天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第09巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
同じ想いがすれ違う。恋は臆病で、欲張りだ。「知ってよ、オレのこと。もっと沢山」九条が柳のマンションにまさかのお泊まり。お風呂にベッド…2人きりの夜、誘惑の連続に柳は!!その上お泊まりが柳母にバレ、ついには祖父母にまで…!?一方、柳には他に好きな人がいると誤解中の九条。柳との関係を進めようと行動を起こす…!!素直になれない柳の高校時代を描いた番外編も2話収録☆
簡潔完結感想文
- 突然の お泊り回からの実家訪問。尚人のことを知りたい美琴は以前と姿勢が違う。
- 第三者から見れば壮大な すれ違いコントでも当人にとっては切実な叶わない片想い。
- 出会う前の過去も、無関心だった時代も、そして この先の将来も尚人の全てを知りたい。
相手の「好きな人」に負けないぐらいの好きを育てる 9巻。
『8巻』から ようやく美琴(みこと)が尚人(なおと)を好きになるターンが始まり、今回も その続き。そして『9巻』は『8巻』以上に、美琴が尚人の「好きな人」を気に掛けている。『8巻』の感想でも書いたけれど、美琴に尚人や相馬(そうま)・桃香(ももか)と同じ気持ちを味わわせるために必要な過程だろう。読者や第三者からは壮大な すれ違いコントを演じているように見える2人だけど、一生懸命な恋をしている。だから皆 応援したくなるのだ。


美琴以外の3人は例え自分の想う人が自分に無関心だったり、自分以外の人を好きでも自分の中の気持ちを封印したりしなかった。特に相馬と桃香は自分の恋愛が絶対に上手くいかないことを知って尚、好きな人に気持ちを伝える勇気があった。その踏み出した一歩が彼らの成長と達成感になっている。だから ここまで恋愛に無関心だった美琴も同じ成長を手に入れるために しばらくの間 自分の恋心が叶わないという疑似体験をする必要があるのだろう。ヒロインだけ障害なく恋愛が簡単に成就するのではなく、メインキャラ4人に同じ種類の試練を与えていることが作者の親心のように感じられた。
また作中で二度目のイベントが起きることで1回目と2回目の差異が際立っていたように思う。例えば美琴が尚人の実家に招かれるエピソード。1回目は高校生の時、2回目は大学生の時となっており、その間に美琴が尚人へ好意を抱くようになったため、1回目より2回目の方が美琴が断然 前のめりの姿勢でいることが伝わってきた。
今の美琴は、尚人の過去は ただあるものではなく、自分が知りたいこと。だからリビングから尚人の私室に移動しても彼のアルバムを見続け、「好きな人」の情報を貪欲に入手しようとしている。それだけでなく自分から自発的に探りを入れて尚人の「好きな人」や卒業後の進路のことを聞き出そうとしている。アルバムという過去、好きな人という現在、そして進路という将来、そのどれもが今の美琴は知りたい。
『9巻』から白泉社らしい御曹司ヒーローの身内が続々と登場し、彼らによる身辺調査があったりして忘れていた身分差などが議題に出てきそうな気配がする。中盤は似たような話が多かった記憶があったけれど、読み返して感想を書いてみると ちゃんと意味があることが分かる。白泉社作品で そういう感想を持てるのは珍しく、それは良作という意味に等しい。キャラが可愛いだけでなく同じことを繰り返さないから楽しめた。
デートっぽい1日の終わり、美琴が自宅の鍵を忘れ、家に入れなくなる事態が発生。夜を越す手段ない美琴に尚人は自分の家の提供を申し出る。否定されるかと思いきや美琴は受け入れる。美琴の警戒心の無さを説教したいが、そうすると話が流れてしまうのが惜しくて尚人は黙っているのが実に人間らしいジレンマだ。
美琴も時間差で好きな異性の家にお泊りする現実を受け止める。美琴の料理を2人で食べたり、ピアノを一緒に弾いたり、風呂上がりの美琴の髪を尚人がドライヤーで乾かしたり、恋人っぽい時間が流れる。しかし互いに照れてしまい意識するばかり。
意識するから尚人は友達という予防線を引き、その予防線に美琴の胸は痛む。尚人のベッドを借りることを拒否していた美琴だが髪を乾かされながら寝てしまい、尚人は彼女を自分のベッドに運ぶ。尚人はソファで眠る。尚人のシャツを着て朝食を作る美琴。交際前から同じ朝を迎える2人。
