- 作者: 中田永一
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2010/08/31
- メディア: 文庫
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「人間レベル2」の僕は、教室の中でまるで薄暗い電球のような存在だった。野良猫のような目つきの美少女・百瀬陽が、僕の彼女になるまでは―。しかしその裏には、僕にとって残酷すぎる仕掛けがあった。「こんなに苦しい気持ちは、最初から知らなければよかった…!」恋愛の持つ切なさすべてが込められた、みずみずしい恋愛小説集。
A1(エーイチ)先生の正体が、Z1(オツイチ)先生なのかは真偽不明だけど、私がこの小説を好きなのは絶対の真実。これまでの経験から自分の中に湧き上がる感情をセーブ、もしくはデリートする事を覚えてしまった主人公たちが、その感情を「好き」だと素直に認めるまでの物語。自己否定から始まるのに最後は「好き」を、世界を肯定して終わる前向きな小説。だから、A⇔Zでも先生が好きだッ!
どの短編も「好き」までの距離を描いた作品だが、どの短編も男女2人の関係・設定が一風変わっている。彼は彼女に恋をしている振りをして、彼女は別の男に恋をしていない振りをする1編目。海難事故から助けた者と助けられた者は、今でも溺れたままの2編目。3編目の秘密を握る側と握られる側の関係には、どちらもまだ口にしていない秘密があった。この3編目は他短編と違って主人公に強い自己否定の要素がない。4編目はウソカノを作り上げてしまった者と、ウソ自己を作り上げた者の関係がややこしく拗れていく様子を描く。
本書は共通項の流れがあったように思った。1(編目)と2は命を助けられた者の話で、2と3は先生と生徒、3と4は二重生活。で、4と1がかけがえのない友人かな? 無理に共通点を探す事もないが、どの短編も冬の光景が印象的だった。外気の寒さと反対に密かに熱を帯びる心。そのコントラストがまた「好き」という感情の一層際立たせている。一番に好きな作品は「なみうちぎわ」。収録作の中でも特に「好き」という感情に戸惑ってしまう特殊な関係性を温かく見守った。
A1先生がZ1先生と同人物という説を私は採る。証明は難しいけど、1編目の用語「人間レベル」なんてテイストとしてZ先生の作品に通底する発想だし、Z先生の地元・福岡の描写も怪しい。しかし何よりも重要なのは私の琴線にバシバシ触れるという事だ。琴線という物は結構、当てになる。あとは各短編に照れ隠しのように配置されるミステリ要素だろうか。飽くまでスパイス程度に効いている仕掛けなのだが、これが実にZ先生言う所の「ついやってしまう演出」っぽいのだ(特に3編目)。覆面作家としての二重生活、私は見抜いてますよ、先生(3編目)。
- 「百瀬、こっちを向いて。」…表題作。先輩の浮気の隠れ蓑として、その浮気相手・百瀬の彼氏役を演じる事になった僕だが…。本来の意味とは違う「ウソカノ」生活。男の「恋愛フォルダ」の作成という意味で、森見登美彦さんの『太陽の塔』を連想。並行して読んでいた漫画『坂道のアポロン』との共通点があって、脳内映像はあの絵になった。
- 「なみうちぎわ」…昏睡状態から目覚めた私には21世紀の世の中が何もかもが変わっていた…。北村薫さんの『スキップ』と『ターン』を足して2で割ったみたいな設定。最も輝かしい時をスキップしたはずの彼女の淡々とした語り口に嗚咽してしまった。自分の感情の正体を見極めるのは4編中で一番難しい作品。
- 「キャベツ畑に彼の声」…とあるキッカケで国語教師の秘密を知った久里子。以後、先生と頻繁に会話を交わし始め…。上述の通り、一番普通の恋愛小説。しかし作品が作品に、設定が現実に呑み込まれていく構造は普通ではない。燃焼熱は393キロジュール。この短編は作者の告白か、それとも誤解大作戦か?
- 「小梅が通る」…傷付く事を避ける為に作り上げたもう一人の自分。化粧で塗り潰したのはその美貌と心だったが…。1編目の用語「人間レベル」が高すぎても人生は楽ではない。化粧で素顔をメイクダウンさせる変わった技術&処世術。アホの子のお陰で何とも言えない味わいのエンディングが生まれた。