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少女漫画と小説の感想ブログです

バレンタイン回で男によって違う自分の一面を見せる魔性のヒロイン。1粒で2度 美味しい。

古屋先生は杏ちゃんのモノ 3 (りぼんマスコットコミックスDIGITAL)
香純 裕子(かすみ ゆうこ)
古屋先生は杏ちゃんのモノ(ふるやせんせいはあんちゃんのモノ)
第03巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

先生と生徒という立場だけどお付き合い開始! そんな杏と古屋先生の恋路は前途多難!! 美人転校生が先生との距離を急速に縮めてきて… どうしても先生の彼女だってことを実感したくて、名前で呼んでください! なんて言い出す杏! 困った先生からの条件は、追試での高得点…!? 人気急上昇中! ほっこり禁断ラブコメ

簡潔完結感想文

  • ブコメに大事なのは物語の湿度。陰湿にならないために女性たちは諦めが良い。
  • 遅かれ早かれ挨拶する予定だった彼女の家族。…でも お試し交際って不誠実じゃね?
  • バレンタインは2人の男性にチョコを渡す二股ヒロイン。君嶋が一番 健気なヒロイン。

生の倫理観どうなってんの、の 3巻。

ヘタレな所が魅力の古屋(ふるや)先生、24歳。彼が情けない男だということは1話から判明していたが、話が進むごとに彼がズルい男に見えてしまうのが本書の難点だろう。

まずは「お試し交際」という逃げ道。生徒であるヒロイン・杏(あん)の熱烈なアプローチに折れた形になっていて、杏は舞い上がっている。だが その裏に古屋側の自分は押し切られたんであって、彼女を助けるための交際という言い訳が見え隠れする。自分から好きという言葉を発さないようにして慎重に関係を推移させている。これには大人のズルさが見えていて幻滅する時もある。
これによって先生が言葉ではなく態度で「好き」を表すような胸キュン展開が発生するので さっさと明確な両想いになるよりは少女漫画的には便利なのだろう。

『3巻』では古屋先生が杏の家族と会う話があり、そのラストでは先生は杏の賑やかな家族に会うのが嫌ではないと話す。なぜなら将来的には挨拶しなければならないと考えていているからだ。さすが付き合ってもない女性と結婚しようとした古屋先生。お試しでも交際したら結婚 間違いなしと考えているのだろう。

杏としては これは とても嬉しい発言。…だが待て、相手はお試し交際だ、とか言ってる男だ。どこに誠実さがあろう。

相手方の家族と会うことは少女漫画では婚約と同義。10年後も このメンバーで鍋を囲むのだろう。

作品的には、あっという間に両想いにしては連載のピークを迎えてしまうし、一方で、早々に一応の進展を見せないと読者に飽きられてしまうと考えた妥協策がこの お試し交際なのだろう。でも段々と お試し交際であることが足を引っ張っているように思う。そして古屋先生は自分が誠実な態度を取らないのに、最強の当て馬・君嶋(きみしま)に嫉妬するのは お門違いに見える。

ヘタレなのは分かっていたが中途半端さが悪目立ちしてきた。


して『3巻』ラストの職員室でのキスも古屋先生に疑問符がついた行動。本来なら胸を高鳴らせる場面なのに、急速に古屋先生への好感が冷めた。多分、この行動によって先生には自分の行動を律するような職業倫理がないんだ、と思ったからあろう。

先生は杏に流されつつも、大人の一面があって、自分の中で決めていることは譲らないという年相応な覚悟があるのかと思っていた。だが自分の職場で、絶対に許されないキスをしたことに彼の「大人」としての線引きなんてないのだと落胆した。

これは作者への落胆でもある。どんなに杏に懇願されても、先生は職場では手を出さないとかの裏設定があると、ナヨナヨしている先生の中に芯が生まれる。それを読者が感じらると作品の奥行きや世界観の確かさに繋がる。けど先生の芯を感じられないまま、彼に中途半端な行動をさせるばかり。

もちろんキスの現場である資料室は、本書の中で他者が介入しない聖域であり、治外法権が適用される場所なのは分かる。そこで起きたことや交わされる会話は第三者に流出しないのが本書のルールだろう。そして他に先生がキスできる場所もない。先生の自宅は更に問題があるし、外出先では警戒心が無さすぎるという批判が生まれるだろう。四面楚歌なのは分かるが、教師としての意識が無さすぎるように見えた。

