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家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

それはついこの間、ほんの百年前の物語。サルスベリの木に惚れられたり、飼い犬は河童と懇意になったり、庭のはずれにマリア様がお出ましになったり、散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第のこれは、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねている新米知識人の「私」と天地自然の「気」たちとの、のびやかな交歓の記録。


内容は題名の通り、今は亡き大学時代の友人の実家を、その家の者に代わり守る事になった学士・綿貫征四郎のお話。彼が庭や家の周りで遭遇する奇妙な体験を書き纏めた書物として物語は始まる…。
変な話ですが、私が日本人であるという事をとても思い知らされた。私も日本人の端くれとして日本語の美しさが沁み入るのだな、という事が分かった一冊です。この本は一冊で一年の時が巡ります。季節毎の描写の美しさは秀逸の一言。時が着実に過ぎているのを天然自然のものはしっかりと分かっているのです。私的には、春は竹の秋。この短い言葉にやられました。描かれている世界は死んだはずの友人・高堂が掛け軸から現れるし、狸に化かされ、小鬼が庭に棲みつく奇妙な世界。しかし一篇目の「サルスベリ」から魅かれるものがあった。そして一篇一篇読み進める内に、いつの間にかこの世界にどっぷり浸かっている。一篇毎に、庭にあるもの一つ一つに名前がついて、それを心底愛しく思う。私の心にも庭が「出来る」のである。そこはとても品がある世界、とてもゆったりとした世界。
隣のおかみさんとの会話、犬のゴローとの交流、人とそれ以外の者とが渾然一体となって語られている物語が心地良い。そして物事をありのまま受け容れる綿貫がまた良い。人間としてとても正しく思える。はっきりとは時代も場所も明記されておらず、所々の暗示しかない。しかし、考えたり調べたりする事によって、いつなのかどこなのかの察しがつく。頻繁に出てくる「湖」が私も知っている場所であると知ったときには驚いた。このような箇所も奥ゆかしくて好きです。思えば、100年ほど前の事が珍しく映る。現在では食材を炭火であぶるのは特別であり、高級である。しかし、それが普通であった時代があったのだな、と思わされた。
追記:同じく百年前の世界が舞台の『村田エフェンディ滞土録』を読んでから、本書を読み返すとなお面白い。「村田〜」もこの綿貫が書き纏めたのかしら…?と思う箇所がありました。

家守綺譚いえもりきたん   読了日:2005年02月22日