《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

死んだと思われた兄はドッコイ生きてる妹の中。終わったと思われた連載はドッコイ復活。

with!! 1 (花とゆめコミックス)
斎藤 けん(さいとう けん)
with!!(ウィズ!!)
第01巻評価:★★★★☆(9点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

賀茂口真砂は顔も成績も運動も「普通」な少女。一方、兄の司朗はすべてに秀でたカリスマ生徒会長。文化祭を間近に控える中、真砂をかばった司朗は事故で亡くなってしまう。そして真砂にある異変が…!? 他、「桐島亭の魔法」収録。

簡潔完結感想文

  • ユーモアとペーソスの配合が絶妙。思わず笑っちゃった後に 涙が止まらない。
  • 故人と個人の距離感の違い、悲しみ方の違いなどキャラ描写が素晴らし過ぎる。
  • 成仏詐欺。神様は、作者は、読者は司朗に この世界を まだまだ見せ続ける。

の世界のトップに愛されるヒロインというルールが遵守されている 1巻。

久々に先へ先へ進もうとする自分を自制しながら読んだ作品だった。長編として好きな作品だけど、特に『1巻』収録の3話分は完璧と言える内容で、ここを読んだだけで作者さんを大好きになり、ずっと ついていきます!と思った。この感覚は2巻分が完璧だった目黒あむ さん『ハニー』を読んだ時に似ている。

まず面白かったのは本書のヒーローは いきなり死んでしまう兄・司朗(しろう)という点が面白い。白泉社ヒロインとは その作品世界のトップを狙う女性のことを指すのだが(笑)、本書のトップは生徒会長で学校の人気者だった司朗となる。その人に、時に兄妹以上の想いで愛されることで妹の真砂(まさご)は白泉社ヒロインとしての資格を持ったと言えよう。司朗の死後から始まる体内同居という とんでも設定によって、『兄に愛されてすぎて困ってます』(©夜神里奈さん)という溺愛と少しインモラルな兄妹関係が完成して本書の恋愛要素は満たされていく。
少々ネタバレになるが、作者が この司朗の立ち位置を最後まで貫いたことで私は より作者への信頼感を強固にした。作中の展開から そうではない結末も十分に用意できたはずなのに、それをしないで、司朗をトップに置き続けてくれたことには感謝しかない。

妹と兄の二心同体のwith!!が特徴となるが、同時にヒロインとヒーローがwith!!している。

そういえば この設定は白泉社の得意ジャンルである性別偽装の亜種なのだろうか。男の司朗が女子生徒として学校に潜入。バレないようにする緊張感と、真実を知る理解者がいる安心感、そんな白泉社作品の醍醐味が詰まっている。冒頭での身内の死など、いかにも白泉社らしい設定が並んでいるのだが、それを こんなにも上手に処理する作品は他に類を見ない。

そして司朗がヒーローでありながら、ヒロインの真砂が兄を全面的に頼るような描写がないように話が調整されているのが良い。真砂は兄に困難を全て任せるのではなく、時に司朗の袋小路を真砂が打開する展開も見られ、妹が決して兄に依存していないことが示される。真砂の強さが きちんと描かれているから本書を好きになれる。

2006年の雑誌掲載当時の読者たちも短期連載の この作品を熱く支持したようで、作品は その後に何度も復活する。そういう連載形態だから作中で霊となった司朗は「成仏詐欺」を繰り返すことになってしまうが…。そんな先の見えない連載の中で ちゃんとした結末を用意した作者の苦労と実力に敬意を表したい。


書は死を扱いながらもユーモアとペーソスの割合が素晴らしい。白泉社作品では身内の死は珍しくないが、多くは身内の死後から物語が始まる。育ててくれた親や祖母が死んでしまって どうしよう、という場面から新しい環境での人生が始まることが多いが、本書は1話の途中で主要な登場人物である司朗が亡くなる。その展開が衝撃的だった。きっと そこから作品を悲しみ一色で染めれば涙を誘う感動物語が完成するだろう。

けれど作者は単純に その方向に進めない。死んでしまったヒロインの兄・司朗の名前にある通り、朗(ほが)らかさが作品を司(つかさど)っている。彼は妹・真砂の体内で生き続け、同一の身体の中で同居する、というのが本書の設定。2人の兄妹は1つの身体で、その意志が強い方が主導権を握る という奇妙な同居生活を始める。そして主に司朗が登場している場面は作品内は明るい。それが彼の人柄を表している。司朗の お陰で作品内が「お通夜ムード」に ならずに済んでいるのである。