そこにきて君嶋という一途で完璧な人間が杏の側にいるから、古屋先生の存在感は一層 薄れていく。作品全体を通して、古屋先生の立ち位置が あやふやなのが気になる。そこが古屋先生らしいという言い逃れも出来るんだけど…。


のテスト結果が悪く、補習をする勉強回。先生に好意を持ち始めている我妻(あづま)は古屋先生に近づくためにわざと点数を落とす。風邪で休んでいた間に2人の接近があり、杏は その場面を初めて見る。我妻への対抗心を燃やし、もう一つの三角関係が発生する。しかも君嶋は自分の利のために、我妻を先生に託し、杏は自分専用にしようと目論む始末。恋愛戦国時代の始まりである。

そこで杏は お試しとは言え交際している2人の証拠が欲しくて、名前で呼び合うことを古屋先生に提案する。しかし古屋先生は杏の名前を言えないヘタレ。そして杏は、初めて明かされる古屋先生の名前「遼平」を呼んでみるが、「遼平くん」と言った杏も照れまくり。言われた側の古屋も また照れるのだが、それを杏には見せない。古屋は杏が次の追試で100点を取ったら名前を呼ぶと約束する。

我妻は狙って低い点数を取り続け、古屋先生との時間を持ちたい。古屋先生は鈍感で伝わらないから、我妻がヒントを出し答えを導く。恋愛面では先生は我妻か。我妻は正式に告白する。先生のモテ期到来である。

我妻が本気だと分かった古屋先生は、一応 付き合っている人がいると白状する。ここで古屋は初めて杏の好きな所を口に出す。読者だけが胸キュンする場面だ。これ以降、古屋は間接的な行動が多くなる。

ヒロインに嫌がらせをしたら女性ライバルは即 退場。我妻は杏に危害を加えてないのでセーフ。

生が誰かに恋をしている姿を見た我妻は あっという間に引き下がる。それでも教師嫌いの我妻が初めて好きになったのは古屋先生。そんな彼女の気持ちを知り、古屋は感涙する。

ここまで前振りが長かった割に あっという間に引き下がる我妻に違和感があるが、これは我妻が作中に いられるようにするためだろう。
少女漫画では通常、女性ライバルは玉砕した後には居場所が与えられない。なぜなら いつまでもヒーロー周辺にいるとヒロインと読者が安心できないから。これは男性側の当て馬が いつまでもヒロイン周辺にウロチョロするのとは正反対である(本書なんて その悪い典型だ)。

ただ転校生で登場したばかりの我妻は、作中から即 排除するわけにもいかず、そして彼女の真の役割は、女性ライバルではなく杏の友達であるため恋愛では物分かり良く引き下がったのだろう。今回の三角関係騒動は、杏が我妻と接触する意味の方が大きい。これ以降、我妻がしばらく姿を見せないのは、ヒロインに反逆した罪で謹慎しているからだろうか。

我妻が素直に諦められるように、自分の想いを受け止めた古屋が感涙することで彼女は一定の達成感を得る。これも我妻の未練を消す役割を果たしているのだろう。

こうして「古屋先生は杏ちゃんのモノ」は厳守され、先生は杏を名前で呼んでくれる2人の関係は深まる。


る日、杏は先生を待ち伏せして一緒に帰る。その光景を人に見られてしまい2人は大ピンチ!

教師モノの定番、秘密の露見である。ただし その相手は杏の母親だった。強引な母親と娘の援護によって古屋は杏の家へと招かれる。家族構成は両親と一女一男の4人と飼いうさぎ。うさぎ以外には懐かれる先生。

だが一度捕まると どの人も面倒くさそうなので杏と一緒に部屋に退避する。『2巻』の風邪回でも先生は お見舞いに来なかったので、初の杏の部屋である。部屋でハプニングイチャラブが始まりそうになるが、母親の闖入で そんな雰囲気は流れる。教師としての倫理観を持ち合わせていない古屋先生だが、流石に すぐに杏の親に交際宣言をする訳にはいかないらしい。

