佐野 愛莉(さの あいり)
オレ嫁。~オレの嫁になれよ~(オレよめ。~オレのよめになれよ~)
第07巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
大々人気!!前巻は発売即緊急大量重版!!勢いが止まらないオレ様年下男子とのJK結婚ラブ! ひなたの幼なじみにして初恋の人(!?)航の登場で、前とひなたの恋に嵐が吹き荒れる!! 婚約者VS初恋の人、恋のバトル白熱です!!
簡潔完結感想文
- 劣等感を劣情に変換して彼女を征服しようとする思春期ヒーロー。
- 過去の初恋が自分のものにならないなら、現在の自由を奪う偏執狂。
- 彼女を泣かせ続ける可能性を消去するために関係性を清算する!?
彼女の全てを手に入れられないのなら 彼女の全てが もういらない、の 7巻。
この島編はヒーロー・前(ぜん)の彼女の親族への挨拶と、ヒエラルキーの違う社会との摩擦を描く。これは ひなた にとって前の母親と初めて会った『3巻』の試練と対を成す内容だろう。ひなた の両親は娘が玉の輿に乗れる可能性に舞い上がっているが、ひなた の祖母は この結婚話の初めての反対勢力となっている。そして前にとって「場違い」である この島での日々は彼に多大なストレスを与えていく…。
これまでの話は前の強さに基づいて描かれていたが、今回は彼の弱さに焦点が当たっている。もう何度目か分からない恋愛バトルは一緒だが、前の新しい面にクローズアップしているので読書時における感触が違う。これまで私も思う所のあった前の根拠のない自信が崩壊し、彼は自分の未熟さを思い知らされている。
序盤でヒロインの ひなた が上流階級の常識や生活に戸惑ったように、今回 前は舞台となる島=大財閥と無関係な場所で自分の愚かさと未熟さを思い知らされる。珍しく劣等感に苛まれ、そして自爆によって自己嫌悪も爆発させる。慣れない環境は前にストレスを与え、そして そのストレスで彼はメンタルを病んでいく。そして鬱状態となった彼は一つの大きな判断を誤る。当人たちには全く そんな つもりはないだろうが、これは都会人への島民からのイジメや差別のようにも思えた。上流階級で庶民が異物であったように、庶民には上流階級は肌に合わない。前は一刻も早く この島を出て、心のケアをした方が良いかもしれない。都会に帰って、また根拠のない自信で俺様ヒーローになって、ひなた を呼び戻せば万事解決、か?
この夏休みの島編で、前は完璧なヒーロではなくなった。読者の中には それを残念に思う人もいるだろうが、私は彼に親近感を覚えた。そして前が弱った時、彼が判断を誤った時、ひなた がヒロインとして本領を発揮するという展開も楽しく読めた。彼らは2人とも未熟で、何度も間違えるけれど、気持ちが重なって2人になった時は無敵であることが描かれて読後感が良い。
ただラストのエロネタだけは無くても良かった。ひなた が前を受け入れるという姿勢の表現なのだろうが、場所を選ばず、そして同じ巻で同じような「するする詐欺」を何回もするのは、読者の受けはいいかもしれないが、作品の価値を下げる。
前はずっと ひなた を絶対に諦めないことで愛の強さを示していた。少々 強引でもライバルや悪漢から ひなた を力づくで奪い、そして自分のモノにする。それが年下身長低めの俺様ヒーローである前という人だった。
そもそも日本一の大財閥の後継者である前は多大な重圧の中にいるが、それを努力でカバーして自律してきたからこそ彼は自分に自信を持てるのだろう。その努力と ひなた への愛で彼は誰に対しても負けん気を発揮した。自分より優秀で ひなた の本来の婚約者である兄・創(そう)に対しても一歩も引かず、トップアイドルの新(あらた)とはライバル関係でありながら ひなた を救うためにタッグを組み5万人の観客の前で見事にパフォーマンスを成功した。
そんな強気と自信によって押せ押せのムードの中で生きてきた前だが、今回 訪問中の ひなた の祖母が住まう島では、親の威光や社会的な努力や実績が一切 通用しない。そこで浮かび上がるのは裸の自分。財産や学力ではなく生命力や魅力、精神力など本来のポテンシャルで人間の大きさが決まる。ひなた が この島で生き生きとしているのは慣れ親しんだ場所というだけでなく、彼女の本来の力が引き出されているからだ。その笑顔で誰からも愛され、そして底なしの元気を見せる。今回ひなた の方が前よりも強いのは、伸び伸びと力を発揮できるからなのだろう。
今回のライバル・航(こう)もまた この島の住人で自分の持つ力を完全に発揮している。都会育ちの前は環境に適応できていなく、不利な状況と言えよう。だから前は本書で初めて敗北を喫する。ひなた が航を選んだということではないが、前は ひなた の中の航は特別な存在であることに打ちのめされるし、そして自分にとって この島が不慣れで力が発揮できないように、ひなた を上流階級に連れていくことが彼女の精神を消耗させ、ひなた の笑顔を奪うと考え始める。
そうして彼は彼女のために身を引く、というヒーローが やりがちな交際相手の気持ちを無視した行動に出る。プライドが高いからこそメンタルの崩壊した前は脆(もろ)い。前を閉鎖的な島に連れて来た時点で祖母や航の勝ちは確定していたと言えよう。もしかしたら『7巻』ラストの朝、祖母や航が理由をつけて ひなた を足止めしていれば、2人の交際はバッドエンドに終わったかもしれない。そう考えると航と祖母が前のメンタルを続けざまに攻撃したのはエグい。都会ほど陰湿ではないが、間違いなく島という閉鎖性の中でのイジメに見える。
ラストで前は ひなた から性行為に誘われて、メンタルを立ち直らせることが出来るのか!?
