして2度読み確実。解説での北村さんの言葉を考慮しなくてはならないのは分かっているが、こんな展開が許されるのは、この人物の容貌がアレなのでは、という点だけが気になる平成の人であった…。