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村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)

村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)

1899年、トルコ。遺跡発掘の留学生村田君の下宿には、英国の女主人、ギリシャ、ドイツの若者がいて熱い交流があった。宗教、民族、国家の根っこから人間を見つめ、その喜びと苦難を描いた新スタイルの青春小説。町中に響くエザン(祈り)。軽羅をまとう美しい婦人の群れ。異国の若者たちが囲む食卓での語らい。虚をつく鸚鵡の叫び。古代への夢と憧れ。羅馬硝子を掘り当てた高ぶり。守り神同士の勢力争い…。スタンブールでの村田の日々は、懐かしくも甘美な青春の光であった。共に過ごした友の、国と国とが戦いを始める、その時までは…。百年前の日本人留学生村田君の土耳古滞在記。


本書は、『家守綺譚』(以下『家守』)の姉妹編ともいうべき作品。この作品も今から100年前の物語である。しかし、100年前の話でありながら、1000年前、3000年前、そして「今」の話でもある(特に9.11後の世界情勢)。これは人間が信仰を持ち始めた時から始まり、現代にも通じる普遍の人間の歴史である。『家守』が天地自然の「気」との交歓の話だとすれば、本書は古今東西の神々との交歓が描かれている。
書名の『村田エフェンディ滞土録(たいとろく)』の意味は、村田が主人公の名前、エフェンディは学問を修めた人物に対する敬称、滞土録は土耳古(トルコ)滞在記という意味。亜細亜欧羅巴が交わる土耳古の地で、日本人の村田の下宿する家には女主人のイギリス人に、下働きのトルコ人、考古学の発掘調査に携わるドイツ人・ギリシア人の下宿人がいる。それぞれ国籍も信仰・宗教もを異なる者たちが一つ屋根で暮らしている。本書では、その信仰や宗教が一つのキーワードになっている。色々な条件・出来事が重なり、村田の住む部屋に古今東西の神々が次々に舞い込む。神々たちは最初こそ諍いを起こすものの、やがて一つの部屋で静かに同居する。これら神々の姿勢と、自らが信じる唯一絶対の神を掲げて争いを繰り返す人間との違いが際立ち、哀しい。一つの部屋では神々が、一つの家では人間たちが、互いを認めあって生きていた。彼らは親友であり、家族であった…。
土耳古を舞台にしながらも本書は日本(人)の話でもある。『家守』が内側から見える日本の内面だとすると、本書は外側から見る日本の輪郭である。手法は違えど、どちらも「古き良き日本(人)」が描かれている。『家守』はしみじみ読ませるが、本書は所々に暗雲は見え隠れするものの、どちらかというとほのぼのした話であった。が、終盤にきて一転。最後の感情の揺さぶられ方は『家守』」以上であった。最終章は胸が苦しくなって、遂には嗚咽してしまった。
ラストで村田の学友であった『家守』の綿貫・高堂が出てきたのは嬉しかった。そして、アレが「家守」だなんて…、と鳥肌が立った。今回も梨木さんの身体に染み入るような文章は変わらないが、本書では非常に含蓄のある言葉が多くあったように思う。上でも述べたが、本書は現代にも通じる話である。再び宗教対立の様相を呈す世界の中で、覚えておきたい言葉がいくつもあった。

村田エフェンディ滞土録くむらたえふぇんでぃたいとろ   読了日:2006年09月19日