若気の至り、というか、性欲の昂りで ひなた を傷つけてしまった前。ひなた が安心を求めるのは2歳年上の幼なじみ・航の腕の中。
ひなた は前の心が見えなくなるが、それでは ダメだと自分から距離を縮めようと彼を夏祭りに誘う。やはり島にいる彼女は いつもより強い。前は自分が要求に折れたふりをして付き合うが、結局 祭りの会場で航が合流して ご機嫌斜め。そして彼に対抗意識を燃やすが失敗する。前は自分の蛮行の根本的な原因が分かっていない。
しかも航と一緒に花火を見ることを強く拒み、ひなた を抱えて航の前から立ち去る。だが これは ひなた が慣れない下駄に足を痛めていることを察知したからだった。これで『6巻』と同じ失敗を繰り返さないことが表された。失敗は成功の元である。
そんな前の優しさに触れて ひなた は彼に手を伸ばすが、前は激しく拒絶する。普通、逆じゃない?と思う場面だが、前は自分が理性を失い、ひなた を再度 傷つけてしまうことを ひどく恐れていた。だから彼女に触れないようにすることで彼女を守ろうとしたのだった。しかし ひなた は臆病になった前の手を取り、彼を安心させようと包み込む。
こうして再び ひなた に触れられるようになった前だが、彼は独占欲も再燃させ、ひなた の初恋の相手が航なのかを問い質す。昔の恋愛を聞くなんてマナー違反だが お子様には その辺の機微は分からないのだろう。
そして航が2人の前に現れると、彼が ひなた に触れることを絶対に許さない。うわぁー、女性を自分の所有物みたいに扱うの。ないわー。ってか自分のライバル意識を全開にして失礼な態度で相手に接するのも感じが悪い。やっぱり少しも感情をコントロール出来ていない。
翌日、ひなた は前を呼び出し、前の初恋の相手の問いに正直に答える。確かに航は ひなた の初恋の相手。だが今は前に恋をしていると自分の胸の内を伝える。それを聞いた前は冷静で、自分にとっての初恋の相手が ひなた であることを伝える。そして2人が初恋同士でないことが不安を増幅させるという幼稚な考えも彼女に伝え、ひなた は前の望むように航を遠ざけると宣言する。
だが宣言通り航を避け続ける ひなた を見て、前は ひなた が笑えなくなっていることに気づく。一方、航には前による思想の支配によって ひなた が彼女らしくいられないと考え、本来の彼女を取り戻すため ひなた を奪い去る。
幼い頃に見たように2人で流星群を見て、航は ひなた に想いを告げようとする。さすがに ひなた も告白の雰囲気を察して その場をやり過ごそうとするが、ひなた が原因で崖下に落ちてしまい、その上、雨が降り出したため2人は近くの小屋に避難する。
そこで航は言えずに終わった告白を再度 仕切り直し、ひなた が自分にとっての告白だと伝える。これで2人は少女漫画、特に「Sho-Comi」のような低年齢向けの雑誌の中では一番 貴いとされる初恋同士となり、その成就は運命と言ってもいいだろう。
航は告白の勢いのまま ひなた とキスをしようとするが、その直前で彼は倒れる。崖下に落ちた時に酷い怪我をしていたのだ。
もし航が倒れなければキスは達成されていたのだろうか。ひなた は『2巻』で前と「死ぬまで 俺以外の奴とキスをするな」という約束を交わしているため、誰ともキスできない状態。破ったら前は荒れ狂い、相手にも ひなた にも暴力を振るいそうで怖いなぁ…。
突然の事態に混乱する ひなた は心の中で思わず前に助けを求める。だが それは虫のよすぎる話と思い当たる。キスの他にも航とは もう会わないという直前の約束を破って男性と2人で密室にいる。だが やはりピンチにヒーローは現れる。
