
天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第07巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
好きって、恋って、何だろう。絡まった恋が、解かれていく── 相馬は告白に動揺する九条を誘い、夏祭りへ。九条といい雰囲気だと調子に乗っていた柳は、デートを目撃し大ショック…で尾行!! 「嫌だよ、九条とこのままずっと友達なんて」それぞれの秘めた想いがさらけ出される中、九条がついに───!!!?
簡潔完結感想文
- 相馬の告白で恋愛ステージに上げられ、桃香により同じ土俵に上げられる美琴。
- ライバルの出現で焦る尚人への友達宣言。もう友達なんかじゃいられないんだよ!
- 望みがないから気持ちを封印しているのは美琴も同じ。原因は尚人という自業自得。
10秒間の鬼畜モードが10年間の関係性の膠着を動かす 7巻。
梃子(テコ)でも動かない尚人(なおと)と美琴(みこと)の10年間。その動かない関係性の周辺で相馬(そうま)と桃香(ももか)が動くことで物語に恋愛要素を供給し続けてきたが、ここにきて その2人の行動が主役たちにも影響していく。相馬は当て馬らしく、桃香はライバル役らしく動いてくれることによって変化が訪れる。本当に この2人がいなければ いつまでも同じことが繰り返されただろうと感謝するしかない。
今回は「同じ土俵にあがる」という言葉が印象に残った。相馬は尚人と住む世界が違うと思っていたが同じ土俵で美琴を巡る戦いをしているし、桃香は美琴が土俵にあがろうとしないことに苛立っていたが、力業で彼女を同じ視点に立たせる。相馬と桃香、後輩の2人にとって先輩が正式にライバルになることは今回の恋愛において心残りが無くなる一つの重要な要素だろう。
また冒頭でも書いたけど、今回 尚人は10秒の「鬼畜モード」を発動させていて、それが彼らの10年を動かす端緒となるという構成も良かった。尚人の鬼畜モードでの台詞が実は ちゃんと伝わっているのも、美琴が無自覚に尚人を恋愛対象として考え始めているからという理由も良い。そして もちろん背景に相馬と桃香が作り出した恋の嵐がある。
今回、尚人と美琴のトラウマや黒歴史が披露されている。順番が逆になるが美琴は、父親の突然の死別というトラウマから自分の家族を世界の限界にしてきたことが明かされる。そんな美琴に変化をもたらしたのは、父親と一緒に暮らした時間よりも長くなりかけている尚人との時間。他者に興味がなく、これまで継続的な関係が築けなかった美琴。小学生時代の同級生たちの名前は覚えてもいないし、大学で出会った藤本との関係も長くても1年半余り。そんな中、美琴の視界に10年以上ずっといるのが尚人。そんな尚人は美琴にとって「準・家族」であり、だからこそ大切で、だからこそ失いたくない人。そういう心理が働いて美琴は尚人への恋心の保持を無意識に否定してきた。


ここで本書らしいと思ったのは美琴が恋愛感情の否定を無意識に行うのは、尚人の彼女 = 自分とは正反対のタイプという刷り込みを尚人自身が行っていること。これは尚人が美琴に惹かれる自分を否定しようと、自分に相応しい女性との恋愛に邁進しようとした結果。こういう恋愛観は、最初の桃香の尚人への気持ちと同じだろう。自分に相応しいだけの、相手の人格を無視した恋愛をしようとしたから失敗した。
そして尚人の「彼女」になった人は、遠からず尚人との関係性が終了する、という尚人の恋愛遍歴もまた美琴に悪影響を与えていた。これが好きになったら彼は離れてしまう、という美琴の理論になり、より一層 美琴は尚人を好きにならないと恋心を封印していた。
この恋愛感情の持ち方と否定のしかたは、相馬における美琴への気持ちに似ているだろう。相馬は美琴が誰を好きか分かっており、だから不毛な恋愛に足を突っ込むような真似はしたくなかった。最初から上手くいかないことが分かっているから気持ちを封印する、それが2人に共通した心の動きとなっていた。
4人の恋愛観や黒歴史に共通点がチラホラ見えることが楽しい。
こうなると尚人の恋を妨害してきたのは尚人自身であるという結論になる。無害なアホイケメンだと思っていたけれど、自分にとって非常に有害な人物だというオチが笑えない。自分のプライドを優先するあまり、自分の将来を苦しめた。これが尚人の黒歴史だろう。10年前から好きになったのは美琴ただ一人なのに、恋愛遍歴だけはあるから、それが恋多き(≒ 恋が長続きしない)自分を演出してしまった。過去の愚かな行為に顔から火が出ることの多い尚人だが、これが最大の罪だろう。
しかし黒歴史やトラウマを本人が自覚・克服することは恋愛解禁の合図でもある。美琴がライバル・桃香の手を借りて恋愛の土俵に上がったことで いよいよ2人の関係も変化していく気配を見せる。ここまで長かったけど長すぎないし、一つ一つのエピソードに ちゃんと意味のあることが嬉しい。