その明るさがあるから、悲しみが際立つ。妹の真砂を含め、司朗を慕っていた人たちの悲しみとの落差が生まれる。これは少女漫画における胸キュンの構造に似ている。一度 心をどん底にしてから喜ぶ展開があると心の振り幅は一層 大きくなる。それと同じで、司朗に笑わせてもらった分、その司朗の不在が一層 強く感じられた。妹の真砂が、兄が接してきた人々の中に彼の存在を感じる度、その不在が強調されていく。確かに妹の世界は広がっているのに、同時に悲しみも押し寄せてくる。


こまで人の不在や、それぞれの悲しみの受け止め方の違いを描ける作品は そうそうない。その人と距離が近ければ近いほど、悲しみは増大する。そういう関係性の違いが、決して多くはないページの中に丁寧に描かれていることが素晴らしいと思った。こういう作品に奥行きを感じられる作品が私は大好きだ。

『1巻』は主に生徒会四天王と呼ばれる白泉社らしい上級国民と、「庶民」であるヒロイン・真砂との関係性を描いているのだけど、確かに四天王は能力が高い特別な人たちなのだけど、その一方で普通の柔らかい心を持った高校生として描かれているところも好感を持った。彼らは人の死を すぐに受け入れられるほど大人じゃない。そして時には好きな人の心が司朗喪失の悲しみで支配されていることに苛立ったりもする。司朗に敵意を剥き出しにする陸(くが)も含めて悲しみの表れ方、対処法に司朗に対する想いが浮かび上がる。

真砂の悲嘆や絶望を描いていたら作品世界は狭く、そして つまらないものになっただろう。けれど本書は兄の存在を感じる真砂が誰よりも早く回復することによって、周囲の悲しみを描く。それがあるからヒロインを世界の中心とする世界観から脱して、真砂が観察者のような視点で少し冷静に周囲を見渡せているのが良い。こういう視点に立てることが作者の手腕だと思う。

ちなみに主要な登場人物たちは動物の名前を有している。ヒロインたち兄弟は感じは違うが鴨、他に馬や鷺、猿などが登場する。


茂口 真砂(かもぐち まさご)は文化祭を9日後に控えた高校に通う1年生。1つ上の学年には天才であるカリスマ生徒会長の兄・司朗がいる。
兄と自分を比べて劣等感を抱くというよりも司朗の妹というだけで集まる周囲の視線が痛い。真砂自身は兄の魅力を真砂は誰よりも分かっている。兄は周囲の人間を惹きつける。

絶対に比較される兄がいると分かっていても真砂が この学校に進学したのは、学校見学の際に黒馬(くろうま)先輩と出会ったから。学校見学の日から司朗の妹ということで注目された真砂だったが(妹のことが大好きなシスコンの司朗の宣伝力の強さも一因)、至って普通の雰囲気に周囲は勝手に落胆する。その人たちの偏見を正しく指摘したのが黒馬だった。黒馬に憧れて、兄にも協力してもらって受験を乗り切った真砂だが、入学後、黒馬も兄と比肩するほどの人気者だということを知る。

この学校の生徒会執行部は会長の司朗をはじめ、黒馬など四天王と呼ばれる存在がいる。学校自体は庶民高校だが、その中に特別な地位の人たちを作るのが白泉社らしい設定である。

イケメン枠の黒馬だが彼もまた正しい心の持ち主。読者も司朗派と黒馬派で二分?

