
天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第02巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
打倒九条を誓い苦節10年、ライバル心がいつしか恋心に変化した柳。大学生になり九条にプロポーズまがいの事を言ってしまうが、九条の反応は!? そんな時、天文サークルに入った九条と柳の前に、九条狙いのイケメンが現れ!? 読切「わすれ雪」併録。
簡潔完結感想文
- サークル加入や学校イベント、尚人のお陰で美琴の世界が徐々に広がっていく感覚が◎
- 連載のために極端な人数と性格のキャラを追加しないのもいい。固定メンバーが十分。
- 作者の性癖と技巧が爆発している読切短編。これを読むだけでも『2巻』の価値あり。
10代の意地っ張りヒロイン(小娘)とは違うのです 2巻。
元々3話の短期連載だったものが続編が決定し、再び3話分短期連載が始まったが その途中で連載へと移行したらしい。「難しいことは考えずに楽しく読んで頂けるような作品」という作者のコンセプト通り、どこから読んでも どこを読んでも面白い作品になっている。また続編や連載化によって世界が広がっていく感覚を受けるし、それによって多彩な登場人物が増えて作品に奥行きが出た。それはヒロインの世界の広がりで、彼女が その世界に対して戸惑い、順応しようと努力するエピソードとの関連性の高さも良かった。
白泉社作品で散見される、御曹司ヒーローが努力ヒロインを好きという構図なのに、それらの作品と違って悪い意味での もどかしさやイライラを感じないのは、ちゃんと本書が前進しているからだろう。3歩進んで2歩下がるのではなく、2歩後退してから3歩前進するという順番も良い。男性主人公の尚人(なおと)が美琴(みこと)からの見返りのすくない毎日に絶望して一度は逃亡するものの、彼の日々の頑張りは最後で報われる。その手応えがあるから尚人は美琴への想いを継続してしまう。美琴が これを計算してたら とんでもない魔性の女だけど彼女には そんな計算が出来ない自然体な姿が読者には分かっている。
私が白泉社作品で どんどん苦手になっているのは強気なだけのヒロイン。自分の気恥ずかしさを隠すために暴力的になったり、相手を平気で罵倒したり、相手への敬意を失ったりする2000年代の10代ヒロインには辟易することが多くなった。
しかし本書は男性主人公なので視点が入れ替わっているし、美琴が ちゃんと尚人の長所を認めているのが良い。鈍感で恋愛経験値がないから その気持ちに名前が付けられないだけで、美琴は頭から尚人を否定するのではなく、自分の一つの目標として尚人を置いている。その美琴の相手に対する敬意や好意が滲んでいるから本書は どこを読んでも面白いのだと思う。


反対に尚人が男ヒロインとして美琴を罵り、自己肯定感や自己評価を低くしているという欠点もあるのだけど…。ただしフォローするならば『2巻』の作中で描かれていた通り、尚人は美琴の等身大で自然体の部分に惹かれている。だから着飾る必要も化粧する必要もない。そして さすがに20歳を超えてからは彼女の人格を攻撃するようなことはない。この辺の10代とは違う大学生の落ち着きの上で成立する関係が読者に心地良さを与えているのではないかと思う。
現実離れした御曹司との恋も良いが、普通の学園生活の中で起こる現在のシンデレラ劇のような静かな気品が受けたのではないか。白泉社らしくもあり、らしくない作品。その異質さがヒットに繋がったのかもしれない。
短期連載から定期連載に移っても設定リセットや時間の巻き戻しなどなく、短期連載の最後、20歳の大学生の時に勝負を持ち掛けた翌日から話は始まる。
この時、尚人は美琴の中に嫉妬心があることを見抜いているから勝利を確信していて余裕。しかし美琴は10年かかって、関係性に名前が付けられなかった尚人を友達として認識しただけだった。
美琴は、友人の藤本 しおり(ふじもと しおり)から所属する天文サークルが学園祭の手が足りないことを聞かされサークルに加入するという。過去に尚人は美琴へのテニスサークル勧誘を失敗しており、自分の言葉が軽く扱われていることにショックを受ける。後で語られることだが、これは美琴が自分と母親しかなかった世界を広げる意思を見せたことが影響しているだろう。尚人が誘った1年生の時は視野が狭かったのだ。実際、この後サークルに加入して美琴の世界は広がり、それにより母娘の会話にもバリエーションが生まれているのが良い。
本当は美琴は藤本から尚人の勧誘を頼まれていたのだが、尚人は それを聞く前に過剰な被害妄想で逃亡していた。尚人の行動がヒロイン側で粘着質だったら とても読めない作品になっていただろうけど、本書では尚人は賢いアホという前提があるから笑って読める。
そしてアホの尚人は藤本にも即座に恋心を察知され、そして上手い具合に手のひらで転がされる。美琴がサークルの酒の席で かなり飲まされていると聞かされた尚人は彼女の救出に向かう。限界を超えた美琴が目の前で眠り、尚人は彼女を負ぶって帰る。その際に美琴のサークル加入の裏に自分の存在があると聞かされ、尚人はまた希望を抱く。そして尚人も天文サークルに加入する。それもこれも藤本の計画であることを尚人は知らない。