尚人は調子に乗ると奈落に落ちる人生だ。美琴が自分を意識していると自惚れていたら、美琴の頭は相馬からの告白でいっぱいになっていた。
人生初の状況に美琴は熱を出し始める。それを察知した相馬は空気を読んで美琴と接近せず、自分は田舎にもう一日残る。そこで友人カップルを初めて祝福できて相馬はトラウマから完全に解放される。美琴の熱は父の死去以来。それだけ悩んでいたのだろう。一晩 眠ると美琴の体調は復活。しかし頭は相馬の告白でいっぱいのまま。
ある日、尚人は立ち寄った夏祭りで、並び歩く美琴と相馬を発見して愕然とする。相馬はトラウマを完全に払拭した影響からか、最初の告白よりも踏み込んで美琴に気持ちや願望を伝える。そして美琴をエスコートして夏祭りデートを満喫する。
美琴も さすがに相馬が自分に恋愛感情を抱いていることを理解し、そういう相手に どう対処していいか分からないから尚人から見ると男女の空気が流れているように見える。
夏祭りで美琴と別れた相馬の前に尚人は姿を現し、彼とサシで話し合う。そこで相馬が告白して返事を待っている状況だと聞かされる。しかし相馬は尚人に敵対心を持って過剰に反応したりしない。それは彼にとって告白が「記念受験」みたいなものだから。両片想いを認識しながらも、それでも言わずにはいられなかった。でも ここで相馬は、尚人にとって自分が自分で思う以上にライバル認定されていることを知る。尚人から見れば自分たちは親密に見えるし、同じ歩幅で歩いているように見える。それに尚人が合わせようとバイトを始めたり、彼が悪戦苦闘していることを知り相馬は嬉しくなる。
尚人は相馬の告白で自分も動いたりしない。これまでの失敗が足踏みさせるし、美琴の心情を思うと これ以上の混乱は彼女の負担になると考えているから。この辺は尚人は ちゃんと大人である。


桃香は4人の中では最も遅く相馬の告白を知る。桃香も相馬と同じようなもので最初は尚人が標的でステータス狙いだったのに本気になりつつあるようだ。この2人のお陰で尚人も美琴も好きになるに値する人という評価が作中で演出されている。
サークル活動では主に美琴を巡る尚人と相馬の三角関係が描かれる。尚人が他の2人の接近を許さないと美琴へのストーカー度を高めて、彼女を静かに監視し、それが結局、美琴のストレスに変換されている。尚人は大人なのだろうか…。
夏休みが終わり、大学の後期授業が始まっても美琴は平常心を失ったまま。告白された相馬、そして尚人への気持ちが整理できず、サークルに行くことが初めて負担になる。恋愛問題を持ち出されることで変化を恐れる美琴に起きてしまった変化である。
だから美琴は自分の進路を自分一人で決めたりする一方、尚人には ずっと近くでいてくれる「友達」という関係を半強制的に強要する。それは美琴との果てしない距離を感じていた尚人にとって残酷な言葉。だから美琴と友達ではいられない、と提案を拒絶し新しい関係性を構築しようとするのだけど、メンタルが弱っている美琴が その言葉に泣き出したため友達が延長される。それでも美琴は尚人の言葉に変化を感じ、彼との接触を断つ。美琴が珍しく逃亡ヒロインになっている。
娘の変化を感じ取った美琴の母親は尚人を呼び出して、自分が推察する娘の心理を尚人に伝える。それは父親の死によって変わってしまった世界を、これ以上 変えたくないとばかりに必死に自分と母親だけの世界を構築しようとして来た美琴の歴史。そんな中で唯一 外界との接点になっていたのが尚人。美琴は尚人の良い面を見習い、彼のようになれるよう少しずつ自分を変えていった。
その変化する自分と現状を維持しようとする自分が せめぎ合っているのが今の美琴の状態だと母は語る。そして そんな娘を尚人に今しばらく見守って欲しいと願いを伝える。
事情を知った尚人は美琴に何かを促したりしない。でも美琴は尚人が誤魔化した友達ではいられない、という言葉に彼の本音が混じっていることを気づいていた。だから尚人や相馬、恋愛要素が自分の世界を変えてしまうことに一層 臆病になる。
そんな美琴の尻込みを感じ取った桃香が露悪的になり美琴の尻を叩く。自分や自分の友達は尚人を狙っている。だから美琴に協力して欲しいと追い詰める。それを承諾する美琴に怒りを覚え、美琴が否定しようとする尚人への想いや独占欲を解放させようとする。桃香は荒療治で美琴の中に最初からある「好き」を掘り出そうとする。美琴は尚人をずっと一緒にいたい人だと定義するが、桃香は それを好きという感情だと教える。
美琴が感情を解放したことで、サークル仲間の藤本(ふじもと)を含めた3人で女子会が開催される。こうして藤本も初めて恋愛相談の相手となることで美琴は自分の感情を吐露し、整理し始める。これまで藤本が ずっと美琴のことを心配してきたが、最後に美琴から相談されて一安心。美琴の本当の一番の「友達」は藤本だよ、と言ってあげたい。
