《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

嫌いよりも遠い、好きと正反対にいる自分に無関心な相手を振り向かせた偉大な男。

ラストゲーム 11 (花とゆめコミックス)
天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第11巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

10年前君が変えた僕の世界に今、君がいる。「―――勝負しよーぜ、九条」 父にアメリカ行きを急かされた柳。九条と話そうとするが、柳の好きな人の存在に落ち込む九条は電話をとれない。連絡が取れぬまま、柳は空港へ。その頃、相馬から柳アメリカ留学の話を聞いた九条は……!?最終巻、2人の勝負の結末は!? 特別編3本収録!

簡潔完結感想文

  • 離れ行く尚人に執着する美琴や、左手の薬指の指輪など1巻を想起させる場面が続く。
  • 10年の猶予に対し交際期間は半年間限定。遠距離状態はラブコメにならないので割愛。
  • こじらせた人は「好き」を認めるまで10年かかる。なら次のカップル成立はアラサー!?

手の薬指に指輪をはめるためには あの場面が必要、の 最終11巻。

改めて本書が凄いと思うのは、ヒロインの美琴(みこと)のスタート地点が嫌悪ではなく無関心なことではないか。本書が美琴が主人公ヒロインの物語で、1話目から「大嫌いッ!」と叫んでいたら平凡な作品になっていただろう。でも本書は尚人(なおと)という男性主人公の物語で、本当に最初は美琴が尚人に関心を持っていないところから始まっている。大嫌いだけど気になるヤツ、ではなく、同級生であることも忘れるような存在、からの恋愛成就は、少女漫画市場に残る大逆転劇じゃないかと思う。

交際後に祝福されないのは皆 飽きてるのと、最終回に祝福の場面が待っているからか

逆転と言えば『1巻』の感想文でも書いたけれど、御曹司ヒーローと庶民ヒロインのシンデレラストーリーを、通常とは逆に男性側から描いたことで同じシチュエーションが全く違って見えることが手品のように不思議に思えた。
そして御曹司ヒーロを この世界の頂点に君臨させないことも良かった。既存の白泉社作品はヒーローの絶対上位という男尊女卑があったが、本書は努力ヒロインが1位の座を譲らない。そしてヒーロー側である尚人もまた努力をし続けているという設定が良い。

最初は美琴を見返す、という歪んだ願望から成長を誓っていた尚人だけど、いつしか美琴(やライバルの相馬(そうま))に負けない自分でいられるように恵まれた出自と自分を切り離して成長しようとする。本書は恋愛物語だけど尚人の成長物語であり、だんだんと彼が彼らしくいる場所で温かな仲間と普通の青春を過ごしていることが嬉しく思えてきた。

御曹司がヒーローの作品の王道展開である後継者問題や身分の差、ヒーロー側のトラウマなどが ほとんど登場しないのも異質な部分だろう。これらの読者に受ける部分を敢えて回避したことが、本書が独自性を最後まで失わなかった理由になっている。もし尚人の父親などが若いカップルに試練を与えてきたら、ほら始まったと辟易したことだろう。作者が そういう絶妙なバランス感覚を最後まで失わなかったことが嬉しい。

おそらく遠距離恋愛編も描く余力や能力、人気があったけれど それを割愛したのも素晴らしい。本書はラブコメ という基本のスタンスを忘れず、自分の物語の切なさに呑み込まれずにいてくれたことに感謝したい。遠距離恋愛中、そりゃあ尚人は煩悶として奇行を重ねていたと思うけど、会えない日々では解決できない。それに その未来があっても2人は一緒にいることを選んだのだから、すぐに泣いて弱音を吐かれては困る。遠距離時代は読者が想像すればいい。想像できるだけの材料は作者が揃えてくれている。


々 3回の短期連載として描かれた作品だから今回は2回目の最終回と言える。だから意図的に『1巻』の短期連載部分と重なる部分が用意されているし、短期連載では描けなかった本当に左手の薬指に指輪をはめる場面まで描くのは作者(と尚人)の実現できないはずの夢の実現となっているのだろう。