食事中、父親に勧められるまま お酒を飲んだ先生は横になる。それは頼まれたら断れない いつもの古屋先生の優しさでもあった。


親は、この2人の交際を見抜いていた。なので古屋に杏を幸せにしてくれと頭を下げる。母は2人の禁断の関係なんて気にも留めない。娘が選んだ人に間違いはないと心配しない。この考え方は我妻登場で杏が語っていた(『2巻』)のと同じ姿勢である。さすが親子だ。好きな人・愛する人が選んだ人なら、それを全力で応援するのが愛なのだろう。杏は先生が突然、教師を辞め、YouTuberになりたいねん、と言っても全力で応援するだろう。

けれど そんな母も卒業までは性行為の禁止と念を押す。掲載誌が「りぼん」なので性欲を全く感じさせない古屋先生ではあるが、(おそらく)女性を知らない彼の期間は、あと2年は延長されるようである…。

家族の騒がしさを謝罪する杏だったが、古屋先生は杏が杏たる背景を知れて満足。それに遅かれ早かれ挨拶をするような関係なのだから、気にするなという。古屋は三者面談のことだと 誤魔化すが、杏は古屋先生が将来的な結婚も視野に入れていることを知り舞い上がる。もしかして先生、既に新しい婚約指輪を買ってたりしないよね…(笑)


近 描かれていなかった杏のカフェでのバイト。その人手不足を君嶋が引き受ける。

この回の杏は、別の学校のバイト仲間の女性が君嶋にアタックするのを手伝うという鈍感ヒロイン行動に出てしまう。これ、ヒーローに片想いするヒロインが同じ事やられたら、なんで分かってくれないの、と涙を流し被害者ぶる話になるんだろうなぁ…。いつだってヒロインは自己中心的だ。

ここでは君嶋の一途さが描かれる。流されるままの先生が、我妻の色香にアタフタしていたのとは違う決然とした態度で君嶋の完璧さが増す。女性との交際経験の差だろうか。24歳が16歳に完敗している…。

最後にバイト仲間でなく杏を選ぶ君嶋の ほぼ愛の告白も杏には通用しない。君嶋は読者に同情されるたび、人気を獲得しているから泣かないで欲しい。バイト仲間の君嶋の愛はミーハーなもので、この回は完全にギャグ回として処理される。先生なんかオチ要員でしかない。

そして改めて この回で杏は、古屋先生には積極的なヒロインなのに、君嶋とは鈍感ヒロインで密かに溺愛されているという1粒で2度美味しい設定であることが分かる。


生からのキスが欲しい杏は、ホワイトデーに それを願う。ただ先生は自分のチョコが、君嶋の次であり、しかも翌日だったバレンタインデーのことを根に持っていた。小さい男である。

先生にキスをされるよう作戦を練ったり、練習を繰り返す杏だが、効果はない。我慢の限界に達した杏は、学校内で先生を追いかけ回す始末。
そして ついに先生とキスをする。君嶋が! 転んだ拍子に唇が重なり合う、アレである。

そんな騒動を経て話し合う2人。杏が男性側からのキスが彼女の証になると思っていることを古屋先生は知る。いつもの資料室でしていたら、生徒が入ってきて、杏は机の下に隠れる。

そこで古屋先生が、バレンタインデーに杏以外の女性からチョコを貰わなかったことを知る。古屋先生がチョコを貰うのは「彼女」からだけなのだ。そんな胸キュンに加え、古屋先生は自分から杏にキスをする。古屋先生は杏ちゃんの思い通り、という お話。

杏にとっては この上ない成果なのだけど、上述の通りモヤモヤする話だ。
そして この頃から2人がすれ違った後に古屋先生の本音を杏が遅れて知って胸キュンするという展開が目立つような気がする。1話完結としては面白いが、この手の胸キュンは わざとらしさが あったりして好みではない。
今回の話の構成は、同じく教師と生徒の関係だった みきもと凛さん『近キョリ恋愛』を連想せざるを得ない。アチラの作品も大人側は本音を言えないから、伝聞や間接的に愛されていることを知るという展開なのだが、素直に言葉を発さない大人側のズルさばかりが目立った。

特に本書はスーパーヒーロー・キミシマンがいるため、君嶋くんなら こんなこと言わない、君嶋くんなら こんなことしない、させない、悲しませない、と古屋先生の欠点ばかりが目立ってしまう。