- 作者: 歌野晶午
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/05/10
- メディア: 文庫
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「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして…。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。
今更ながら恥ずかしながら読了。ほのかな恋愛小説であり、ハードボイルドな探偵小説であり、それでいてミステリとしても成立している稀有な小説だった。私はミステリとしての評価よりも一冊の小説として楽しく読めた事にまず驚いた。あらすじに「徹夜本」とありますが看板に偽りなし。友人女性から依頼された霊感商法との対決や、回想される探偵だった頃の自分のヤクザの内偵仕事など事件は読者の前に次々に提示され、危険な目にも遭いながら事件解決に邁進する、主人公・成瀬将虎の姿から目が放せない。「デビュー作」と比べると歌野晶午という別人のように感じられ、ミステリ作家として美しく咲き誇る歌野さんの姿に驚かされ、そして見惚れてしまった。
個人的に楽しかったのは霊感商法との対決。ヤクザの内偵の方が実際に殺人事件も発生し緊張感があるのだが、どうも私は霊感商法とか新興宗教の登場するミステリが好物みたいだ。自己分析も上手く出来ないし、変な心の扉の存在を発見しそうで怖いが、この手の団体の商売の手法や教義の内容など、人の心を掌握していく様子が楽しく感じられるのだ。そしてそれらの団体はミステリと非常に親和性が高い気がする。多分、特殊な環境下だから倫理や行動原理が通常の社会とは違くなり、それが物事を複雑にしてミステリの面白さを増幅するからだろう。本書でも1人の女性が商法にはまっていき、そして通常ならば手を染めない悪事に手を染めていく様子が描かれる。勿論、「この物語はフィクションであり実在の人物・団体とは…」という前提だからこそ楽しめるんだけど。
恋愛の描写でも成瀬の不器用で、危険と隣り合わせの恋心を面白く読んだ。どこか不幸のにおいがする女性が好みなのだろうか。仲間のため、仁義のため、そして女性のためならば危険な橋をあえて渡ってしまう彼の考えなしの行動に笑ってしまうが、やはりその行動力には惹かれるものがある。元気ねぇ〜。
そして賛否両論あるのはやはりトリックであろう。これはミステリの中でもかなりインパクトのあるトリックが炸裂している。こういう形で読者の感情に衝撃を与えるものだとは想像もしなかった。もっと言えば衝撃と戸惑いと嫌悪感と違和感と、とにかく様々な感情が読者の頭の中に吹き荒れるトリックである事には違いない。私は物語を思い返したり読み返した時点でトリックは成立し、成功していると思う。そこに違和感や嫌悪感を感じるのは人生を謳歌している桜花の人たちなのだろう(く、苦しい…)。
広い心を持っているふりをしてトリックに関して大らかに語ってみたが、ツッコミ所も沢山ある。まずは地の文はフェアに徹してるかもしれないけど、会話文がアンフェアの域だろ!という怒りにも似た感情。読者が勝手に脳内で再生しているだけなのではあるが、これは現実的ではない…と思う所に差別や固定概念の押し付けがあるという問題にぶち当たり、問題は堂々巡りし、作者の思う壺な気がする。この壺は大変お安く日本の現状を考えることが出来る商品でして…、と蓬莱倶楽部の社員の声が聞こえ始める…。私としてはヤクザ探偵時代に成瀬が解決した、惨殺された死体をめぐる謎の方が本格なミステリを味わえて面白さを感じた。終盤の怒涛の真相発表は非常に目まぐるしく、また全ての出来事を収斂させ過ぎており頭が追いつかなかった。
(ネタバレ:感想→)妹と同居しているはずなのに部屋の広さの狭すぎる問題で、あれっと注意を引いた。妹のフラメンコ趣味は着飾る妙齢の女性のイメージによるミスリードと元気な高齢者の代表という両面で効果的に使われている。読み返すと様々な注意と工夫の痕を見つける事が出来るだろう。が、それ以前に恋愛や性に貪欲な高齢者、そして多くの読者の脳内にいたであろう若々しい成瀬の変貌(笑)に読者がそのまま作品への厳しい評価に繋がっていそうだ。読者も作者も作品も皆、不幸な小説なのかもしれない。
作品刊行から10年経ってやっと知りましたが、「葉桜」ってそういう意味で使われていたのね。購入以来、4月中旬頃に「季節のピッタリ読書」を楽しもうかなぁと思っていたけど大間違い。思い違いが恥ずかしい。
しかし年に1,2冊爆発的に売れるミステリのトリックは高確率で叙述トリックという図式は嫌ですね。歌野さんは長い本格的なキャリアの中での1つの手法ですが、「ミステリ作家」や「ベストセラー作家」の肩書き獲得の安易な手段に成り果てないようにして欲しい。売れるとミステリ以外に進出しちゃうし(念頭にあるのはI坂さんとM尾さん。)。その意味でも叙述トリックはあまり好きではない。(←)