天文サークルの面々に加えて、尚人と美琴と同時期に後輩の1年生の相馬 蛍(そうま けい)が加入する。相馬は この学校で尚人と並び称される人気物件らしい。等身大・親しみやすい・かわいい、と評判の彼が天文サークルに入ったのは美琴が目当て。
この大学の学祭は春に実施される。新歓も兼ねているため尚人、そして相馬の加入は天文サークルにとって僥倖。プラネタリウム喫茶を開く 学園祭回が始まる。


尚人は美琴と一緒にいるためにサークルに加入したが、目の前で相馬が美琴に ちょっかいを出すのを見せつけられ神経を削られる。自分よりも早く下の名前で呼び合う関係性となっていることも尚人はショック。尚人が美琴に相馬の危険性を説いても彼女は偏見だと尚人の上からの忠告に拒絶反応が見えて また落ち込む。しかし自分も周囲も相馬が美琴に本気だとは思えない。むしろ相馬からは尚人への敵意を感じる。
実際、相馬は恵まれた環境の尚人が嫌いで、その尚人の大切な人だから美琴に近づいた。尚人の傲慢さに共感してもらおうとする相馬だったが美琴は今の尚人の良さを たくさん知っている。10年前の出会いの頃とは違い彼女が自分の長所を認めてくれている、その事実で尚人は舞い上がるが、美琴の前ではクールを気取る。
相馬の尚人への恨みは自分がド田舎出身というコンプレックスを抱えていたから。生まれた瞬間からシティボーイだった尚人が羨ましくて尚人を苦しめたかったらしい。
学園祭の頃には、尚人の美琴への報われない想いはサークル中に理解され、相馬は遅々として進まない関係性を からかって楽しむようになる。イジられ御曹司である。
美琴は喫茶店のウェイトレスをする際に藤本から化粧を施される。美琴は化粧によって自分の容姿が褒められ、他者の対応が変わることを新鮮に思うが、見た目によって態度を変えることへの違和感を抱いていた。一方、尚人は学祭を美琴と一緒に回る野望を抱いていたが、自分が客引きとして余りに有能なため2日間の学祭中、何もなく終わる。
自分の意気込みが相手に伝わらない虚無感に襲われる尚人は やさぐれて、化粧姿が好評だった美琴に調子に乗るなと嫌なことを言ってしまう。そういう言葉が美琴の自己肯定感や自己評価を下げてきたのだが、美琴は見た目でチヤホヤされることに違和感を抱いていた。だから尚との どんな姿でも お前はお前という言葉に安心感を覚える。それは尚人の前では自然体でいられる ということで、そう語る美琴の晴れやかな表情に尚人はまた惹かれる。
サークルは大学の「人気物件」である尚人と相馬目当ての女性で溢れかえる。美琴目当ての男性もいるが、化粧という魔法が解けた美琴に幻滅して脱落する。サークル内では騒がしさに嫌気を覚える人もいるが、美琴は新しい人との交流にワクワクしていた。しかし人付き合いを理解していない美琴は浮く。
そんな美琴をフォローしたい尚人だったが、女性たちの前で美琴と懇意にしていると彼女に害が及ぶと判断して今度は自分から完全な友達宣言を発表する。その言葉に予想外にショックを受ける美琴。自分は尚人を数少ない大事な友達だと思っていても、交友関係の広い尚人から見ればone of them でしかないことを思い知らされた。
その精神的ショックと日々の過労を気づくのは、美琴のことを友達以上の気持ちでずっと見守っている尚人。美琴の頑張りが尚人に追いつきたいという気持ちと知って喜び、無理をし過ぎる性格の美琴の手綱を握る。やはり美琴が自然体でいられるのは尚人の前で、彼女は安心して尚人に身体を預けて眠ってしまう。
尚人は男目当ての女性たちを振るい落とすためにサークルへ顔を出すのをしばらく止める意思を見せる。それは美琴の心理的・時間的な負担を減らしたいという尚人の想いなのだが、自分の活動休止に美琴は興味を示さない。苦労が浮かばれない尚人は そのことにショックを受ける。尚人の活動休止を知り、女性たちの人数は1/3まで激減。尚人と相馬の人気比率は2:1なのだろう。
メンバーの増員を第一目的としていた藤本は一時の人気獲得を目指した自分の浅はかさを反省する。そして美琴も個と個ではなく集団での自分の社交性の無さに悩んでいた。でも この一件を通して天文サークルのオリジナルメンバーの仲は深まったはずだ。
尚人の活動休止から5日、藤本は方針を転換し尚人に戻って来てもらう。それが美琴の嬉しさに繋がっていることを尚人は知り、また増長する。少しずつ社交性の低さなどの自分の欠点を見つめ直している美琴に比べて、尚人は成長しない(だが そこがいい)。
「わすれ雪」…
厭世的な思考を持つ友(とも)は、物心ついた時から常に一緒だった1学年下の都(みやこ)の存在に常に苛立っていた。しかし都は親の離婚により一週間後アメリカに発つ。この関係が終わることに対して友は安堵しつつ、寂寞を覚えていて…。
これは よく出来た読切短編! ここから長編化しても茨の道しか見えない続編はないだろうけど、読切短編だからこそ出来る構成で読者にとって忘れがたい作品になっただろう。報われない想いを抱える男性キャラが描きたい作者の性癖を織り込みつつ、そこに再読必至の仕掛けを用意しているのが凄い。友にとって都は鬱陶しさの象徴であり、それでいて同時に誰よりも自分を救ってくれる存在。たった一人の大切な人と別れる友の辛さが読み返すたびに胸に迫る。本編の尚人に似たところが散見され、作者の性癖は本当に一貫していると感心してしまう。