そこに息子が実家に帰ってこないことに怒っている母親が乱入。息子が部屋に女性を連れ込んでいる現場を目撃して別の怒りを覚える母親だったが、その相手が息子の古くからの知人である美琴だと知り驚く。尚人が美琴に執着していることを知っている母は、美琴を食べ物で釣り、今度は実家に彼女を連れていく。
美琴は母親から尚人のアルバムを見せられ、彼の黒歴史を次々に知っていく。ここで尚人の父親が初めて作中で話題になり、この後の登場が予感される。昼食後、尚人はデザートを買いに走らされ、美琴は母親と姉と女子トークに華を咲かせる。そして母親たちは美琴の気持ちが尚人に向かっていることを確認し、尚人の長年の想いが届く可能性があることを知る。
母たちの追及から逃れるために尚人は美琴を自室へと対比させる。そこで尚人は寝不足から眠ってしまい、前夜とは逆で眠った尚人に美琴が触れようとする。突然、目の前に美琴がいることに驚いた尚人は美琴に襲われると勘違い。新たな黒歴史を作っていく。


続いては相馬の誕生日回。サークルメンバーでサプライズパーティーを開催するはずが、藤本が相馬にも連絡しており相馬が企画を知ってしまう。相馬は気を回して企画会議に背を向け、遠くからサークルメンバー、特に美琴と尚人の姿を認める。まだ胸は痛むが、彼は知己となったメンバーと離れる気はない。
当日も会場にいつ入っていいか悩む相馬だったが、彼のナチュラルなツンデレ態度にメンバーは満足する。美琴は用事のため欠席。それが相馬にとっては救いだったりする。しかし用事を終えた美琴は会場に駆けつけてくれ、祝いの言葉をくれた。その真っ直ぐな態度に相馬は救われ、美琴との後腐れが無くなった感覚を覚える。この感情は桃香も同じだろう。時に邪魔しながら彼らを祝福する、それが失恋組2人の姿勢となったようだ。
相馬の実家の民宿に続き、尚人の祖父母が経営している旅館に向かうサークルメンバー。宿泊料金が随分 違う気がするが、そういうことは描かれない。宿泊前に尚人が「彼女を連れていく」という誤情報が母親によってリークされ、祖父母は その女性をマークする。
美琴は親族から品定めを受けるが、彼女自身は尚人の彼女=本命の好きな人と考えて落ち込む。だから尚人に直接 好きな人に問い質し、尚人は美琴の反応が見たいがために、まるで美琴以外の誰かのような素振りをして好きな人がいることを告げる。尚人にとっては美琴への愛が詰まった半分以上 告白のような吐露なのだが、美琴は自分だとは思わないからショックを受けてしまう。第三者から見ればコントなんだけど、当人たちは切実、というのが この2人の恋愛のこじらせ方だろう。
自分のせいで美琴が落ち込んでいることを分からない尚人は、様々な手段を使って美琴の ご機嫌を取ろうとする。美琴は感情が出にくいし、感情の動きも独特なので、確かに尚人が彼女と結婚したら色々と気を遣う人生になりそう。でも それも幸せだと感じるのが尚人のアホで素敵なところだと思う。
今回 宿泊した旅館は尚人の実家のルーツとも言える場所。なので尚人の将来像が語られる。尚人は父親の跡を継いで経営者になる道を確かに考えている。けれど小5で美琴に指摘されてから、彼は自分の力で何かを成し遂げたい。美琴は自分の道を決めているから、尚人は その悩みを吐露することすらも情けなく思える。でも今の美琴は尚人の どんなことでも知りたいと思っていて…。
「ラストゲーム 特別編・1」…
高校時代、美琴が自分に惚れ、それを断ることを目的としていた頃の尚人の話。本編でも尚人の実家に顔を出していた美琴だけど、本編にあったように高校時代が初の訪問。だから尚人の母親は美琴のことを覚えていた。美琴にとって尚人の家は行くと寿司が出てくる、で覚えられていなければいいと思う。今回 過去と現在の2回の訪問が対比できることによって美琴の心情や関心の変化が読み取れると思う。
「ラストゲーム 特別編・2」…
高一のバレンタイン回。女子生徒から山ほどチョコを貰う存在の尚人は、週3回勉強する仲になっている美琴からのチョコを待望している。単価がチロルチョコよりも安いものでも美琴から渡されたチョコはプライスレス。
同年のホワイトデー。美琴はチョコを渡したことすら忘れていたが尚人は悩みに悩んで お返しを購入。喜んでもらえたが、美琴のことしか考えられず、他の女子生徒への お返しを忘れていた。頭の中は美琴一色、という お話。