ただ最終回が2回あるので、美琴の心の動きも重複している。なので読み方によっては、美琴は女王様気質にも見える。ずっと尚人を無自覚に 付かず離れずの距離で はべらせて、彼が遠くに行くと分かると焦る。そんな強気な幼なじみみたいな一面があるようにも見えてしまう。勿論、作者は長期連載で美琴が どうして恋愛に動こうとしないのかをしっかり描いているから、その読み方は意地悪すぎるのだけれど。


終回は結婚式。ここで それぞれのライバル役だった相馬と桃香(ももか)の現状が語られる。社会に出ても2人とも良い相手に巡り合えていない。特に相馬は自分の好みを追求して見た目を含めた表面上の交際をしてしまいがちで、交際が長く続かないという。これは本編中の誰かさんと同じ現象。

となると相馬もまた自分で認めたくないだけで、自分の本質を突いてくる、目の上のたんこぶのような女性が理想の相手ということにならないだろうか。身内カップルを妄想する痛いファンみたいで何ですが、結局 相馬の相手は桃香の可能性が高い。桃香は美琴と逆で恋愛に前のめりであるけれど、彼女もまた素を出せないから失敗が続いている。

尚人が自分の恋心に気づくまで数年を要し、その間 純粋な恋心に必死に抵抗していたように、相馬も出会いから数年経過しないと恋を自覚しないのだろうか。本書において人を好きになるのは、自分の素顔を認めてくれる人。田舎者だろうが人工美人だろうが それを承知で気にしない人。そういう気の置けない仲の人は学生時代までに出会っていないと難しい。

主役カップルが10年愛を実らせたように、相馬たちも出会いから10年が必要なのかも。18~19歳の頃に出会った2人が結ばれるのは28歳頃か。アラサーになって素直になる大人の恋は第二章で描かれる(なんてことはない、はず)。ただし最終回時点で相馬たちは25歳前後。そろそろ恋心に気づいて、長い長い駆け引きが始まっても不思議ではない。


リスマスに美琴の言葉で父親の跡を継ぐことに迷いがなくなった尚人は留学に向けて動き出す。自分の目の前のハードルをクリアすることで告白に弾みを付けたい尚人だったが、留学にあたって雑事が多く美琴を放置。美琴は尚人と疎遠になると寂しさを覚える上に、尚人と女性の交流を目撃して「好きな人」だとショックを受ける。

留学手続きが完了し告白に動こうとする尚人の連絡を意気消沈している美琴は無視。困惑する尚人に父親が声を掛け、明日にもアメリカに出発すると決定事項を述べる。後継者として歩き出した尚人には私情を挿む余地はない。

翌日、美琴は尚人からアメリカ行きを聞かされた相馬を通じて彼の出発を知る。自分は尚人に伝えなければならない話があると痛感した美琴は考えるより先に身体が動き出す。

美琴の尻に火を付く場面であり、相馬が それとなく美琴の背中を押す場面でもある

港で尚人の姿を見つた美琴は叫んで彼を立ち止まらせる。駆け寄った その勢いのまま美琴は尚人に告白する。自分の頭の中の想いを一気呵成に全て伝えた美琴だが、尚人は今回の渡米は下見だと告げる。
尚人は嬉しいが勝つが、帰国したら自分から想いを伝えようと思っていたので計画が狂ったことに落胆。それでも尚人も情動に身を任せ、ずっとずっと言えなかった美琴への想いを素直に口にする。美琴は予想外の尚人の告白に戸惑うが、遅れて喜びが込み上げて彼に抱きつく。尚人は充足感に包まれ、美琴へキスを提案。これが両想いを実感する行動になり尚人は美琴を持ち上げ狂喜乱舞する。

