- 作者: 畠中恵
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/12/01
- メディア: 文庫
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お江戸長崎屋の離れでは、若だんな一太郎が昼ごはん。寝込んでばかりのぼっちゃんが、えっ、今日はお代わり食べるって? すべてが絶好調の長崎屋に来たのは福の神か、それとも…(「茶巾たまご」)、世の中には取り返せないものがある(「ねこのばば」)、コワモテ佐助の真実の心(「産土」)ほか全五篇。若だんなと妖怪たちの不思議な人情推理帖。シリーズ第三弾。
シリーズ3作目。もし、短編の並び順が作者の意図・計算によるものだとしたら感服(私の深読みかもしれないが)。本書では前半の短編のエピソードや印象が後半の短編で感動やミスリーディングを誘う、という構成になっている(気がする)。
実は前半2編の一太郎は他人の商家の事件に首を突っ込む暮らしは揶揄を込めて「坊っちゃん」に思えてならなかった(一太郎が事件に関わる経緯はあるものの)。一太郎は事件から世の不幸や悲しみを見るが、彼自身には心強い仲間もいるし、いつも温かい家もある。事件解決の経費や妖(あやかし)たちのためなら財布の紐は緩みっぱなしだ。第1作では生来の虚弱体質によって実年齢よりも精神年齢は高いと思っていたが、なんだか巻を重ねる毎に幼くなっているように思えた。
けれど、もしかしたら前半部分は全ては4編目5編目のための前置き・目眩ましだったのだろうか。4編目「産土」ではお金の価値を知らない温室育ちの一太郎に厳しい罰が当たったのかと思い焦った。そして5編目は本書の中で幾度も語られていた男と女の関係、夫婦の関係の総決算である。一太郎初めての実感としての胸の痛み。緩やかだが本シリーズの中で時間は着実に経過している。少年は大人に変わり始める。一太郎もいつまでも「坊っちゃん」ではないのだ。
余談:毎度、日限の親分が道化で可哀相だ。長崎屋の面々ばかり格好良い。
- 「茶巾たまご」…一太郎の兄・松之助が惚れられ入り婿の話が。しかし相手方の店は傾き、相手は見合い前に倒れて…。あれれ、あらすじが2作目1編目とほぼ同じ。動機を語る時の犯人の空虚な目が目に見えるようだ。私が背筋が寒くなるような思いをしたら、一太郎が寝込んだ。健康が異常事態の一太郎(笑)
- 「花かんざし」…ある日迷子の女の子に出会った一太郎。女の子に家の事情を聞くと「帰ったら殺される」と言う…。夫婦となった男女の関係性の話。健やかな時も病める時も互いの為に尽くすのが夫婦だが…。今まで影の薄かった一太郎の母の天然っぷりが全開。妖による妖探知機が推理を限定するのが面白い。
- 「ねこのばば」…表題作。猫を奪還しに向かった広徳寺で僧の死体が見つかる。更に横領事件も発覚し…。妖が見える僧が登場。今後も強敵(?)の予感。この僧、漫画「百鬼夜行抄」の住職に似てる。犯人の行動原理は妖の祟りを信じればこそ。寺が舞台なのに動機は娑婆気(しゃばけ)たっぷり。なるほど、題名は(反転→)猫の婆(←)で(→)猫の糞(ばば)(←)転じて(→)ねこばば(←)なのか。
- 「産土」…若だんなの店が傾き始め、旦那が信じるだけで金が溢れる信心に手を出す。しかし共に信心を始めた者たちは倒れ、遂には…。佐助の回。2作目5編目の仁吉の回に続いてヤラれた。「なぜ相方を呼ばない!」と思ったら…。冷静に考えれば、シリーズとして続刊があるのを知ってるのに手に汗を握りしめた。傾いた店を助ける為に佐助がした事も一種の(→)ねこばば(←)だ。犬神なのにな。
- 「たまやたまや」…幼馴染み・お春の夫となる男の素行調査を独り行う一太郎。しかし何故かその男と共に拉致・監禁されて…。推理小説の他にも青春小説・恋愛小説の匂いがする短編。本書の中でも男女や夫婦の機微を見てきた一太郎。早く彼の思い人を見てみたいような見たくないような。幼馴染みたちは自分の道を見つけ歩き始めた(お春はバージンロード)。一太郎も天井ばかり見ていられない。