斎藤 けん(さいとう けん)
with!!(ウィズ!!)
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
事故死した超シスコンな兄・司朗がのりうつり、アンビリーバブルな二重生活を送る真砂。生徒会選挙にあえなく落選するも、体育副委員長に選ばれ、体育祭の準備を始めることに。がんばろうと意気込む真砂だったが、パートナーの委員長・下妻とは反りが合わずに…!?
簡潔完結感想文
- 前巻ラストで読者が空想した未来は夢オチで処理。飛躍のために今は研鑽の時。
- 緊張や恐怖で男性の前から逃亡すると、男の本能は覚醒されて ますます追われる。
- 文化祭、選挙戦、体育祭で着実に成長する真砂に、兄の手引きは必要ないのか。
いつかは きっと追い越される宿命が見え隠れする 3巻。
『1巻』では文化祭、『2巻』は生徒会選挙が縦軸になっていたが、この『3巻』は体育祭がメインイベントとなる。
文化祭では、その開催直前に亡くなった兄・司朗(しろう)の無念を晴らす意味合いが強かったが、生徒会選挙からは妹・真砂(まさご)が大きな挑戦をすることで彼女の成長が描かれる。この1歳違いの兄妹は能力差や立場に大きな違いがあった。優秀で人気者の生徒会長だった司朗と比べられることの多かった真砂だが、彼女は司朗が見ていた景色を見るために選挙戦に出馬し、経験を積んでいく。
作中では まだ司朗の死から40日ほどしか経過していないのだが、それでも時間は前に進んでいく。半年後には真砂は司朗が亡くなった時の学年になるし、彼女は やがて兄の人生より長い時間を生きる。司朗は年長者で能力も上だったから、真砂を引き上げるために手引きをしていた。だが真砂が成長することは、兄の助けが不必要になることを意味し、やがて真砂の中で生きる司朗の存在意義を消失させる。
本書が特殊なのは これだけ明確に成長していくヒロインを描きながら、その成長が少し もの悲しさを帯びている点だろう。真砂は兄の分まで、兄を悲しませない生き方を目標にするのだが、それは引率してくれた兄に引導を渡すことも意味している。生者は変わり続けるが、死者は不変。その残酷なまでの現実がファンタジー作品の中に厳然と存在していた。
実際、作中における司朗の死の気配が薄くなっている。『2巻』では真砂の所属する合唱部部長が司朗の死を受け入れられなくて、陸(くが)のように大暴れしていたが、『3巻』における部長の位置にいる下妻(しもつま)は司朗に特別な思いはなく、彼は彼の中で苦しんでいるだけ。
これで作中で唯一、司朗への想いを引き摺っているのは鷺沼(さぎぬま)だけになったが、彼女も新しく生徒会長となった神(じん)から片想いの終了を勧められている。これは神の不器用な片想いによる発言なのだが、これが紛れもない現実でもある。
白泉社の少女漫画らしく、真砂が鈍感で無自覚なヒロインになりつつあって、この兄妹の中に似たところを見つけてニヤニヤして楽しんでいると見過ごしてしまいそうになるが、真砂の人生の充実の裏に、司朗の現在の空虚さが立ち上ってくる。作中における司朗の存在感に しっかりとグラデーションをつけているところが作者が非凡な部分だと思う。
真砂に居場所を作りながら、司朗の居場所を奪う。このことから逃げずに描き切ろうとする作者の勇気を称えたい。
連載形態が安定しない本書は、『2巻』の短期集中連載から、『3巻』は隔月発売の雑誌にて連載となる。これを長期連載といって いいのだろうか。1年ぶりの作品復活、そして隔月誌ということもあり、毎度 説明描写が入る。単行本派の私はページが勿体無いと思ってしまった。
このような連載になったのは『2巻』収録分の反響が そこまで芳しいものではなかったからなのでしょうか終わらせるには惜しいけど、定期連載で毎月 続けるほどには人気が無かったのか。。確かに真砂がイジメられて、孤立する様子は読んでいて辛いものがあったけど。
そして本書は個人回がなく、1話の中でキャラが ちょこちょこ顔を出す展開なので、読み進めるほどに段々と既視感に襲われる。1日の中で人と順々に会うのはリアルな学校生活っぽいが、印象に残るぐらいキャラが立っている人たちを深掘りして欲しかった気もする。黒馬(くろうま)で1話、陸(くが)で1話など やっぱり明確な個人回が欲しかった。白泉社作品っぽくなって間延びするかもしれないが。
『2巻』の終わりで一歩を踏み出した真砂だったが、作者は まさかの生徒会選挙落選という結末を用意する。
生徒会執行部は4人で、事実上 司朗と共に前期の「四天王」だった残りの3人は安泰。残りの1枠を応募者多数の中から選ばれる必要があったから真砂には まだ無理だったか。これは兄のように順風満帆にいかないのが真砂の人生の象徴か、それとも まだまだ成長する伸びしろを残しているということなのか。
ただし生徒会選挙に落選しても、各委員会の委員長など何らかの役職が用意され生徒会のメンバーには なれる。真砂は体育委員の副委員長に任命され、10月に迫った体育祭の運営を担う。だが委員長となった同じ1年生の男子生徒・下妻 海里(しもつま かいり)は真砂と協力する気が見えない。