とでも上手くつきあえる司朗の天敵と言える存在が陸 猿彦(くが さるひこ)だった。幼なじみである彼らは何らかの因縁を抱えて犬猿の仲。文化祭の準備で帰りが遅くなると真砂が陸に絡まれるので、司朗は文化祭終了まで兄妹、そして黒馬と一緒に帰宅することを提案する。

兄の提案に舞い上がっていた真砂だったが、初日、学校外で待ち合わせた際に横断歩道を青信号で渡ろうとした真砂にトラックが突っ込んできた。それを助けに司朗は駆け出すが…。

この事故での死者は2人。トラックの運転手と司朗。運転手は病死で、制御を失ったトラックに兄妹は巻き込まれた。嫌な話だが、ここで運転手が命を落とさなかったら、きっと真砂も両親も一生 その人を恨み続けて生きていただろう。恨む対象が いないことも辛いと思うが、この後の展開もあるので、運転手も落命していないと話がスムーズに進まなくなる。運転手が存命なら兄妹で裁判の傍聴するという展開になりかねない。


しみに包まれる葬儀で唯一 激昂したのが陸だった。
そして最も慟哭しているのが真砂。弔問に来た 事故の目撃者である黒馬に向かって真砂は自分が死ねばよかったと絶叫する。その瞬間、窓が急に割れて一時 騒然となる。

悲しみ方は人それぞれ。怒りに変換する陸、冷静に受け止める黒馬、涙を流せない生徒会執行部で司朗のことが好きだった鷺沼(さぎぬま)など司朗の死による影響が立体的に浮かび上がる。

もし司朗が真砂の中に現れなかったら、真砂も陸のように悲しみを自分への怒りに変換したかも。

そんな中、黒馬の家を真砂が訪問する。その理由は、真砂の中に司朗がいる というもの。黒馬は真砂がショックのあまり現実を受け入れられず、司朗が生きていることを望むあまり心が壊れたのかと心配するが、黒馬の女性遍歴を真砂が暴露することで信憑性が増す。どうやら描写からすると司朗の霊魂というべきものが、自分が死ぬべきだと絶叫する真砂のために窓ガラスを割って入ってきたようだ。

乗り移っているのは司朗には この世に未練があるからだと黒馬は推測する。司朗の未練を考える この物語の核心でのシリアスな場面なのに少女漫画では なかなか見ない二文字を ぶっこんでくる作者のセンスが最高だ。
真砂は それを1週間後に迫った文化祭だと推理する。


朗という大黒柱を失って文化祭を中止する動きも出ている中、その司朗が大成功を約束し奮闘する。まず真砂の肉体を借りて、兄の遺志を継ぐという演説を生徒会室で行い、真砂が生徒会に携われるよう司朗は自分の足場を作る。

真砂は諦念から兄に全権を託しているが、周囲には それが空元気に見える。更に兄と脳内で会話して笑っている真砂は、陸に目を付けられる。もしかしたら彼は一番、司朗の死を受け入れられておらず、自分の混乱を怒りに変換していた。ここで真砂を守るために黒馬が騎士となり、真砂は思わぬ幸運を手にする。兄のいた世界に立ち入れることも司朗との「同居」の お陰だろう。

怒るばかりの陸側の説明をするのが、陸を慕う後輩の歌麿うたまろ)と時也(ときや)。彼らの存在は、このような お調子者を受け入れる陸は悪い人ではないということも示している。そして「歌時コンビ」から司朗と陸の小学生の時のサッカーチームでの因縁が語られる。

話を聞いて珍しく司朗は機嫌を損ねるが、真砂は そのエピソードが兄が唯一涙を流した場面に関連することを知った。小学生の司朗は陸というライバルで親友を失って涙を流していたのだ。司朗は、陸が努力の天才であることを知っていたから選抜者になって欲しかったが、陸もまた司朗の才能を知っていたから自分が選ばれることに疑念を抱いた。そんな すれ違いに司朗は涙するが、そこで真砂は司朗も また誰より一生懸命だと兄の努力と価値を認める。それが ずっと司朗の生きる指針となっていた。


調に進んでいた文化祭準備だが、生徒会が制作していた文化祭のシンボルであるモニュメントを破壊され、悪意が学校を支配する。これが陸による個人的な怨恨を動機とした犯行だと推理した司朗は陸を探し出し、彼の害意に怯まないことを告げる。その怒りのまま小学生時代の因縁も持ち出すが、ここで2人の認識の違いがあることが浮き彫りになる。

スタミナがないため遅れて到着した黒馬によって場は収められるが、最後に「真砂」が今回の文化祭をやる意義を諭す。彼女は文化祭の開催が兄の弔いになることを ちゃんと理解している。真砂には そういう所々の強さが見られる。