2人の両想いは今更感がありサークル内で大きく取り上げられることはない。ただ一つ尚人が気になっていたのは相馬が美琴を扇動した疑惑だった。尚人の渡米の日、相馬は まるで尚人が留学するかのように美琴に切迫した状況を伝えたが、彼自身が誤解していた訳ではない尚人は考えている。相馬の最初で最後の後押しによって もどかしい両想いは成立したようだ。


想いに浮かれる尚人は美琴の愛を確かめたいし一秒でも長く一緒にいたい。そして正式なデートが予定される。美琴がデート場所に選んだのは牧場。尚人の思い通りにならないデートとなるが、それは美琴が恥ずかしさを持て余していたからでもあった。これまで何度も手を繋いできたが恋人繋ぎを許される関係になった。いやらし意味ではなく尚人は美琴としたいことが いっぱいあるに違いない。

一緒にいられる期間は半年。でも半年後の尚人の人生に大きく影響を与えたのは美琴。恋人になる前から2人は尊敬し合う関係だから離れる決意が出来たし、その愛は簡単に揺るがない。だから寂しさを覚えることもあっただろう遠距離恋愛期間は割愛される。本書はラブコメなのだ。


終回は約5~6年後の2人の結婚式の日。元サークルメンバーが久々に集合し、社会に出た彼らの職業や生活が明かされる。美琴や相馬が行くような公立大だから皆 良いところで働いているようだ。

相馬は さすがに恋愛をしているようだけど、うまく続かない。これは尚人みたいに美琴がずっと好きだから、ではなく、大学以降の後天的モテなので本人の気質と合致しない部分があるらしい。相馬のステータスに惹かれる人は段々と違和感を覚えて離れていく、という悪循環に陥っている。
これに対し肉食女性を見抜けない相馬が悪いとコメントするのはアナウンサーになった桃香(ももか)。失恋組の相馬と桃香は くっつくかと思われたが くっついていない。お互いに素顔を知っていて失望しない、という点では悪くない相手なので将来的に どうなるか。彼らの恋愛も出会いから10年後(アラサー)からが勝負か。尚人たちと違って、色々と異性からの需要が無くなって大事な人に気づく、という大人の苦い恋愛になりそうだけど…。

尚人は最高で最幸な一日でもイジられキャラ。そして現実主義の美琴と夢のある結婚式を挙げるために尚人は多大な苦労をしたらしい。結婚をしてから2人は名前呼びを始める。これからは夫婦としての関係性の変化が幸せになるのだろう。
結婚式で尚人が美琴と左手の薬指に指輪を はめること。それが この「ラストゲーム」の終了の合図。今は美琴から差し出される手、彼女の心からの笑顔。それは尚人が美琴に愛を注いだ結果。その美琴の幸せを ずっと守れるか、それが尚人の新しい人生の目標となる。

ラストゲーム 特別編・1」…
君の名は。』のような身体の入れ替わり劇。特殊な状況でも大学の授業を受けたい美琴の希望もあり、2人は それぞれ自分の身体の服を脱着することに。主に尚人が混乱している。下世話な話は全くないし、ノンフィクションではなかったというオチ。

ラストゲーム 特別編・2」…
サークルメンバーによる女子会は少女漫画で恋愛を学び、男子会はギャルゲーで恋愛を学ぶ話。このギャルゲーのキャラを『機械じかけのマリー』の あきもと明希さんが担当している。教えられると確かに あきもと作品のキャラにしか見えない。

ラストゲーム 特別編・3」…
人気キャラとなった相馬の話。尚人もそうだけど天文サークルだけじゃなくて他の世界があることを前提としているので この世界の風通しが良い。ともすれば白泉社選民思想紙一重になってしまいがち。

「おまけまんが」…
名前で呼び合うことが自然になってきた頃の夫婦の話。この出来事は尚人が美琴を幸せにするんじゃなくて、尚人は一生 美琴に感謝し切れないほどの幸せを貰うことになるだろう。これは負けていい試合。