この生徒会の集まりでは生徒会執行部の面々、そして登下校では陸が登場し、レギュラーキャラの紹介がされる。隔月誌の連載となり1話内でのキャラの顔見せ感が強くなってしまったような気がする。
司朗は、陸が真砂と自分の秘密に気が付くのではないかと警戒している。だから陸と真砂を遠ざけようとするのだが、秘密を守ることより単純に真砂に近づく異性を許せないだけんも思える。
そして司朗は新生生徒会の始動により自分のいない世界が進みだしていることを実感する。健全ではない自分という存在を消すことは真砂を悲しませるから積極的には考えていないようだが、おそらく司朗は このままでは自分の世界が普通になる世界を目の当たりにするだろう。
『2巻』で登場したまま放置されていた母親の癒えぬ悲しみも引き続き描かれる。母親は帰る人のいないはずの司朗の部屋の中に変化を見つけたり、司朗の靴が使用されている形跡を見つけたりと、司朗の存在を色濃く感じ始める。彼ら兄妹は決して悪いことをしている訳ではないが、秘密が露呈するか しないかの緊張感が漂う。
体育祭準備へと動き出すが、委員長の下妻は真砂の存在を無視する。仕事を押し付ける訳ではないが、仕事を与えない。彼は他者を信用していない。
下妻から人格を無視した酷い扱いをされるが、突然降り出した雨に黒馬と相合傘で下校したり、その後に陸と雨宿りをしたりと男性との接触は多い。どちらの男性も真砂が逃げ出すように駆け出し、男性が残されるという結末が笑える。精神的ショックや肉体的ショックを与えられる黒馬・陸は すっかりギャグ要員だ。
そして逃げられると負いたくなるのが男性の本能らしい。本当に真砂には緊張や恐怖しかなくても、この反応が すっかり男性たちを虜にしている。そういえば天然無自覚ヒロインも白泉社の定番設定である。
選挙期間と同様に、体育祭準備で真砂は また忙しくなる。さすがに下妻は真砂の要求に応えて仕事を与えるようになり、真砂は学校内を東奔西走する毎日だが一つずつクリアしている。
しかし その疲労の余り、うっかり死なせてしまいそうになった陸から逃亡する途中で寝てしまう。手を繋いだり、肩に寄りかかって寝たり、陸とはスキンシップが多い。その寝起きから司朗が対応し、陸が司朗を過去として扱い始めていることに気づく。
だが そのことよりも司朗は いくら呼び掛けても真砂が 返答しないことに涙を流すほど動揺していた。その混乱の無意識で司朗は黒馬を頼っていた。だが相談中に睡魔に襲われ、司朗は黒馬のベッドを拝借する。
目を覚ますと真砂に戻っており、今度は真砂が状況に混乱する。夜遅くになったため黒馬に送り届けられるのだが、その際に黒馬は真砂の自分への対応が好意に由来するかを確かめ、真砂から告白めいた言葉を引き出していた。真砂は黒馬と陸、2人の男性の前にいると違う意味でドキドキしっぱなしなのである。
帰宅すると心配した母親が待ち受けており、頬を叩かれる。それは残された一人きりの娘への心配からである。真砂は兄の存命中とは違う家の中を実感し、夢の中では初めて兄を見る。それだけ真砂の心の中でも整理がつき、兄を死者として考え始めたからだろうか。それは司朗の四十九日が迫っていた頃だった。四十九日は死者にとっても生者にとても一つの区切り。その頃に何かが起きそうな予感がする。
体育祭直前になると真砂は仕事を着実にこなすことで下妻との関係が少しずつ改善してきたと実感していた。だが真砂は自分の仕事を協力してくれるクラスメイトとの会話を、下妻に切り取って聞かれて関係性がリセットされる。コンプレックスを刺激された下妻は真砂に八つ当たりして、またも真砂の人格を無視する。
ここでチェンジした司朗が反論して、『2巻』の合唱部部長との関係断絶の二の舞になりそうになるが、今回は真砂が主導権を取り返し、きっぱりと下妻に意見を言い、兄妹ゲンカの再来は回避された。下妻との関係は危ういままではあるが。
同じような状況になっても同じことを繰り返さないことで真砂の強さと成長が表されているように思う。『2巻』のように兄に無力感を抱えさせないために真砂は強くなるのだが、真砂が独力で何でも出来るなら、司朗は いる必要がない。それが司朗の結論になってしまいそうで怖い。
黒馬は先日の真砂の反応を見て、自分の勝利を確信するために距離を詰めるが、真砂の口からも圏外である旨を伝えられ、ショックを受けつつ、ますます肉食獣としての本能を覚醒させる(馬だけど)。
体育祭当日、プログラムは順調に進むが、下妻との関係は険悪。
そこに陸とアホコンビの乱入で体育祭は混乱する。準備を進めてきた下妻が肩を落とすのを見て、真砂は兄の身体能力を借りて、アホコンビを捕獲。その際に下妻が協力し、彼に司朗が先輩として対応することで下妻の こじらせた部分が解消されて、体育委員は初めて一つになる。この際、真砂に近づきすぎた下妻を黒馬が釘を刺している。まるで司朗のような独占欲を見せる黒馬。
この後、アホコンビによって無駄に走り回った陸が真砂の膝枕で寝るという事態も起きる。ますます無自覚ヒロインである。スキンシップ度は陸の方が勝るか。真砂も疲労によって眠ってしまったため、陸には司朗が対応するのだが…。