シンボルは その完成の実現という短期的な目標になっていたが、その破壊は生徒会役員の心を折ってしまった。これぞ お通夜ムードという雰囲気を一蹴するのも真砂の一声。彼女の痛切な叫びが生徒会役員たちを奮起させる。ここも真砂の秘めたる力と言える。彼女もまた兄と同じように人を、人の気持ちを動かす能力を持っているのかもしれない。


3日間で新たなシンボルを完成させて文化祭は無事に開催される。
後夜祭で、本来、シンボルで使うはずだった各生徒の夢を書いた羽は風船に付けて空へ放つことになった。それは天国に届くメッセージだと、泣くことが出来なかった鷺沼が泣きながら伝える場面は涙腺を直撃する。
そして陸は、本当の文化祭妨害の犯人を見つけ、鉄拳制裁を加えた。

文化祭が始まってから兄は真砂の中から存在を消していた。この二度目の兄の喪失を経て、真砂は兄の分も生きると誓う。なぜなら この命は兄がくれたものだから。妹が立ち直ったことを見届けて、兄は成仏する。彼の心残りは世界一大好きな妹を置いていくことだったのだ。

翌日、黒馬は後期の生徒会選挙への真砂の出馬を勧める。司朗の死後から、真砂と行動を共にしてきて彼女の本当の強さを司朗の次に理解しているのは黒馬だろう。それが次の一歩になるかと思われたが、黒馬の接近を許さない真砂の中の「誰か」が黒馬に殺害予告を出す。

やっぱりユーモアとペーソスの混ざり具合が最高だ。この結末は面白い。そして続編も狙う気満々なのではないか。


んな作者の狙い通り、物語は続編読切(?)へと続き、司朗は二度目の復活を果たす。この時点で司朗の死から2週間が経過しているらしい。成仏したかと思われた司朗だが しばらく休んだ後に復活したようだ。

ここで体内同居のルールが今一度 確かめられる。意識の同居はしているものの相手に喋る意思がなければ思考までは筒抜けにならない。だから司朗の秘密が全て真砂に伝わるような恥ずかしい事態にはならない。これはプライバシーが確立され、そして もし隠し事や本心が あるならば、それは分からないということだ。

黒馬は司朗を悪霊扱いし、やはり現世への心残りがあるのではないかと考え、司朗は自分の見られたくないもの=小学校の時のタイムカプセルを掘り返すことにする。そこには将来の夢が書いてあるという。黒馬は小学校時代の司朗を知らないが、高校時代と変わらぬ輝きを放っていたはずだと推測し、将来の夢が何であれ笑わないと伝える。少女漫画だから黒馬と真砂の関係性ばかりに注目してしまうが、黒馬と司朗の関係と友情の深さが しっかり描かれている。

結局、タイムカプセルは発見できず途方に暮れる司朗は、そこで自分が夢を描けなかったことを告白する。本気で考えたけど見つからなかった夢。これは陸にサッカーチームの代表を譲ったことと通じるものがある。司朗は間違いなく天才だが、情熱を注ぐものを発見できなかった。そんな自分の空虚さを痛感しているから司朗は陸に代表を譲ったのだろう。

これは神様がくれた延長戦。司朗も、そして作品も どうなるか分からないけど、これからも兄妹は2人で1人の関係で この世界を生きて、色々なものを見ていく。

「桐島亭(きりしまてい)の魔法」…
桐島 亭(きりしま とおる)は学年1位の胡散臭いほどマジメな中学生。胡散臭いのは本当で、教室での彼は このキャラを演じている。篠谷 枯葉(すずたに かれは)の実家である神社内では桐島は自分を解放している。桐島は枯葉の父親と仲が良く、毎日 魔法の研究をしている。科学の最先端は魔法に似ていると言う父が開いていた「魔法ショー」に桐島が いたく感動したためである。

ここから桐島が本当の魔法使いではないか、という話になり、昔から彼を知る周囲の者が彼を敬遠していることに枯葉は気付く。だが枯葉だけは偏見を乗り越えて、桐島と対等な関係を築く という流れになる。桐島が この父子に親しみを感じるのは「魔法」を楽しく扱い、周囲を笑顔にし、自由な心を持っているからなのだろう。

でも桐島の魔法うんぬんの話が出てから ついていけなかった。無かった方が話がスッキリしたのではないか。話の方向性が予想とは違ったから私が受け入れられなかっただけなのかもしれないけど。