そうして2つで1つのハートを形成するペンダントで愛を再確認した2人は あっという間に仲直り。前は自分より身体の大きい航を背負って近くの家まで歩き始める。えっ、まず前が村に助けを呼びに行けばいいんじゃね、とか思ってはいけない。彼らは いつだって合理的な判断なんて出来ない人種なのだ。こうして前の活躍によって航の怪我は適切に処置される。ピンチと努力があるから幼稚な前もヒーローになれるのである。
翌日、航は前に お礼を言いに来る。そこで2人はキャッチボールを始める。そこで投げ合うのは本音の言葉。お互いに ひなた を譲らないことを再確認してキャッチボールは激しさを増す。これは新編における球技大会のサッカーと同じ種類だろう(『4巻』)。男には球技で真剣勝負をしなければならない時があるらしい。
そして航は前が自分のことしか考えられないという性格的欠点と、その証拠として ひなた が泣いていることを指摘する。もしかして前の愚かさは全て このシーンのための前振りだったのだろうか。それなら作者の手腕は私の見込みより格段にレベルが高いことになる。新編と同じように見せかけて、今回は派手なパフォーマンスや展開ではなく、徐々に前の内面の未熟さを浮かび上がらせている。
前は航に何も言い返すことが出来ず、その上、前に会社から至急のメールと帰還の要望が届き、彼は自分を悩ませる この場所から ひなた と一緒に逃亡することを考える。ってか前は会社の業務に携わってたんかい!と新事実に驚く。これまでは立派な跡取りになるための勉強と研鑽を積んでいることは描かれていたが、早くも仕事をしているとは知らなかった(描かれてないしね…)。
だが ひなた の祖母から、実際に一緒に住んだ條森の屋敷は冷たく、2人の結婚後は ひなた が その冷たさの中で暮らしていくことを危惧していることを伝えられる。その冷たさは前が これまで味わってきたもの。だから自分の存在が ひなた から無邪気な笑顔を奪うことが容易に想像できた。だから彼は独りで帰郷することを選ぶ。
その選択は ひなた のことを本当に想ってのこと。だが一人での決断が彼女をまた泣かせることに前は気づかない。いつだって彼は半人前だ。
おそらく前は婚約の解消も視野に入れているから前は島での最後の一日に ひなた とデートをして思い出を作る。
航の指摘とは裏腹に、ひなた は前のスマホの中に保存されている自分の写真が笑っていることに気づくのだが、そんな彼女の胸中を前は知らない。そして今度は前と初めての2ショット写真を撮り、また思い出を一つ増やしていく。
そして ひなた は前を この島の廃墟になり始めている教会へ連れていく(危険だよ★)。そこは彼女の一番のお気に入りの場所。今回は主導権が ひなた にあるからか、いつもの教会で結婚の約束をするのではなく、ここで性行為に至ろうとする(罰当たりな)。だが今回、前が理性を失うのではなく、理性が顔を出したため、またも「するする詐欺」に終わる。彼は自分では ひなた を幸せに出来ないとネガティブモードを発動していた。だから行為を中断し、ひなた は ずっと笑ってくれと願いを託し、その場を去っていく。
そして永遠に ひなた を想うことを誓ってくれた前は彼女の前から姿を消そうとしていた。
翌朝、前は ひなた に黙って島を出発する。残されたメモで前の決意を知った ひなた は船着き場へと走る。途中で ひなた は転んでしまうが彼女は立ち上がり、靴を脱ぎ捨て一心不乱に前の胸に飛び込む。
前は ひなた の無茶な行動を叱責するが、ひなた の怒りが数倍強く、前は平手打ちされる。こうして互いの胸の内を打ち明け、そして互いに成長と覚悟を示し、2人は仲直りする。この辺の仲直りの描写は毎回 変わらない。でも今回の ひなた の涙の100倍 笑ってみせる、という言葉は とても良かった。